2002.04.01 UP
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『首都高速道路』 は、東京の中心部を周回する 「都心環状線C1」 と、そこから放射状に延びる1〜9号線をメインとする高速道路で、東京オリンピックが開催された昭和39年(1964) に開通したものです。 この 『首都高速道路』 の建設に当たっては、用地買収などは極力行わずに、公共の土地や河川などを利用するという方針で計画されました。従って、『首都高速』 の多くの部分は、河川や一般道路の上を高架で走っているほか、高架が難しい場所では地下を掘って走行しています。 そんな中で、一部路線には高架でも地下でもない、溝を掘ったような場所を走る部分があります。それが、「都心環状線C1」 の 「江戸橋JCT」 から 「汐留JCT」 の間なのですが、実はこの区間はもともと 「川」 であった場所で、『首都高速』 の建設に伴なって埋め立てられたわけです。 その埋め立てられた 「川」 が、『楓川』 と 『築地川』 でした。
『楓川(かえでがわ)』 は、日本橋川 に架かる 「江戸橋」 のすぐ下流から分流して、現在の 「昭和通り」 と並行するように南の方向に流れる小さな川で、「京橋JCT」 付近までの約 1.3kmを流れていました。『楓川』 という名前ではありますが、実際には 「運河」 であると思って頂くのが解りやすいと思います。事実、この川は江戸湊(東京湾) と 「外濠」 を繋ぐ運河として開かれたもので、江戸市中への物資の搬入水路(舟入堀) であったのです。
一方の 『築地川』 は、江戸時代から幾度か流路の変更が行われたようです。現在の 「京橋JCT」 付近から南の方向に 「浜離宮庭園」 の傍を 隅田川 に注ぐ水路と、「三吉橋」 付近から東に向けて 「入船橋」 まで流れ、その直後から南に流れる、現在の 「築地川公園」 の水路がありましたが、ちょうど 「築地本願寺」 を中心に 「口の字」 形の築地を取り囲む水路であったようです。 ここでは、この二つの川に架かる橋を、現在では排橋となったものも含めて紹介して参ります。また、「首都高速」 の走っていない部分の 『築地川』 につきましても、少しずつ紹介していこうと思っております。
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