この日にはチョコを作っていた。
ルークにせがまれて作っていたというのもあるが、親しい者へ日頃の感謝の意を込めて贈るのだ。
昨今では愛の告白という意味合いよりずっと多くなった義理チョコ。
今年も例に漏れず制作することとなった。
パーティの女性陣への指導も共に。
「まずチョコを溶かすんですわね」
「そう、ってああっ!鍋に直接チョコを入れないっ」
「ではどうやって溶かすんですの?部屋を暖かくすればよろしい?」
「ナタリアー、そんなことしたらあたし達が茹で蛸になっちゃうよ〜」
「まぁ、タコはいけませんわね」
ではどうしましょう、と考え込むナタリアにガイは苦笑いを浮かべながら手を動かす。
「湯煎、て言う方法があるんだよ。
熱いお湯の上にボールを乗せて、その熱で溶かすんだ」
テキパキと必要な物を用意して使いやすいように並べていくその手際を横で見つめながら、ナタリアはため息をついた。
「手間が掛かりますのね」
料理の腕前は言うまでもないナタリアはチョコを作る、という作業の意外な手間を嘆く。
「だ〜から市販ので良いって言ったんじゃん」
「あら、でもアニスは元から手作りの予定だったんでしょう?」
半分呆れているアニスはティアの指摘に笑顔を作った。
「もちろん!だってその方が安上がりだもん」
いかにも彼女らしい考え方だ。
「そして気持ちも籠もるというものですわ」
ナタリアの言葉も一理ある。
しかし……
「そうね……。
ガイ、ありがとう。助っ人に来てくれて」
ティアのしみじみとした感謝にガイはまたしても苦笑いを浮かべる。
料理音痴のナタリアと家庭料理専門と言うアニス。
二人を見ながらティア自身もチョコを作るなんて到底無理だっただろう。
「平気だよ。少しでも力になれるなら喜んで貸すさ。
でも、何回か作り直すことになりそうだな」
「本当に……」
歩くキッチンの人災、ナタリアの動向を見守りながらガイとティアは合わせて小さくため息をついた。
作ったチョコを手に、どうしようかとガイは悩んでいた。
女性陣に渡そうにも、一緒に作ったのだから、と断られてしまうのが落ちだ。
と、いうよりすでにアニスから「一緒に作ったんだからガイはいらないよね〜」とあげない宣言をされてしまっている。
その手前、こちらから渡す訳にもいかなくなってしまった。
作ってる最中の味見・つまみ食いでかなりの量を四人で食べたというのもあるが。
そして手元に残ったチョコが1つ。
そう、その1つというのが問題なのだ。
今までのようにペールや使用人仲間に配ることはこの旅の途中では必要ないのだが、渡す対象となる仲間は二人いるのだ。
ルーク、そしてジェイド。
自分で食べる、という選択肢はガイの中で存在しなかった。
「どうするかなぁ」
と言いつつも、ふと心に浮かんだ1つの想いを無視できずにいたのだ。
このチョコレートを彼に贈りたい。
しかし、こんな日に男からチョコを贈られるってのはどうなんだ?
特に意味がある訳じゃなく、ただ純粋に贈りたいと思っただけ。
だが、今日バレンタインという日にチョコを贈ると言うことは何かしらの意味を持つのだ。
すなわち恋の告白。
何度も言うが、したいと思ったのはそのような意を持った行為じゃない。
ただ世話になってるから……。
と悶々と考えていると後ろから声を掛けられた。
「ガイ!こんなところで突っ立ってどうしたんだ?」
先ほどまで作っていたチョコレートの入った包みを3つ抱えたルークが嬉しそうに立っていた。
こんな近くいたのに気づけなかったなんて、と剣士としての注意力のなさを己に叱責しながら「何でもない」といつものように答える。
「それよりそれ、ティア達に貰ったんだろ?よかったな」
「ああ!手作りだってよ。ティアのは安心だけど、ナタリアのがこえーよな」
嬉しそうに語る様子はまるで子どものようだ(実際7歳児なのだから子どもか)。
その微笑ましさに小さく笑いながら
「大丈夫だよ。一緒に作ってたけど、随分と上達したようだから」
予想した通り、チョコ作りは失敗を繰り返しながら何回も行われた。
その結果、ナタリアも一人で完成させるまでの手順を覚えた。
中でも一番のできの物を可愛らしいラッピングで包んでいたのだ。
奇妙奇天烈な味がする物ではない。
そうガイが言うと、ルークはニッコリと良い笑顔で手を出してきた。
「?何だ?」
「チョコ!
一緒に作ったんだろ?ガイのもくれよ!」
「……」
貰える物だと信じている笑顔の威力の、なんと強いことか。
勢いのまま渡してしまいそうになった。
「っと、そんなに貰ったんなら別に俺のはいらないんじゃないか?」
すんでの所で思いとどまって問うと、ルークは顔をほのかに赤く染めた。
「……ガイのが欲しいんだよ」
「ルーク、そう言うのは女の子に言うことだぞ」
「!
いや、ほら……。そう!今までずっと貰ってたからガイからのチョコがないと調子でないというか、何というか……」
しどろもどろになりながら言い繕おうとしているルークを見ていると、愛おしさを覚える。
きっと子どもができたらこんな感じなのだろうな。
「しょうがないなー、ルーク坊ちゃん」
「なっ、子ども扱いすんなよっ!」
ポンポンと頭を撫でられて怒る姿は本当に子どもだ。子ども扱いされて怒ることが子どもの証拠だと気づかないのだから。
「ほら」
チョコを包んだ包装紙を渡す。
これで手元のチョコはゼロ。悩むことが無くなったのだから逆に良かったのかもしれない。
嬉しそうに笑うルークの頭をもう一度撫でたら、怒鳴られた。
宿の部屋に戻ると、チョコを渡したい、と思ってしまった相手、ジェイドにはまだ今日会っていなかったと言うことを思い出す。
用があると昨日からアルビオールで一人グランコクマへ行ってしまっているのだ。
ジェイドのことだから機密要項やら何やらに関わっているのだろう。
と、いうわけで残されたメンバーは、今日は1つの街に止まって自由行動、としたのだ。
もうすでに日が沈みかけているのだが、ジェイドが帰ってきた様子はない。
今日は帰ってこないのかもしれない。
あの存在感がいないことに寂しさと物足りなさを感じながらも、少し気が楽になる。
彼がいたらいたで、気が休まらないのだ。
「あの、人で遊ぶところがなければなぁ」
その部分が無くなれば入らぬ気苦労をせずにすむのに。
と、ため息をつくとまたしても後ろから声を掛けられる。
「最高の愛情表現だと思うのですがね」
「どわっ、いつ帰ってきたんだよっ」
剣士としての注意力は一体どこに行ってしまったのだろう。
ジェイドが帰ってきて、部屋に入った気配すら分からなかったなんて。
「つい今しがたですよ」
「そ、そうか。おかえり」
未だショックを受けながら言うと、ジェイドは少し目を見張ったようだった。
何か変なことでも言っただろうか。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
眼鏡をついと上げて返す反応はいつも通りだったので、たいしたことじゃないのだろうと判断して今日のことを話すことにした。
アイテム・食料の補充状況と武具の傷みに関すること、そして財政状況。
「おや、余分な出費があるようですが?」
頭の中に帳簿でもあるのだろうか、口頭で聞いただけだというのにジェイドは購入したアイテム・食材以外の出費を簡単に見抜いた。
「ああ、それはチョコレートの材料を買ったんだ」
余分な出費、であるか。とりあえず。
旅の中で必要な物ではないが、心の潤いとしてこのような行事はあって良い物だと思う。
そんな肯定的な意を含ませるために軽く答える。
余分な物を、と嫌味を言われてしまいそうだが。しかし、
「ほう、チョコですか」
予想と反し、なんの嫌味も返ってこなかった。
「そう。ナタリア達がバレンタインだから作るって言ってな。貰っただろ?」
「いいえ、頂いてないですね」
もうすでにその恩恵に授かったからジェイドも肯定的なのかと思いきや、そうではないらしい。
しかし、ジェイドの分、と包んでいたのは確かだから貰えないはずがない。
「会ってないのか?」
「ええ。ルークには先ほど会ったのですが」
ルークにはもう会ったのか、と感じる暇もなく続く言葉に硬直する事態となる。
「自慢されましたよ、ガイからチョコを貰ったとね」
やれやれ、と付いたため息は誰に向けられた物なのだろう。
子どもらしい自慢をしたルークにだろうか、それともルークにチョコをあげた甘い自分だろうか。
居心地の悪さに心臓が不整脈を起こしそうだ。
「で」
「……で?」
鋭い視線を負けじと見返して言葉の続きを促す。
「……私にチョコはないのでしょうね、その様子だと」
ジェイドの分のチョコを持っていないことをすでに悟られてしまったようだ。
「でも、ナタリア達から貰えるから良いだろ?」
慌てて女性陣のことを口に出すと、ジェイドは「そうですね」と、いとも簡単に引き下がった。
そのあっけなさに面食らう。
ルークのようにくれと言われても困るが、こうまであっさりしているのも……。
寂しいを通り越して虚しい。
チョコを贈りたいと思っていたことは事実で、緊張したりもしたというのに。
その自分の心の浮き沈みが無駄な物だったと言われているようで、少し痛い。
まぁ、実際チョコを渡すことができないのだから仕方がないのだが。
「そんな顔をしていると襲いますよ?」
「えっ、俺どんな顔してる?」
まず『襲う』という所につっこむべきだったが、思ったことがそのまま顔に出ていることだけは避けたかったのでそちらを聞いてしまった。
「寂しくてたまらない、と言う顔です」
そう言われ、とっさに顔を隠す。今更遅いが。
「目の錯覚だ、そんな顔してない」
「してますよ。チョコが欲しい、と言って欲しかったですか?」
顔を覆っていた手を掴まれ、視界が開けるとクスクスと笑うジェイドの整った顔が近くにあった。
こういう、有無を言わさない状態を作るのは卑怯だと思う。
悔しさで何も言わずにいるとジェイドはパッと離れていった。
「まぁ、欲しいと言うことは事実ですが、貰えなくても別に構わないんですよ。
私からも贈り物がありますしね」
「ジェイドから?」
「ああ、チョコではないですよ。私からそんな少女めいた物を渡されても困るでしょう?」
そう言いながらジェイドが取り出したのは薔薇の花だった。
重量感のある花束は、薔薇が何本あるのかパッと見分からないくらいに多くの花が集められていた。
……こんな物を貰っても十分に困る。
「ガイ、知っていますか?」
「な、何を?」
ジェイドがこう切り出すときはろくな事がない。
そう分かっていながらも、紅い薔薇の花束を受け取ってしまいながら問い返す。
「バレンタインには男性から意中の人へ薔薇を渡すという風習もあるんですよ」
私の気持ちは貴方に伝わりましたか?
そうぬけぬけと言うジェイドの言葉に、顔に血が上っていくのを感じた。
こんなことで動揺させられてしまう自分を歯がゆく思いながら、好意を向けられていることを嬉しいとも思っている。
とりあえず今は顔を見られたくなくて薔薇で顔を隠しながら一言。
「ああ、伝わった」
答えた。
目の前の薔薇の花がとても美しかった。
その奥のジェイドが(あり得ないとは思うが)優しく微笑んだような気がした。
貰って嬉しかったとはいえ、薔薇の花を抱えて街を出発することもできなかったので、立派な花束は瓶詰めのジャムへと姿を変えた。
そして全員の胃袋へと消えていったのだった。