遺跡船はいつでも快適な気候だった。
 おそらく過ごしやすい気候の海域を航行していたのだろう。
 春のような暖かな陽気。初夏のようなさわやかな気候。
 それは多少の温暖の差があれども変わらなかった。
 だと言うのに。
「なんだ、この異様な寒さは!?」
 セネルは空から降る雪を睨みながら叫んだ。
 突然気温が下がったと思いきや、こんな事になっていた。
 すでに地面にはうっすらと雪が積もっている。
 いったい何の異常気象だろう。まるで氷のモニュメントのような寒さ、いや、それ以上の寒さだ。
「……ウィルの家に行ってみるか」
 異常事態が起こったらまずウィルの家に集合。
 そんな形式が成り立ってるものだから、セネルはとりあえずウィルの家へと足を向けた。
 道中、行き交う人々は、しまい込んでいたと思われる一昔前のデザインの上着を羽織っていたり、厚着をしたりしていた。
 最近移住してきたセネルにそのような防寒具があるわけもなく、いつもの薄手の服で歩いている。
 ウィルの家に着くまでに手足は冷え切り、寒さで体は小刻みに震えていた。
「ウィル、入るぞ!」
 扉を開けると途端暖かい空気が流れてくる。
「クーリッジ、寒いから早く閉めてくれないか」
「少しでも暖かいのとっときたいんだから〜」
 その暖かさに感動しているセネルに、先に来ていたクロエとノーマに扉を閉めろと急かされる。
 小さな鉄板の上にたき火のように火をともして部屋を暖めているようだ。その安心する暖かさに、ほっと一息つく。
 扉を締めて中に入ると、すでにいつものメンバーが集まっていた。
 全員いつもよりだいぶ厚着をしている。……一人を除いて。
「はぁ〜〜、ぬくいのぅ」
「モーゼスさん、竈で暖を取らないでくださいよ」
 今にも竈に抱きつきそうなモーゼス。彼はいつもように上半身裸のままだった。
 ウィルを除いて遺跡船に家を持たない者ばかりだが、上着をどこからか調達できたようだった。
「モーゼス、見てるこっちが寒くなるから何か着ろよ……」
「着るもんがないんじゃ、しかたないじゃろ」
「……じゃあ竈に触るなよ、ヤケドするぞ」
「わかっちょる〜」
 実に幸せそうな顔で暖を取っているのをなんとなく邪魔できなかったセネルはウィルにこの状況の原因を尋ねる。
「ウィル、何だってこんな突然真冬みたいに寒くなったんだ?昨日までは普通だったよな」
「ああ。至極簡単なことだ。
 遺跡船が北へと進路を取った」
 元いた場所からざっと5000キロは移動したかな。
 さらりと言うウィルの言葉に納得しかけた。
「そうか……って、何で突然そんな大移動したんだ?」
 普通船とは違うのだから、遺跡船を思ったところに動かせる者は限られている。
 そうなると動かしたのは……。
「ジェー坊、後で雪合戦しような」
「嫌ですよ」

 話の流れを見事に断ち切るモーゼスののんきな声。
「あっ、雪合戦するの?あたしもやるやる〜」
 そしてそれに乗った、またしてものんきな声。
 ノーマはすでに寒さの原因が分かったところで話を放りだしていた。
「お、シャボン娘は話がわかっちょるの」
 雪合戦に賛同したノーマにモーゼスはウキウキと声を掛ける。
「ノーマちゃんチームとモーすけチームで対戦ね。
 まずウィルっちは壁役で貰うわよー。そんでもって特攻役にセネセネでしょ、早さが基本のジェージェーも戦力になるから貰うね。クーとリッちゃんとグー姉さんは女の子だからもちろんノーマちゃんチームね」
「ちょっと待て、ワイのチーム誰もおらんのじゃが」
 ノーマの勢いのまま全員ノーマチームに入っていることに気づいたモーゼスは、竈から離れてノーマの元へ行き抗議を始めた。
「大丈夫!みんなモーすけ追っかけるの大好きだから!
 モーすけが大いに逃げてくれればみんなも和むわよ」
「大丈夫と違う!
 なぁ、セの字。セの字はこっちチームに入ってくれるじゃろ」
「う、あ、ああ」
 突然腕を引かれて頼まれてしまったらセネルに断れるはずもない。戸惑いながらも頷く。そもそも雪合戦に賛成した覚えもないんだがなぁ、などと思いながら。
「よっしゃ!ワイとセの字のコンビで勝っちゃろうな!」
 とたん満面の笑みになったモーゼスの言葉に反応したのはジェイだった。
 先ほどまで雪合戦に反対していたというのに意見をひっくり返して
「二人チームは許せないですね…。僕もそっちへ行きます」
「私も行けば同じ数になるな。シャンドルのチームに入ろう」
「あらぁ、じゃお姉さんもそっちへ行こうかしらぁ」
「ちょっと!そっちばっかし行かないでよ。
 こっちのチームに入ればもれなくモーすけの涙ながらに逃げまどう様が見られるのよ!」
 モーゼスが泣きながら逃げる姿……。
「…………」
「……………………」
 ノーマの悪魔のささやきに逡巡した後、そっとノーマ側に全員が戻っていった。
「う、裏切り者ーっっ」


「お前達……そんなことよりこの状況の原因を……」
 一人元々の話題を忘れていなかったウィルが呆れたように話を戻そうと声を掛けると、
「遺跡船が動いたんじゃろ。そしたらまた動かしゃいいんと違うか?」
 意識はチーム分けに向けながらモーゼスが軽く答えた。
「しかし一体誰が動かしたのか……」
「考えるまでもなく動かせるのは嬢ちゃん達水の民じゃろ」
「そんな安直な……」
 ウィルの抗議の声はもう聞こえていないようで、再びギャーギャーと叫びながらチーム分けに熱心になっていた。
「いえ、この一件はモーゼスさんの言う通り私たち水の民がやったことなんです」
 今まで何も発言していなかったシャーリィがようやく話したのはとんでもない事実だった。
「なに!?
 一体なぜ……」
 何かから逃げるためだろうか。どこかの国が遺跡船侵略を企てているのか?
 ウィルがそう危惧しているところにさらなる事実が突きつけられる。
「それは……少し前モーゼスさんが「一面の雪を見てみたいもんじゃな」とおっしゃってたから」
 モーゼスの呟きを叶えようとしたことだという。
 たったそれだけのために……。
「……よく遺跡船を動かすことをマウリッツさんが了承したな」
 穏やかに見せかけながらもその気性の激しさと頑固さを知っているだけに、ウィルは頭を抱えながらシャーリィの行動にため息をついた。
「モーゼスさんの望みでしたからそのくらい」
 赤子の手をひねるような物です。
 そう笑顔で宣ったシャーリィはまさにメルネスが光臨したかのように神々しく、黒かった。
 ……しばらく遺跡船の雪はやみそうにない。