ちょっとした一言だった。
 本当に、何ともない一言。
 なのにジーニアスは元気をなくしていった。


「ジーニアス!」
 雑踏の中、ピョコピョコ跳ねる銀色の髪に声を掛ける。
「ロイド……、どうしたの?そんなに急いで」
「いや、急いでるわけじゃないけどよ。ジーニアスが見えたからさ。
 重そうだな、持とうか?」
 返事を待たずに両手いっぱいに抱えられた紙袋をジーニアスの手から持ち上げる。
「別に大丈夫だよ〜」
「遠慮すんなって!オレがやりたくてやってんだから。
 それで、まだなんか買うのか?」
 人の流れの多いこの町で会えたのは偶然ではなく、実はジーニアスが買い出しに出かけてきたと聞いて、追いかけてきたのだ。
 もちろん、荷物持ちとして手伝うため。
「あとは買うのは食材。
 ちょうど良いから、たくさん買お」
 そう言ってジーニアスは俺の手から荷物を一つ取っていった。
 最近、何か手伝おうとすると遠回しに拒絶されるようになった。表情はいつも通りなんだけれど、目だけどこか悲しそうにして。
 きっかけは、あの一言、か。
 本当に、なんで気にしてるのか分からない。
 普通の会話だったのに。
 そんな事を考えていると、
「ちょっと、ボーっとしてるんなら先行くよ?」
「あ、わりぃ。すぐ行く!」
 すでに数メートル離れたところにいるジーニアスの元へと急ぐ。
「半分はロイドのための買い物になるんだから、しっかりしてよ」
「悪かったって!」
 そう叫びながら、すでにジーニアスが門をくぐった目と鼻の先にある店まで走った。


「ごちそうさまでした」
 今日の夕食が終わった。
 片づけを手伝うためにジーニアスのところへ向かうのはもう日課になっている。
 が、今日はちょっと違う。
 主の働き手がオレで、ジーニアスが手伝い。
 実に珍しい構図だ。
「今日のご飯おいしかったよ」
 こうしてジーニアスが料理の感想を言う立場にいる、つまりオレが料理を作ったっていうのもかなり珍しい。
 ジーニアスの賛辞を聞いて喜びに湧く。
「ほんとか!?」
「うん。姉さん達もおいしいって言ってたし」
「よっしゃ!
 ジーニアスのおかげだな、サンキュー!」
「僕は、教えただけだよ」
 そう、オレはジーニアスに料理指南をしてもらったのだ。
 おかげで不評を買うこともなく夕飯を終わらせることができた。
 しかし。
 感謝している相手は目を伏せて、最近よく見る悲しげな表情を作っていた。
 数日前に「料理を教えて欲しい」と言ったときからこの様子だ。
 なにかほかに傷つけるようなこと言ったのか、オレ!?
 考えてもオレの頭じゃ答えは出ない。
 ならば手っ取り早く答えを知ってるジーニアスに聞くのが良い。
「なぁ、オレなんかしたか?」
「えっ?」
「だってよ、ずっとそんな顔してるぜ」
「そんな顔って、変な顔してる?僕」
「泣きそうな顔してる。料理教えるのいやだったか?それとも他になんか嫌なコトしたか?」
 正直なところ、心当たりがない。
 かなり間抜けではあるが、こうやって聞くしかなかった。
「違う、違うよ。料理教えるのは楽しかったし、ロイドが料理に興味持ったのも楽しかった」
 ……前者はともかく、後者も楽しいのか?
 少し疑問に思いつつも、続く言葉を待つ。
「ただ……」
「ただ?」
「ロイドが料理上手になっちゃったら、僕のいる意味が少し、なくなっちゃうかな、と思って……」
 なんだって?
「ほら、料理ってだいたい僕が作ってるでしょ。
 あ、でも他にいる意味がないって訳じゃないよ!
 コレットの世界救世の旅だって責任重大だし、僕の魔術も戦闘で役に立ってると思ってるし!
 でも、料理を食べてもらう特権?みたいなのがなくなっちゃう気がして。
 ごめんね、わがままな理由で」
 一気にまくし立てるその様子は笑っているけれど、泣きそうだった。
「ごめんな。オレ、いっつも作ってもらってるから、ただジーニアスにオレの料理食って欲しかったんだ。どうせなら旨い方が良いかなと思って教えて欲しくってさ。オレのほうこそ、単純な理由で悪かった」
 いる意味、とかよく分からない。ジーニアスがいることで助かってることや癒されてることがたくさんあるから、料理をしなくたってオレにはジーニアスが必要なんだ。
 でも、それについて悩んでるならその悩んでることを否定しちゃいけないと思う。
 だから謝った。
「え!?謝らないでよ、僕のわがままなんだから。ちょっと矛盾してるけど、ロイドの料理を食べられるの、嬉しいんだ」
 そう言って笑ってくれる顔に悲しさはなく、オレの料理を食べたいと言ってくれてるのは嘘でないと分かる。
 オレも、考えていたことをちゃんと伝えようと再び口を開けた。
「オレ、料理できるようになってもジーニアスの飯食いたい。
 もしジーニアスが料理できなくなっても、ずっといて欲しい。
 料理だけがジーニアスと一緒に旅してる理由じゃないから!」
「……うん。ありがと。僕もずっと一緒に行きたいな」
 たぶん今までとは違う泣きそうな顔。
 そしなジーニアスが無性に愛おしくて、抱きしめた。


 それから、料理の腕は少しずつ上がっていったが、ジーニアスが料理当番のままだ。
 オレの料理はたまに、ジーニアスだけに振る舞われている。