「蘭?
どこいったんだ?」
授業も終わり、ただ帰るだけとなった放課後。
響は鞄に教科書をいれながら、辺りを見回した。
今日はホームルームもなく、お互いに係りも委員会も掃除当番もないので一緒に帰ろうとしたのだ(大抵はなにがあっても帰っている)が、当の本人がいなくては話にならない。
さてさてどうしようかと考えて見ていると、
「如月くんなら、美術室へ行くみたいだったわよ」
クラスメイトの女子が教えてくれた。
「美術室に?」
思いもよらぬ場所が出てきたな。
響は驚きながらも情報提供者に礼を言い、廊下に向かった。
美術室、とはまた珍しい。
いや、それよりも響と一緒に行動していない方が珍しいか。
たまたま教室前を通った凜と拓は、ちょっと聞こえた会話と走っていく響の後ろ姿を見て今の状況に疑問府を浮かべた。
何の裏工作か、転校してきた蘭は響と同じクラスなのだ。そうなると念願叶った響は蘭と必要以上に一緒にいるようになった。とはいえ、放っておけば何をしでかすかわからない蘭が相手なのだから凜からすれば当然なことなのだが。ともかく、一般の生徒達にとっては微笑ましさに笑うか首をかしげるか、という現象なのだ。
一体美術室になんの用があるというのだろう?
廊下を走りながら響は今更ながらに考え始めた。
うーん、思いあたらないなぁ。行けばわかるんだろうけど……。とりあえず、いらんことはしないでおいてくれよ。
そしてたどり着いた美術室の大きな扉。
開けようと手を伸ばせば、扉越しにきゃっきゃっと声が聞こえてきた。蘭の声ではない。(そりゃそうだ)しかしここにいるのは確かだろう。蘭の押し殺したような音が賑やかな音の合間に聞こえる。最初からこれで探せば良かったのだが、そうなると人のまで聞いてしまうことになる。極力それを聞かないようにしている姿勢を崩したくはなかったのだ。今聞いてはいたが。
戸を開けると、やはりそこには蘭がいた。大勢(と言っても10人程度。文化祭の時とは比べ物にならない)の女生徒に囲まれて。彼女らはスケッチブックと鉛筆を持っている。美術部員だろうか。それにしては知らない顔ばかりだ。
まぁどちらにしろ前に凜がモデルを頼まれたと言っていたから、蘭もそのようなところなのだろう。それならば先に帰ろうか。と開けた戸から手を離してその場から去ろうとしたところ、
「あ、響先輩♪」
気づかれた。
「あの、今如月先輩にモデルを頼んだところなんですけれど、時間があったら、響先輩にもお願いして、良いですかぁ〜?」
全員に手を合わさせて頼まれては引くにも引けない。
もともと断る理由もなかったから良いけれど。
蘭は「我関せず」といった様子で円状におかれた椅子の中心に座っている。
「モデルぐらいいつでも良いよ。
で、どうすればいいのかな?」
「えっと、如月先輩の隣に座ってもらえますか?」
言われたとおり、背もたれも何もない椅子を持って蘭の隣に座った。
「(いないと思ったらこんな所にいたんだな)」
「(響に言われたとおりにしたらこうなっていた)」
言われたとおり、とはあの「よろしく」のことだろうか。
「ブッ」
そりゃぁそんな答えが返ってきたら引っ張られてくるわ。
相も変わらず仏頂面をしている蘭を笑いながらも、動かないように視点を定めた。
「結構楽しいもんだな、モデルってのも」
夕方、それも空は赤よりも紺に染まる部分が多い遅い時間に二人は美術室に残っていた。
「疲れるだけだろう」
銀の髪は夕闇に染まっている。いつもにまして気だるそうにして窓から外を見ている様子は、まるで絵。
しかし絵にはないぬくもりが確かにある。
「どうした」
伸ばされた手を振り払うでもなく、蘭は響の抱擁を受け入れた。
どちらかと言えば蘭の体温は低い方なのだが、そのぬくもりが熱く感じられる。何の因果か、相容れることのないと思われたはずなのに出会った。ただの絵空事でなく、ここにある現実として。
「幸せだなぁ、と思ってさ」
「?」
「蘭は?」
「幸せと特に感じたことはない」
「ら〜ん〜」
「しかし、そうだな」
「ん?」
「こうしているのは、悪くない」
「ん」
腕に力を込めた。
ここにこうしていることは、このぬくもりは、この言葉は、本物だ。
もう離さないように、蘭を抱きしめた。