いつものように、散歩をしていた。
それは毎日の日課となり、自分の生活に馴染んでしまっている、『習慣』となっていた。
のんびりと歩く。
特に今のような朝がいい。
蘭は、公園とも言える場所を歩いていた。
すると、いつもと違う物が目に飛び込んできた。
それと目のあった蘭は動けなくなってしまった……。
「こねこぉ〜〜っっ?」
そう驚いたことを隠そうともしない声色に、蘭の手の中にいる猫は「ミー」と一声泣いた。
蘭を動けなくさせたのは、一匹の灰色の子猫であったのだ。
捨て猫なのか、周りには人もいない。
しかし人懐っこく、トテトテと近づいてきて蘭の足にまとわりついた。
それを振り切れないと悟った蘭は、猫を抱き上げ、連れ帰ったのだ。
「珍しいな」
「それは猫がか?
それとも俺の行動がか?」
「さぁ、どちらでしょう?」
適当に誤魔化しながら、響は読んでいた新聞をたたむ。
ソファーで朝のニュースを見ていた凛も占いが終わった所で電源を消し、蘭の近くへと行った。
「あんたが猫拾ってくるなんてねー。
あ、かわいー」
蘭から猫を受け取り、抱き上げる。
毛玉のようにフワフワな毛。
しかし、「ミー」と小さく鳴いた。
「ね、このこどうするの?」
すっかりその子猫を気に入ったらしい凛はこの場の責任者である響に問いかける。
「うーん。別にここはペット禁止じゃないけど、学校行ってる間とか世話できないから……、飼うのは無理だな」
残念、と凛は寂しそうに言ったが、事実、響の言うとおりであったので反論もしない。
その代わり、と
「飼ってくれる人が見つかるまでここにいるのは良いわよね?」
ニッコリ笑顔で賛同を求めた。
それに反対することはせず、良いんじゃないか、と言って響は猫を抱かせてくれ、と手を出した。
落とさないようにね、と注意を受け渡される。
暖かく柔らかく、おとなしかったその猫は……、響の手の中で暴れた。
「いてててて」
短いながらも鋭い爪で引っ掻かれた響は思わず手を離してしまう。
「あっっ」
凛の慌てたような声にも動じず、その子猫はクルリと器用に宙返りし、床におりた。
それに胸をなで下ろし、「おいでおいで」と響は手を出すが、子猫は蘭の方へと歩いていった。
「あららー、響、嫌われちゃったわねー」
「うーん、そんなに怖い顔してるかねぇ?」
と端正な顔をさすってみる。
「匂いじゃないか?」
蘭は足下に寄ってきた子猫に目をやりつつ、助言をしてみる。
それにポン、と手を打って朝散歩していた犬を撫でてきたと言うことを告げた。
「それよ」
「それだな」
2人に肯定される。
「……そういえばここで出てきそうな人物がまだ出てきてないな」
「弥生?
さっき見たらグースカ寝てたわよ。日曜だしね」
話をそらすことに成功。
犬の匂いがするらしい響は朝食を作るためにキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けた。
「あ」
「なに?」
すっとんきょうな声をあげた彼に凛が問う。
蘭は関心がないようで、ソファーに座り込んでいる。
「牛乳がない」
他愛のないことだった。
「別に良いんじゃない?牛乳ぐらい……」
そこまで言って凛も気がついた。
「そ、オレらじゃなくて、あの猫の朝ご飯」
「それじゃぁ、なくっちゃ大変じゃない。
しょうがない。あたしが買いに行ってあげましょう」
凛が立ち上がり、玄関へと向かう。
休みであろうと、元々外出予定がなかろうと、彼女の格好はいつも通り。休みだからと言ってだらしなく過ごさないのが彼女らしい。
「帰ってきたらフレンチトースト作るからなー」
「はいはい、二本ね。
いってきまーす」
そういって凛は買い物に行ってしまった。
とたん、静かになる。
小さく、ニャーニャーと鳴いている仔猫の声が響くだけた。
「うーん。何で俺はこんなに避けられるのだろう??」
手を洗って犬の匂いを落としたつもりであったが、やはり仔猫には「いやっ」とでも言うかのように引っ掻かれた。
「さてな」
蘭にしがみついてきた仔猫は、響から逃げている。
それの理由が分からないのだから響は猫にちょっかいを出している。
猫じゃらしに似たような物を振ってみたり、何処にあったのか猫のヌイグルミまで持ってきた。
「……どうしたんだ、それは」
「うん?
いつだったか、女の子がくれたんだよ」
簡潔に答えるとヌイグルミで交流を図ろうとしはじめている。
それを横目に、蘭はソファーから立ち上がり、ベランダへと行った。
猫は可愛らしい。が、あれほどまとわりついてくるのはなぜなのか、蘭には理解できなかった。
日曜は学校もなく、このマンションでゆっくり過ごすことが多い。
しかし今日はそうもいかなそうだ。
強くなってきた朝日に目をやり、蘭は溜息をついた。
□ □ □ □ □
「ホラ、蘭。
少し慣れてきたみたいだぞ」
…………どこがだ。
暴れる仔猫を無理矢理抱いて、顔にひっかき傷をたくさん作っている。
その様子に呆れ、絆創膏のしまってある場所からそれを取り出す。
「あ、ありがと」
絆創膏を手に取るため、猫から片手を離すと、その隙にその仔猫は蘭の方へと飛び移った。
「ありゃー。
とことん嫌われてるのね、俺」
肩に飛び移られた蘭は絆創膏を渡し、猫の好きなようにさせてやる。
クルクルと首に巻き付くように仔猫は体をすり寄せる。
それがどうもくすぐったい。
「たっだいまー」
響の羨ましそうな視線を受けているところに、凛が元気よく帰ってきた。
ガサガサとビニール袋の音をさせながら。
「はいっ、牛乳……、ってなに、その顔」
傷だらけの顔に呆れる。
それを誤魔化すようにハハハ、と笑って響はキッチンへと行った。
凛もついて行く。
皿に牛乳をついで持ってくるためだろう。
そう考えていると、左肩に移動してきた猫と目が合う。
不思議そうに首をかしげている。
それにフッ、と微笑をこぼし、
「よかったな」
と一声掛けた。
蘭にはじめて声を掛けられ、嬉しそうにニャーと鳴く。
ちょうど陽の当たるところにいるせいだろう。
暖房とは違った暖かさがポカポカとして気持ちが良い。
猫もそうらしく、大きくあくびをしている。
このままでは寝てしまいそうだ。
しかし、凛がキッチンからパタパタと駆けてくる。
「ミルクだよー」
白い皿に白いミルクをなみなみついで。
ニャー
そう鳴いて肩から飛び降りる。
「俺たちも朝ご飯にしようか」
と先ほどから焼いているフレンチトーストもできてきたようだ。
「ああ」
さて、休日が始まる。
いつもより少し騒がしくなりそうな休日が。
「いただきます」
……とりあえず、朝食だ。
数日後、マンションの一室ににちょっとした騒動を起こした仔猫は近所の人に引き取られていった。