「旦那って、花より団子、ってかんじだよな」
突然なチェスターの言葉に、クラースは眉をひそめた。
「何?」
不機嫌だ、と言うことを表す低い声。
「自分でそう思わねぇ?」
「誰が思うか。
私にだって風流を味わう心ぐらい……」
「そうか?
夏と言ったら?」
「スイカ」
間髪入れずに返事が返ってくる。
それを聞き、チェスターは笑う。
「だっろー?
花火は食えないから嫌だみたいなこと言ってたじゃねぇか。
それは何よりの証拠だと思うぜ?」
「あれは……」
勝ち誇ったように胸を張るチェスターに対して、なにか言い返そうと考えをめぐらせるのだが、何せそう言った覚えがしっかりとある。
それがあるため反論できなくなってしまった。
「………………」
「だからさっ、花見、行こうぜ!」
どうしてそこに繋がるんだ。
呆れたクラースの手から、買ったばかりの品物が入った紙袋が落ちた。
花を愛でるのは何年ぶりか。それもこういった形で。
ずいぶんと忘れていた気がする。
クラースは上を見上げれば容易に視界に入ってくる花を見やりながら、しみじみと思った。
そして、
「綺麗なもんだ」
率直な感想を述べてみる。
満開の花、桜に笑みをこぼす。
綺麗な物は綺麗、そう感じるのが風流って物だろう。
クラースはチェスターに視線を移し、溜息をついた。
「やっぱりおまえも食べ物の方が興味があるんだろう?」
シャリ
「ま、花を見たって腹はふくれねぇからな」
割り当てられていた食材を買う、と言うことを途中で放棄してやってきたのはミゲールの町から少し離れた森。
そこで林檎をかじりながら、咲き誇っている花を見ているのだ。
両手に抱えるほどだった食材を下ろし、自然の絨毯に座り込む。
春の日差しが暖かい。
先ほどまで少し肌寒い所にいたのだから余計そう感じているのかも知れない。
上空は寒いのだ。いくら陽が当たろうとも。
そう、チェスターの突然の思いつきにより、わざわざ、レアバードに乗ってまでやってきたのだ。
「たまには良いんじゃねぇの?こういうのも」
「『たまに』ではないがな」
よくよく振り返ってみるとこのようなことを過去に何度も繰り返している。
クラースの言葉にグッ、と言葉を詰まらせ、何も言えなくなるチェスター。その様子に笑いをこぼし、
「花、綺麗だな」
話をそらしてやる。
「ああ、綺麗だよな」
それに乗り、賛同する。
のんびりとした時間が流れた。
林檎をかじり、桜を見上げる。
ついには寝っ転がり、落ちてくる花びらを受け止める。
このような時間を過ごすのも、良いものだ。
クラースが陽の光にうつらうつらし始めたところに、チェスターは声を掛ける。
「なぁ」
「んー?」
「桜、ってなんで赤いか知ってるか?」
「…………突然だな」
「根元に、人の死体が埋まってるから何だぜ」
ニッ、と笑って言うチェスターを呆れて見ようとするが、クラースの目に映ったのは、
「なんて顔してるんだ」
「……………………」
今にも泣き出しそうな顔。
――――ああ、そうか。ここは
「ここだから、か」
50年前に虐殺が行われた土地。大地に血を吸い込んだ、チェスターにとっては最近の、辛い出来事。
彼から離れることのない、取り憑いた事件。
忘れることなんて出来ないだろう。
あの出来事は何があっても彼の脳裏から消えることはない、癒えることのない、深い傷。
それを垣間見たクラースは、緑の絨毯に座っていたチェスターに近づき、小さな子供をあやすように、頭を抱きしめる。チェスターはそれに驚き、目を見開いたものの、その腕の暖かさに、目を閉じる。
声は出さない。
言葉を掛けず、腕の中のチェスターを一定のリズムであやすように叩く。
その時間が続いた。
そしてそれを破ったのはチェスター。
「サンキュー」
自分にまわされていた腕をほどき、礼を言う。
その顔は完全とは言えないものの、明るくなっている。
「楽になった」
「それは良かった」
と、互いに微笑み会う。
「林檎、食うか?」
「もらうもらう」
「あ、最後の一個だな」
「んじゃ後から買いなおさねぇとな」
「それはチェスター持ちだな」
「なっ……、俺金もってねぇよ」
「貸してやるさ、いくらでも」
「マジ?」
「利子は付くぞ」
「…………マジ?」
「もちろん、本気だ」
「だよなぁ」
軽口を叩き、暗い雰囲気を無くそうと互いに笑い合う。
そして、クラースは真面目な声色で、話し出した。
「……チェスター」
「あ?」
林檎をかじったチェスターは生返事を返す。
「桜があの色なのはな、人の血ではなく、想い出で色づくんだ。
だから、あの色に、淡く柔らかい色になるんだよ」
クラースの言葉を聞き、彼の方を振り返る。
言葉の真偽を確かめようと表情を窺うつもりであったが、クラースが立ち上がったため、顔が影に隠れて見ることはできなかった。
そろそろ行くぞ、と言って歩きだす。
突然であれども、それが照れ隠しからくる行動であることをチェスターは悟った。
そのとたん、プッと吹き出す。
クラースの言ったことは、いつもなら言わないような、くさいセリフ。
それゆえ、自分を慰めるためのその言葉はとても嬉しい物だった。
ひとひら落ちてきた桜の花びらを手のひらにのせ、「人の想い、か」と呟き、その淡いピンクを眺める。
先へと歩いていったクラースは「早く来い」とチェスターを急かす。
「今行く」
手中にある桜の花びらを握りしめ、クラースの方へ駆けていく。
それは、暖かい日の出来事。
「あ、林檎代貸しだからな」
「ゲッ」