ズズズー
「お茶がうまいな」
 ほぅ
 暖かいお茶を一口啜り、ため息をつく。
 こんな時はゆっくりと茶でも飲んで心を落ち着けるべきだよな、うん。
   ズズズーーッ
 はぁ、落ち着いた、かな。
「こら、現実逃避してるんじゃない。って言うか、その茶はどこからだしたんだ、どこから」
 おっ、鋭いツッコミだねぇ。旦那も一杯飲むかい?
「いらん」
 いってー。本で叩くなよ、本で。
 なに?現実逃避するなって?
 旦那ー、言っとくけど、俺にこうして注意してることこそ現実逃避なんじゃないか?

  

  

「…………」
「………………」

  

  

「確かにその通りだが」
「んだろ?
 第一、あいつを止められると思うか?」
 思わないだろ、と反語的なチェスターの指摘は図星であったらしく、クラースは黙り込んだ。
 ここであいつと呼ばれているのは、ピンク髪のハーフエルフ。凶悪な料理を作ると、パーティー内恐れられている、アーチェのことだ。
 なぜかはしらないが、彼女は今日「料理させないと魔法ぶっぱなしちゃうぞ☆」ぐらいな勢いで普段不本意ながら料理当番をこなしているクラースに迫ったのだ。
 クラースはその気迫に圧され、後悔するのは目に見えているのに承諾してしまったのだ。そして今、現実逃避をしてしまっているのだ。
「なんで突然あんなこと言い出したんだろうな?」
「さぁ?あいつの考えることはよくわからん」
 素朴な疑問に簡単な返事。
 そこで会話は途切れる。
 二人揃ってこれから食卓に並ぶであろう料理を想像する。
 見た目はまだましなのだ。味だけなのだ。問題なのは。
「旦那、今度料理教室でも開いてみねぇ?」
 ダメもとで、聞いてみる。
 まぁ、今すぐの解決にはならないけれど今後良い方向へと向かうかもしれない。
 そんな期待があったらしいチェスターにクラースは、
「無駄だったよ。いくら教えても上達しなかった」
 と、希望を打ち消した。が、すぐに思い直して、
「いや、上達したな」
 先ほどの言葉に訂正を加える。
 それに思わず聞きかえしてしまった。
「・・・あれで?」
 と。あの、どうやったらそこまでなるんだ、と言う殺人料理で?
 チェスターの正直すぎる感想にクラースは真顔で答える。真顔で
「そう、あれで」
「・・・苦労したんだなぁ」
 その答えを聞いて嘆息する。
「一番はクレスだな。断りきれなくて毎回食べさせられていた」
 しみじみと、思い出すように呟いたクラースに、「確かに」と笑いながら答えるが、あまり笑える状況ではない。これからそれを食べなければならない運命にあるのだから。
 チェスターとクラースは顔を見合わせ、ため息をついた。
「なにがでてこようとも、必ず食べよう」と誓い合って。
 そして一時間後。アーチェが料理の完成を告げた。
「来たか、恐怖の夕飯が」
 悲惨な顔でそれを向かえた5人をアーチェは向かえいれた。
「今日のは自信作だよ☆」
 そう言って差し出された料理を目の前に、思わず逃げ出したくなる衝動にかられてしまう。
 再び顔を見合わせる。そして、覚悟を決め、席についたのだった。

  

  

 食事も終わり、今日がやっと終わる。
「旦那、茶飲むか?」
「ああ、一杯もらえるか?」
「はいよ」
 お茶を一杯カップに注ぎ、手渡す。
 それを受け取ったクラースはすぐさま一口口に含み、感想を述べた。
「おまえ、紅茶を煎れるのは上手いな」
「そっかー?サンキュー」
 紅茶に限定されながらも誉められれば悪い気はしない。クラースに礼を述べ、自分も紅茶を飲む。
「に、しても、アーチェがあのことを覚えていたからとはな」
「旅に加わった記念、か」
「ま、実際のところまだ一年と経っていないがな」
「そうそう、時を越えて来てるんだから日付が一緒でも一年経ってないのにな。それなのに一周年記念ってのもなぁ」
 笑いながら、
「しかし」
「でも」
 付け加える。
「そういう風に考えて祝えるというのもいいな」
「脳天気なのもいいことだよな」
 と。
 殺伐としていない、今の状況が好ましい。そう2人は口にした。おそらく、全員がそう思っているだろう。
 クラースは同じことを言ったチェスターに笑みを向け、紅茶を飲み干して「ごちそうさま」と、カップを置いた。
「もういらないのか?」
「ああ。………今度は酒でも飲みたいな」
 しばらく飲んでいない、と呟く。
「そん時は俺にもごちそうしてくれよ」
 ただの独白のつもりであったが思わぬ言葉が返ってきたので少し間をおき、
「あー………、駄目だな」
 と答えた。
「なんでだよ」
 クラースの返事にチェスターは唇をとがらせ不満を漏らす。
 その子供っぽい態度にクラースは微笑した。
「また未成年に酒を飲ませたらなに言われるか分からないからな」
「また、ってことは誰かに飲ませたのか?」
 墓穴を掘った。それに気付いたクラースは
「飲ませたと言うか、気がついたら飲んでいたというか……」
 と言いごもる。言い訳になるには弱い口調だ。
「俺が勝手に飲むぶんにはいいだろ?」
 と、無理矢理にでも承諾を得ようとする。その有無を言わさぬ迫力に、クラースは折れた。
「ああ、じゃぁまた今度な」
 と。いかにもその場しのぎな言い方だが、そう言わせたことに意味がある。
「絶対だからな」
 クラースの言葉を盾に、約束は守ってもらう。変なところで几帳面な彼のことだ、イヤとは言えなくなる。もっとも、その時にかける重圧もかなり重要だが。
「ところで、酒なんて飲んだことあるのか?」
「ん?まぁ、正直言っちまえば………ある」
「ほぉー」
 正直な返答に、なにか含まれたような短い言葉が返ってくる。
「なんだよ」
「いや、別になんでもないぞ、不良少年」
「十分あるじゃねぇか」
「なにもないぞ。
 では、不良少年のため、今度酒を仕入れて来るとするか」
「ああ、美味いの頼むな」
 酒盛りの約束を取り付けたチェスターは「不良少年」を否定せずに、注文を入れる。
 それに笑って、
「安いのでな」
 と返された返事に満足そうに頷く。
 美味ければ、クラースと2人で飲めるのならば、安かろうが高かろうが構わないのだ。
「それで十分。じゃ、今夜は」
 そこで言葉を切り、ティーカップを掲げる。
「紅茶で乾杯と行きましょうや」
 ニヤリ、と言い表せる笑みでクラースの返事を待つ。
 クラースはチェスターと同じようにカップを掲げ、
「そうだな。じゃぁもう一杯、頂くかな」
 と言ってカチンとカップをかち合わせる。
「了解」
 ティーポットにお湯を入れてこようと立ち上がったチェスターはふと窓から外をのぞき込む。
 月が綺麗に輝いていた。

  

  

 月を見ながら優雅に夜中のティーパーティーとしゃれ込みましょう。
 殺伐とした雰囲気を忘れて、
 ゆったりと。