良い天気、とはかなり言い難い空模様だ。
「雨でも降りだしそうだな」
「そうだなぁ・・・。蘭、傘とか」
「持っているように見えるか?」
全ていいおえぬうちに蘭は質問の内容を察してきり返す。
それに響は言葉詰まり、ため息をついた。
蘭はほぼ手ぶらだ。申し訳程度にしか物の入っていない鞄、それぐらいしか所持品はない。傘を持っているとは到底思えなかった。
「持ってないよな。ま、雨の降らないうちにさっさと帰るとしますかね」
「賛成だ」
それじゃぁゴミを捨てに行こうと、教室のホウキからチリトリに武器を持ち変えた。
「やっぱり降られたな」
そう言う響の声はどこか楽しそうだ。
「このくらいの雨なら走ってでも帰れるだろうに」
ふぅ、とため息をつくのは蘭。
まだ雨は小降りで走って帰っても風邪はひかなそうだ。
「まぁまぁ、わざわざ疲れることしなくたっていいだろ?たまにのんびりしたって罰は当たらないさ」
「そうか」
「ところで、何頼む?」
メニューを差し出して問うと、いつも通り、まかせると返ってきた。
物事に頓着しないのか、外食するといつもこれだ。いっそとんでもないものを頼んでやろうかと考えたこともある。しかしなんの得にもならないし、それどころか彼が食べないと言うこともあり得、そうなると損になるで、ここは無難に紅茶にすることにした。
「紅茶二つ。それとサンドウィッチ」
響は注文をとりにきたウエイトレスにそう告げ、いいか?というように蘭を見ると、彼は腕を組み、目をつむっていた。
その様子に苦笑いを浮かべた響へ、ウエイトレスが機械的に繰り返すオーダーが左から右へ流れていった。
「以上でよろしいですか?」
「あ、はい」
「すぐにお持ちします」
メニュー表を取ってウエイトレスは厨房らしきところへ入っていく。
それをぼんやりと見送って、外を眺めながら何か考えている風の蘭に声をかける。
「たまには『まかせる』以外にないのか?」
「何でも良いんだ。それならば任せても些少はないだろう」
「ま、いいけどね。
ところで、学校はどうだ?」
振られた話に蘭は窓の外から視線を響に向けた。
文化祭での衝撃学園デビューの後、蘭は響と同じクラスで授業を受けている。ノートを取るでもなく、ただジッと教師の講義を聞いているだけ。それに加え、響は高校三年生。受験生だ。秋も過ぎた今では、部活動も引退済み。つまり蘭も部活には入れなかったわけで。
「聞いていた物とは違うな」
こういわれても仕方がない。
響はハハハ、と乾いた笑いを漏らし、目線をそらした。
「でも、バカ騒ぎはできてるだろ?」
「騒がしい。たしかに、学校というところは五月蠅いな」
なんだかマイナス面ばかり浮かんできてるような。
フォローになってないフォローをした響は蘭の言葉に苦笑いをする。
「でも……」
「お待たせいたしました。
サンドイッチと紅茶になります。
ご注文は以上でよろしいですか?」
ずいぶんと早いな。ウエイトレスの持つ盆の上にはたしかに注文通りの品が乗っていた。
「ああ、はい」
「ではごゆっくり」
お決まり文句と共に去っていく。
目の前には湯気の立つカップが2つと大きな皿ひとつ。
「砂糖は?」
「あ、一杯」
「……………」
響は蘭が砂糖を入れてくれたもの、蘭はストレートのままの紅茶を飲む。野菜が多く具となっているサンドイッチにも手を伸ばしてみる。レタスとキュウリのシャキシャキ感とこの店特製らしいソースの味と食感が良く、美味しい。
結構良いかも、と思いながらサンドイッチを食べていると、蘭はひとつ食べ終わる前に手を止めてしまった。
「?もう食べないのか?」
「ああ」
「なんだ、腹減ってなかったのか。それならそうと言ってくれればいいのに」
「いや、そうじゃない」
「それじゃぁ、どうしたんだ?」
「味が……」
そこでいったん言葉を切る。
「味が劣っていると思ってな」
「へ?」
おそらく蘭は悪気はないのだろう。たぶん。
冷ややかな目線がこちらに向けられているのを背中で感じながら蘭の言葉の続きを待つ。
「少なくとも、響。おまえの作るもの、あるいは煎れたものの方がこれらよりも美味だろう」
「そうですか、そりゃどうも。
なんてったって隠し味が入ってるからね♪」
店員の視線が痛くたって誉められれば悪い気はしない。
サンドイッチの最後のひとつを飲み込んで(知らないうちに食は進んでいたらしい)、領収書をとって席を立つ。
「それじゃ帰りますか」
「まだ雨は降っているぞ」
「このぐらいだったらすぐやむでしょ。少しぐらい濡れたって風呂に入ればいいし」
「お前が嫌だといったんだろう」
どうせならば家とも学校とも違うところでノンビリしていたかったんだが、不味い呼ばわりしてしまった飲食店に長居しても心休めることなんてできはしないだろう。
そのように考えている響を尻目に蘭はさっさと立ち上がってしまった。
「行くぞ」
「はいはい」
勘定を済ませ、霧雨の降る中へと歩き出した。
「ハハハ、やっぱり濡れたなぁ」
二人して「水も滴るいい男」になって帰ってもまだ誰も帰ってきていなかった。傘はあるからどこかで雨宿りでもしているのだろう。
「風呂でも沸かそうか?」
濡れた体を拭くためのタオルを投げて響は尋ねる。自分のもそうそうに取り出して拭いていた。放っておいたら風邪をひくことは確実だ。受験生にとって体調不良ほどの敵はいない。
「これぐらいなら放っておいても乾く」
「んー、まぁそうだろうけど暖まった方がいいだろ?」
とりあえず、と言うように髪を拭いて水分をとった蘭は少し考えて、
「そうだな」
と同意して風呂場へと向かう。
その後ろ姿に、
「なんならオレが暖めてあげようか」
と冗談めかした言葉を笑いながらかけるが、相手は蘭だ。
「結構だ」
焦ることも赤面することも、怒鳴ることも無しに返してくれる。
蘭の姿が風呂場に消えたのを確かめて、響は紅茶を煎れ始めた。
隠し味として、愛情をたっぷり注いで。