「………………」
「…………………………」
無言の戦いが続いた。
いつからか、この場には必ずと言っていいほど、同じ戦いが同じように行われるようになった。
「食え」
「絶対食わねぇ」
そう、このやりとりが。
事は簡単。
タマネギを食べろ、食べない。それだけである。
端から見ればただただ微笑ましいけれど、本人たちは真剣だ。なにせ朝・昼・晩と全ての食事ごとに行われているのだから。いい加減に飽きないのか、と言ってやりたくなる。
チェスターは、一食や二食抜いたら心底嫌いな(食べ物と認識もしたくない)食べ物を食べずにすむなら迷わずそうしていただろう。
とにかく、タマネギが嫌いなのだ。だから、
「タマネギ食えってんなら飯なんていらねぇ!」
と、ついつい言ってしまったのだ。
口を押さえてももう遅い。
クラースの耳はしっかりとその言葉を聞き止めてしまった。
「ほーぅ、じゃぁお前の分の飯はこれから作らない。それでいいな」
冷ややかな視線と共に、静かな宣言がされた瞬間だった。
グーッ
「クレス、このくらいでいいか?」
グーーッ
「あ、はい……」
グーーーッ
「それじゃ、いっただっきまーす」
グーーーーッ
「残さず食べるんだぞ」
グーーーーーーッ
「うるさいわよ、そこ」
「しょうがねぇだろ!腹へってんだよ!」
食事を抜いて三回目。
一食だけだったらどうにか我慢もできた。しかし、二食目からはフラフラ、三食目、つまり今では倒れたままで腹を鳴らしていた。
「ああ、腹が減っているのか。だったらそこにあるものを食べればいい」
「火通したのもダメだっつーのに生なんか食えるか!」
クラースが指さした方向にあるのは、タマネギ。
はっきり言って、嫌がらせだ。
しかし今更頭を下げられない。意地もあるし、第一、タマネギを食べる気がないのだ。食事と引き替えの条件を拒否しているために、目の前で食べられているものはとてもおいしそうに見えるが、アレを食べるぐらいだったら、とも思っているのだ。
しかし体は正直な物で、依然空腹を訴え続けている。胃が痛み出すくらいに。
「うう〜〜」
チェスターの腹の音とうなり声に、食事中の一行はそれぞれの思いで顔をしかめたのだった。
時間だけが過ぎていく。拷問とも言える、傍観するだけの食事もようやく終わった。
チェスターは痛む胃を押さえながらゴロリゴロリと意味もなく転がっていた。動けばなおさら腹は減るだろうと思うだろうが、ジッとしているとますます腹が痛くなってくるのだ。
「強情な奴だな」
その様子を傍観していたクラースが呆れたように感想を述べた。
クラースにとって、たかがタマネギなのだ。それを一口でも食べればいい、といっているのにどうしてここまで拒否するのか。
「わからんな……」
「旦那にはわかんないんだよ。俺にとってタマネギは敵だ!天敵だっ!」
「そんなにか」
「そんなに、だ」
チェスターが食事を抜いていることで弱っているのは目に明らかだ。敵が現れ出もしたら真っ先にやられてしまうだろう。空腹で動けなくて……。
いきなり現れるモンスター、その素早い爪で一番手近な標的を捉える。そして倒れるチェスター。
……間抜けだ。あまりにも間抜けだ。
クラースはその場面を想像してしまって脱力してしまった。
レベルも上がり、彼が危惧していた戦闘への参加が気軽にできるくらいに強くなったというのに、空腹に、タマネギに破れるとは……。
間抜けすぎて語り継ぐのも憚れる。
「……ちょっと待ってろ」
またゴロゴロと転がりはじめたチェスターにそう言い残してクラースはこの場を去っていった。
チェスターとしては、この食事抜き状態にクラースを恨んでも良いかと思うのだが、どうもそうはいかない。惚れた弱みもあるが、おもしろ半分で断食を決行したのではないことも分かっているのだ。
おそらく、「飯なんていらねぇ!」の一言だろう。
食事を作る者に対して、その言葉は禁句だ。それもまずいとか、腹がいっぱいだとかいう正当な理由が在るならまだしも、料理人である彼に理解しがたいタマネギへの嫌悪から来ているとなればなおさらだ。
元々タマネギを食え、と言いだしたのも、その時の面白がっているような表情はともかくチェスターのことを考えての言葉ではあった。
「でも今更なんて言えばいいんだよ」
「なにが?」
「うわっ、て、クレスか」
突然声を掛けられて飛び上がった親友にクレスは目を見開く。そこまで驚くようなことだっただろうか?
「何そんなに驚いてるの」
「だってよ、気配がしなかったぜ」
「……やっぱりモンスターの襲撃にあったら真っ先に死ぬね、今のチェスター」
気配を隠してなどいないというクレスにチェスターは顔をしかめた。
これは本当にやばいかも知れない。
チェスターはようやく自覚し始めた。
やはり戦いの中に身を置いているのだ、こんなことで体調を崩していてはいけない。本当に死が身近にくるかもしれない。
しかしそんなチェスターの危惧は今のところ無用の物だった。チェスターの所までモンスターが行かないよう色々裏で手を回しているのだ。その筆頭はクラース。ただ怒りに任せて食事抜きを続けているわけではない。
その影の努力を知っていて協力もしているクレスはどうにかこの状況を脱出させたい。
「いい加減謝ったら?」
これ以上続かれても困る。
クレスがそう思っているのと同じように、チェスターもそう思ってはいた。
しかし、
「なんて言って謝りゃいいんだよ」
再度繰り返す。今更なんと言えばいいのか分からないのだ。
「そんなの、謝るしかないんじゃない。何が悪かったのか、分かってるんだろ?」
クレスはそれだけ言いにきた、とチェスターから離れてテントを本格的に張りに行ってしまう。
残されたチェスターは沈黙に沈むしかなかった。
謝るしかない。それは重々承知の上だ。
だが、自分が悪いだけに「許してくれ」なんて言えないのだ、低いようで高いプライドにかけて。謝ることがいやなのではない。イヤな思いをさせた相手に対して一方的に許してくれと頼み込むことがいやなのだ。償いとして何かして、そして相手が自然と許しても良い、と思ってくれるような状況にならなければいけないと思ってしまうのだ。
特に、想い人相手であればどんな感情も倍増してしまう。そして格好良くありたいのだ。
よって……、
「何も言えねぇっっ」
「言わなくて良いさ」
頭を抱えて叫んだ途端の言葉。
後ろからのクラースの声にチェスターは空腹を忘れて飛びずさった。
「あ、あのさ、だんな……」
自分でも何を言いたいか分かっていないくせに口から言葉が滑り落ちる。チェスターはこのまま流れに任せてしまおうか、と言う誘惑に狩られるが、クラースが言葉を遮った。
「もういい、今回は私が折れよう。このままだと、本当に死にかねないからな」
と、控えめに湯気の立ち上るパンとスープを差し出した。
「い、いいのか?」
「ああ。今回に限り、な。
ま、タマネギと天秤にかけて負けるような私の料理で良ければ、存分に食え?」
やはりまだ怒りは治まっていないらしい。
それはしょうがない、とチェスターはその棘のある言葉を受けながらパンを口へ運んだ。
「サンキュー。やっぱり旦那の料理が一番だ」
「調子の良いことを」
「いや、ほんと。タマネギがダメなだけで、料理は絶品だから」
「ふん」
呆れたように肩をすくめながら、クラースはチェスターが料理をかっ込んでいくのを眺めていた。
「どうにか、なったみたいだね」
と、影から覗いていたクレス。
「結局、謝りもしないで都合の良い言葉で言いくるめるなんて、ダメ男の見本みたい」
アーチェの手厳しい言葉に苦笑しながら、
「チェスターって、ああいう性格だから」
「んで、クラースは……」
「チェスター……」
「ん?」
「実はそのスープな、摺りおろしたタマネギが入ってるんだ」
「ぶふーっっ」
クラースの厳かな告白にチェスターはスープを吹き出した。
「あんな性格だよね」
「ハハハ…」
影から覗くクレスとアーチェは苦笑いをしたのだった。