「なんでワイがワレなんかに横抱きされなきゃいかんのじゃ!」
 モーゼスはジタバタと手足をあらん限り動かして抵抗している。
 しかし屈強な腕はモーゼスの体を落とすことはなかった。
「なぜか、だって?それはつまり、愛故だよ!」
「いや、わからん」
 至極当然のように言われた端的な言葉は全く説明なっていなかった。
 何を語らせても「愛」と言う男だ、半分は諦めもするが……。
「逃避行とも人は言うだろう!」
 続けられた説明に納得など行くはずもなかった。
「ワイの了承もなく何から逃げるつもりなんじゃ!」
 何も悪いことはしていないというのに。
 そもそも、一体何から逃げるのか。
「私たちの愛を邪魔する輩からに決まっているだろう」
 後ろを見ろ、とあごで指されたので後ろを覗くと見知った顔が鬼のような形相で追いかけてくる。
「な、なんじゃぁ!?」
 その迫力に押され、思わず目の前の男に抱きついてしまう。
「はははははっ。嫉妬に狂った者は恐ろしい物だな」
「っていうか、ワイにはこの状況が理解できんのじゃが」
 分かるのはただ横抱きにされて町はずれを走ってセネル達から逃げていると言うことだけ。
 この状況があり得なさすぎて、混乱を招き
 何故セネル達は追ってくるのであろうか。
「カーチス!モーゼスを置いていけ!」
「勝手に人の所有物を持って行かないでくださいっ」
「君たちが私に勝てば良いだけのことではないか、がんばりたまえ!」
 少しずつ思い出してきた。
 確かいつものように歌いながら登場したカーチスが突然の提案をしたのだった。
 「賭けをしよう」と。






 あらましを簡単に言えば、カーチスがモーゼスをフェロモンボンバーズに勧誘し始めたところ、通りかかったセネルとジェイが阻止しようとした。そこで持ち出された賭け。
 鬼ごっこをしよう。もし昼の鐘が鳴るまでに捕まえられなかったらモーゼスをフェロモンボンバーズに加入させることとして。
 そう一方的に言い渡すと、本人どころか居合わせた者の合意を1つも受けないまま、カーチスはモーゼスを抱きかかえて走り出したのだ。






 そして今に至る。
 意外にもモーゼスを抱えるというハンデを背負いながらカーチスは軽やかに走っている。
 筋肉は見せかけではなかったと言うことだ。
 そのうえ、この町に長くいる彼は地の利がある。
 未だ追いかけてくる者達に捕まる気配がない。
「い、意外とやるのぅ、ワレ……」
「もちろん、当然のことだ」
 得意げなその表情は実に晴れやかだ。今にも歯がキラリと光りそうなほど。
 いくつかの曲がり角を曲がり、垣根を飛び越え完全に追っ手が見えなくなったところでスピードを落としていく。
「ふむ、少々裏手に入りすぎたか」
 走っている間、抱えられたまま大人しくなっていたモーゼスが、いい加減下ろせと拳で訴え、ここで止まることになった。
 そしてモーゼスはまず疑問をぶつけることにした。逃げるのはその後だ。
「なんでワイを横抱きで連れてこなぁいかんかったんじゃ、必要ないと思うがのぅ」
「必要はあった、兄弟を確保しておかなければ賭けは成り立たなくなるからな!」
 たしかに、強引に理由を作らなければ誰もこんな賭けに乗らなかっただろう。
「っちゅーより、何でワイがフェロボンに入らないかんのじゃ」
「兄弟は自分の魅力をよく理解していないようだな。
 その肢体から溢れ出るフェロモン!それがあればもう君はフェロモンボンバーズなのだよ!」
 やはりよく分からない説明だ。
「よぅわからんの……」
 高笑いをしているカーチスを横に、モーゼスは頬を掻きながら呟く。
 その呟きを聞き取ってカーチスは指を横に振った。
「ちっちっちっ。ほら、今にやってくる。兄弟のフェロモンの餌食が!」
 そのかけ声と共に現れたのはセネルとジェイ。
「いい加減にしろよっ、カーチスッ!」
「観念してもらいましょうかっ」
「はははははっ、まだまだ!あと半刻逃げ切れば私の勝ちだ!兄弟は頂いていく!」
 セネルとジェイが息を切らしながら叫んでいるというのに、カーチスは下ろしていたモーゼスを即座に抱きかかえ走り始めた。
「俺のモーゼスを返せっ」
「僕のモーゼスさんを返していただきますよっ」
 後ろで響く叫び声にモーゼスは「ワイは物じゃないんじゃがのう」と呟いていた。
 もう横抱き、俗に言うお姫様抱っこに拘るのは諦めたらしい。


 さぁ、タイムリミットまで後少し。