良い香りがする。
フレインは鼻につく(けして悪い意味ではない)に辺りを見回した。
しかし大勢で移動しているため誰の何の香りか分からなかった。
「どうしたの、フレイン?」
「あ、ううん。
何でもないよ、マカロン」
たいしたことじゃないと首を横に振るフレインにマカロンは納得したようなしていないような表情をして去っていった。
きつい匂じゃない。
逆に、素朴で派手じゃないあの香りはすぐにかき消えてしまった。
でも、すごく懐かしさを覚えて惹かれる香り。
それの元を知りたくなった。
「エルミラ、香水って付けてる?」
「ええ、まぁ付けてるけど、どうして?」
「どんな香り?」
「口で説明するより嗅いだ方が早いんじゃない?」
「はあ」
「これよ」
そう言って手を取られシュと液体をかけられる。
華やかな花の香り。
良い香り。確かにいつもエルミラからこの匂いがしていた。
「良い匂いだね」
「ありがとう。
それで、突然どうしたの?」
「うん、さっき歩いてる時にも良い匂いがしていたから、何の匂いか気になって」
「その顔を見るとこれじゃなかったみたいね。
咲いていた花の香りとは違うの?」
「うーん、よく分からないんだけど、その場にあったものの匂いじゃなかったから、誰かの香水かな、って」
「それなら他の人にも聞いてみたらいいんじゃないかしら?」
「そうしてみるよ。ありがとう」
ベルガに聞いてみたら、「そんなもの付けてない」
マイラ、すずに聞いてみても同じ返答。
ミントに聞けばとりあえず付けてはいるけれど違う香り。
アーチェは香水は付けていないけどポプリを身につけているという。もちろんこれも違かった。
他に、香水類を付けていそうな人っていたかなぁ?
首をかしげて考えてみるが、どうも思い当たる人物がいない。
たいしたことじゃないんだけど一度気になりだしたら止まらない。その探求心はさすが、と言ったところか。
「何の匂いなんだろう??」
「なにがだ?」
フレインが無意識のうちに呟いていた言葉にいつ現れたのか、チェスターが反応した。
「チェ、チェスターさん!?」
「お、おう」
なにもそんなに驚かなくても、というほどに飛びずさったフレインにチェスターは目を丸くした。
「いつのまにそこに?」
「結構前からいたけど」
「気づかなかった……」
「考え込んでたもんな。クラースの旦那の子孫なだけあるわ。
で、どうしたんだ?」
「え」
たいしたことじゃない、と言っても良かったが特に隠す必要性も感じられなかったので経緯を話した。
「甘い香り、ねぇ」
「他に誰か香水を付けてるような人知りませんか?」
「マカロンは?」
「違ったみたいなんです」
「他ねぇ……」
二人してうーん、と唸ってはみるものの、思いつく人物がいない。
ならばただの通りすがりの人だろうか。
それならば仕方がない。
そこを通ってた人の顔など覚えているものでもないのだ。
「分からないまま、か」
「なにがだ?」
「「どわっ!!」」
またしても突然現れた第三者に、今度はフレインだけでなくチェスターも驚き後ずさりした。
「二人してなんだ、そんなに驚くようなことか?」
こちらは同じように驚くでもなく、肩をすくめてみせる。
「気づかなかったもので……」
「旦那こそ、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、二人して唸っているから気になった、じゃだめなのか?」
「別にだめってことは」
「唸ってましたか?」
「自覚はなかったのか」
「たいしたことじゃないんですけど」
フレインはチェスターにしたのと同じように話した。
「また、どうでもいいようなことにこだわってるな」
「やっぱり、そうですよね」
恥じ入るように笑うフレインを見て、クラースは少し考えるようにして一言、
「いいんじゃないか?」
と言った。
突然の一言にフレインは目を見開きクラースを見上げる。
フレインと目を合わせてクラースは言葉を続けた。
「気になることは調べていけばいい。どんなに些細なことでも、誰が笑おうと。
それは必ず実る、必ず君のためになっていく」
「……はい」
クラースの言葉を聞いて、照れたように笑うフレインにクラースはポン、と彼の頭に手を置いた。
「それにしても、やっぱり私の子孫だなぁ」
と。
ポンポン
頭を一定のリズムで叩く。
その顔はうれしそうで、フレインも「この人の子孫で良かった」と心底感じた。
「あれ?」
「ん、どうした?」
「クラースさん、なにか、香水みたいなのつけてますか?」
「いや、つけていないが」
「なに、旦那なのか?」
フレインの言葉に反応してチェスターがクラースに張り付いた。
クンクンと匂いを嗅ぐ。
そこで何かに気づき、クラースの顔をまじまじと見て、
「料理してた?」
と問う。
「ああ、してたが、それが?」
突然の質問に面食らいながら、眉をひそめて尋ね返す。それを無視したわけではないだろうが、チェスターはフレインを手招きした。
「フレイン、リンゴの匂いだろ」
「え?」
フレインもクラースにひっついて再び匂いを嗅ぐ。
クラースは二人の男に(それも片方は自分と同じぐらいの背丈)張り付かれて困惑している様子。
そんな先祖の様子を気にしたようでもなく、フレインは考え込んでいた。
リンゴの匂いならそれと分かりそうなものだ。たしかにリンゴの香りと言われればそうだと納得できる、が、匂いを嗅ぐとそれだけじゃない。
「何を作ってたんですか?」
「リンゴが余ってたんでシナモンを入れて煮たんだが……」
シナモン!
ああ、納得。
懐かしいと思ったのは母がよく作ってくれたものと同じ香りがしたから。惹かれたのも、同じ理由。
香水であるわけがなかった。
家庭の香りなのだから。
「それよりっ、二人ともいい加減離れないか!倒れるだろうっ!!」
クラースは二人が寄りかかる重みに耐えきれなくなり後ろに傾いている。
フレインは慌てて離れたが、チェスターはまだ離れようとしていない。それどころかクラースを抱きしめる形になっている。
「うまそうだな、まだ残ってるのか?」
「もうない。……離れろ」
どうにか倒れるのを防いだクラースはチェスターを引きはがしにかかった。
しかし、ますます張り付いてくる。まるでお気に入りのおもちゃを取られまいとする子どものようだ。
「あああ、あの……」
眉をつり上げて不快感をあらわにしていく御先祖様に、それでもいっこうに離れようとしない英雄の一人に、フレインはどうすればいいのかと狼狽えるだけだった。
元々の原因が自分が香りを気にしたことだと思っているだけにここを離れられないのだ。
ど、どうしよう。
本気で困っていると、
「いい加減にしないかっ!!(怒)」
ゲシッ
「蹴ることねぇだろっ!」
「言っても聞かんのなら実力行使は当然だっ!!」
と、クラースが実力で逃げ出した。
……とりあえず、一段落かな?
いまだにゲシゲシ蹴られているチェスターと蹴っているクラースを背に、今日の香りについての探求に終止符を打ったフレインだった