何を映しているか分からない、
勉強ばかりに追われた、他に何を追うでもなく、追われるでもなく。
そんな虚ろな目にはなりたくなかった。
「学校なんてどこが楽しいの?」
そんなことを言うくせに制服を着ている。
「学校なんてつまらないじゃない」
そんなことを言うくせにいる場所は学校の屋上。
全く訳が分からない。そもそも、それを何故自分に言うのか。ただの生徒のはずなのだが?
蘭が手紙で呼び出された所に行った先で待っていたのはクラスメイトである女子。何か酔うかと尋ねる前に顔があって早々にこんなことを言われたら、眉をしかめても無理はない。実際、蘭の表情はわずかながら顰められている。
「授業、ほとんど聞いてないでしょう?」
……。
「大勢のグループとつるんでもいない」
…………。
蘭はなにも言わずにクラスメイトの言葉を聞いていた。
たしかに、両方あり得ないことではないのだ。
「だから分かってくれると思って。
なんで学校があるのかしら?
勉強のため?受験のため?
……本当につまらないっ」
そう吐き捨てる。
クラスの端にいた時とは明らかに違う顔。……何かがおかしい。
「ならば何故いる」
「来なきゃいけないから、よ」
「義務教育ではないはずだが」
「……それぐらい分かってるわよ」
わからない。一体何が言いたい?
そしてこの『音』は……。
「………………」
「ねぇ?
私と一緒に、このつまらない場所を消しましょう?
あなたにはその力があるって聞いたわ」
「…………………………」
答える必要はないとばかりに黙りを決め込む蘭にかまうことなく彼女は話し続ける。
「知ってるのよ、私」
「……知っている?知らされたの間違いだろう」
「ねぇ、力を貸してくれない?」
「誰が」
会話は成り立たない。彼女に蘭の言葉は届いていないのだ。
「残念。『戯れ』に付き合ってもらえれば、と思ったんですけどね、ラグ」
彼女の後ろには『来訪者』がいる。
知った掠れ声が耳を打った。
「……ハル」
「はい、お久しぶりです」
にこやかに笑う『来訪者』は見知った顔であった。彼の登場と共に、少女はねじの切れたからくり人形のように動きを止める。
彼女に目をくれることもなく、来訪者はのんびりとした口調で
「えーっと、ものは相談なんですけど、帰りません?
そうすれば学校消しませんから」
と、物騒な駆け引きしかけた。
「この人間を使って、か」
「ええ。はっきり言って、何もせずに帰るとなると僕たちの威厳に関わることなんですけれど、ラグか帰ってきてくれるならそれでも良いかな、と。帰ってきてくれるならこの人間は記憶を消して、お返ししますよ」
いかがです?
「…………」
誘いを受けている蘭はハルの提案に悩むような仕草も見せずに沈黙を守る。
しかしその目には明らかに拒絶の意志がこもっている。
「ま、どちらにしても一緒に来ていただきますけどね」
それを読み取ってか、ハルは肩をすくめて魅入られた少女の肩に手を置く。それがスイッチであったかのように彼女から鋭い力が飛んできた。
彼女が壊したいと言った学校ではなく、直接蘭に向かって。
しかし衝撃は蘭を襲うことなく風に包まれ相殺される。
「さすがですね。でもこれならどうでしょう?」
そして力は建物へと向かっていった。
何か変わるかと言えばあまり変わらない。また相殺すればいいのだから。
蘭自身への危険は少なくなったと見て良い。だが、建物、学校が破壊されれば蘭自身へ攻撃が向くより被害が広がっていきやすい。わざわざ通っているのだ。無関心でいられるはずもない。
攻撃の一撃一撃は余裕で相殺できるものであった。
ただこうも休みなくだと……。
「……!」
蘭とて、疲れはある。方やハルは人の心につけいりいいように利用し、己の力を使うことなく(少女がどんなに衰弱しようとかまわずに)無尽蔵に力を放っているのだ。
全てを相殺しきる、と言うわけにはいかなかった。
「くっ」
殺されなかった力は進撃を目標に向かって続ける。
爆破する!
しかし、その瞬間に轟音が轟でもなくただ声が。
「学校消されちゃ困るなぁ」
のほほん、とした緊迫とはほど遠い声。
しかしその裏に隠されている感情に気づけないほど短いつきあいではない。
「おまたせ〜」
「遅いぞ」
「悪いな、後で焼きそばパン奢るから勘弁してくれ」
「僕の相手するのはそんなに安いんでしょうか。甘く見られたものです」
ハルは口元に笑みを浮かべたまま、邪魔者達へ鋭い視線を向ける。
「焼きそばパンを馬鹿にしないでもらいましょうか。結構な競争率なんですからね」
「へ、そうなんですか?」
「そうなんだよ、拓くん」
響の他にも、凛、拓ともにここ、屋上へ集結していた。
いきなりの形勢逆転。
表面だけは笑みを浮かべていた来訪者も、この事態にはついに態度を崩した。
「四対一とは、さすがに分が悪いですね」
それだけを呟くと、意識のない状態の少女を突き落とした。
いつか見た光景である。
しかし、今回の加害者は慈しみの心なんて欠片も持っていなかった。
下にはただただコンクリートが広がるばかり。
落ちれば、死ぬ。
「くっ」
慌てて駆け出すが、響たちがいたところからはとてもじゃないが間に合わない。
蘭が手を出した。
「ナイス!蘭!」
凛が叫ぶ。
蘭が空を飛ぶことなく、女生徒の腕を掴むことに成功したのだ。
その引き上げる作業を手伝うために3人が蘭の元へ駆けつける。
ハルはそれを狙っていたのだ、と言うことが分かっていながらもそうせずにはいられない。
「それでは皆さん、さようなら。ラグ、また迎えに伺います。色よい返事を期待しますよ」
「期待するだけっ、無駄だ……っ」
腕一本で気絶している女生徒を支えている蘭はハルの軽口を切り捨て、駆けつけた響と共に彼女を引き上げた。
「それは残念。しかし、僕は諦めませんから」
かれた声だけを残して敵は消えていった。
意識のない女生徒は今までの騒動など知らないかのように、安らかな呼吸だった。
ここは保健室。響と蘭が、同じクラスであった女生徒を届けに来たのだが、肝心の養護教師がいなかったので留守番をしているのである。ちなみに、拓と凛はまだ授業中と言うこともあってすでに教室へ帰っている。腹痛と言って抜け出してきてくれていたらしい。そのわりに活躍どころがなかったわ、とは凛のお言葉。
三限目も終わり、四限目に突入しようとしている。
所々の教室から漏れる講義の音以外、何もなかった。
どうせここまでサボってしまったならこれを口実にもう1時間サボってしまおう、と響が保健室に置いてある本をぱらぱらとめくっていると、
「なぜ学校へ行くんだ?」
蘭が口火を切った。
「んー、なぜ、かねぇ?」
未だに本をめくりながら曖昧に答える響。
それに不満を示すでもなく、蘭は言葉を続けた。
「楽しい、と言っていたな」
「ああ、言ったねぇ」
そして響も返事をする。
「しかし、先程の少女は学校など消えてしまえばいいと言っていた」
「ふん?」
「お前も、昔は学校なんて行く価値もない、と言っていただろう」
「あー……」
「どっちなんだ?」
過去にそう言ったのも事実。実際、学校なんて行く価値どころか在る価値もないと思ってたころがあり、その時に蘭と出会ったのだから紛れもない当時の本心である。
しかし、蘭を誘った理由にも偽りはない。
「じゃぁ、蘭、お前は?」
質問に質問で返すのは正当な答えとして成り立ってはいなかった。
「…………」
「俺は今は楽しいぞ?」
お前はどうなんだ?と蘭の顔をのぞき込む。
「……つまらなくはない」
「そりゃなにより」
肯定としては弱い物であっても、それが蘭の表現方法ということを響は理解していた。
ちゃんと蘭はこの生活を楽しんでいる。
「ま、学校がつまらない、って奴は山ほどいるさ。でもその逆もまたしかり、だろ。
楽しむ方が人生得なのさ」
「どんなものでも、か?」
「もちろん。どんなものでも」
たとえ、学校という場に魅力を感じなくても、受験という枷に縛られて他の物を追えないような状況にあったとしても、見知らぬ奴に襲われるような日々を過ごしていても、知らなくても良い人の心を知ってしまったとしても。
「お前みたいのに会えたりするしな」
静かな保健室に、三限目を終えるチャイムが響いた。