居場所は、何処にあっただろうか
過去を振り返れば見えてくる『答え』
僕の居場所は……
貴方の横にこそ、あったのです


 

 

 空風のふくなか、セネリオは空を見上げていた。
 遮る物が何もない天空は星々の瞬きに彩られている。
 今日は、新月だ。
 太陽の光が届かず、月が現れない日。
 まるで今の自分のようだ。
 セネリオは静かに自嘲した。
「……一体どうした?」
 ソーンバルケは見るに堪えかねて声をかけた。
「いえ。なんでもありません」
 いつものように表情の乏しい顔を向けて素っ気なく返事が返ってきた。その様子にソーンバルケは眉を寄せる。
 どこが「なんでもない」のだか、と。
 しかし、彼がその心中を打ち明けることは、この先長く見ても可能性として考えられない。
 聞くだけ無駄だ、と分かっているのだが、あえて尋ねている。
 そうすることでセネリオに、1人ではないと言うことを知って貰うために。
「夜の砂漠は冷える。中に入れ」
「わかっています。でももう少しここにいます。どうぞ行っていてください」
 柔らかな口調の拒絶。
 いや。この少年は、元からソーンバルケを始め、誰をも受け入れてなど来なかった。
 ただ1人を除いては。
 その1人の青年のいない地、グラーヌ砂漠。
 セネリオは今、ここへ身を寄せていた……。

 

 

 意を決した告白。
 ここで拒絶されたならば……僕は静かにこの世界から去ろう。
 居心地の良かった貴方の側を。
 参謀としての地位を捨て、この汚れた血を持つ体を捨て。
 閉じていた視界を貴方に合わせた。
 覚悟は、できた。
「それで?」
 至極普通な声色。
 今日の晩ご飯のメニューでも聞いたかのような、あっけない一言。
 おもわず聞き返してしまった。
 もしかしたら聞いてもらえていなかったのか。勘違いしているのか。
 そう思ってしまうほどに、予想外の反応が返ってきたのだ。
「セネリオはセネリオだろう」
 意味を、『印付き』のことを理解した上での台詞だった。
 何か特別なことを言うわけでもなく、当然のことを言うように悠然とした態度。
 驚いた反面、安心した。
 そういう人だ、貴方は。
 ずっと見て、知っていたのに……、僕は恐れていたんです。
 貴方に見捨てられることを、突き放されることを。
 僕には貴方しかいないから。
「貴方だけが、特別なんです」
 だから、ずっと貴方と共にありたい。
 隣にいるだけで良い。
 貴方が誰かと結ばれて家庭を持ったとしても、団の参謀としてで良い。
 ずっと貴方の側に……。

 

 

 

「アイクが死んだそうだ」
「そうですか」
 砂漠の空気が痛い。
 まるで全身を切り刻むようだ。
 この閉鎖された空間での情報の回りは遅い。
 外のことなんて全くと言っていいほど入ってこない。
 数少ない情報源の1つであったソーンバルケは、セネリオをこの砂漠に迎え入れてから十数年間外へ出向くことなど無かった。
 元ラグズ解放軍の若き頭首トパックが時折訪ねてきては情報を落としていくだけだ。若き頭首、と言ってももう30を超えたと言っていたが。
 時は、流れていた。
「病死だそうだ」
「…………」
 意外すぎる死因。
 きっと彼は、平和になった国で傭兵を続けながらも穏やかに、息子や娘に見とられて天寿を全うしてくれる物だとばかり思っていた。
 セネリオは目を伏せて思う。
「生涯独身を貫いた、とのことだ」
 亡くなった彼の父と同年代になるまで、死ぬまで誰も娶らなかった。己のパートナーを見つけなかった。
 ただ1人を待っていたという。
 一体誰を?
 同じくあの一年戦っていた仲間であれば、誰もそのような問いかけをしないであろう。
 彼の待っていた人物は、ここにいる。
 あの時から変わらぬ姿で。
「なぜお前はここに来た?
 誘った俺が言うのもおかしいだろうが、お前には居場所があったんじゃないか?」
 ソーンバルケは静かに問う。
 常々問いてきたことだ。
 セネリオには、あの青年の横に居場所があった。なのになぜ?
「僕は、迷惑をかけることが、できなかったんです」
 震える声で語り出した心。
「彼は僕が何であっても良い、僕は僕だ、と言ってくれました。
 それがどれだけ嬉しかったか。
 しかし、あのバルコニーを下から見た時、彼の将来に影を落とすのは僕自身だと言うことを思い知ったんです。
 どんなに彼が受け入れてくれても、『印付き』がこの世界にとっての異物であることは変わらない事実です。
 僕が近くにいれば、それだけで不当な扱いを受けることになる。幸せになれるはずがない。
 あのバルコニーで見たような姿……、いえ、英雄としてでなくても良い。大勢の人に彼は受け入れられ、最高の伴侶と共に幸せな家庭を築いて行くべきなんです。
 僕なんかがいることで、それを潰させるわけにはいかない」
「…………」
 ソーンバルケは静かにセネリオの告白を聞いていた。
 初めて、心を言葉にして出しているのだ。全て出し切ってしまえばいい。そうしなければ心は簡単に潰れてしまうのだから。
 セネリオはソーンバルケの質問に答えるためではなく、自分の心を吐きだしていく。
 アイクの死を知らされたことで、感情を押さえていた物が壊れてしまったかのように。
「いえ。これは建前に、すぎなかったんです。
 僕は、彼の横にいることが耐えられなかった。
 幸せで幸せで、仕方がない日々でした。
 隣にいるだけで。
 でも、いつからかそれ以上を求めるようになってしまった。
 仲間としてでなく、それ以上の特別になりたいと望んでしまった。
 許されるはずもない、ことを……」
 セネリオが砂漠に来たのはあの戦が終わって一年経ってからのことだった。
 戦の功労者であるアイクは傭兵として治安の維持のために戦っていた。もちろん、セネリオもその傭兵団に参謀として加わっていた。
 ところがある日1人でグラーヌ砂漠を訪れたのだ。
 「ここに置いて貰って良いでしょうか」と、ただそれだけを言って。
 拒めるはずもなく、里はセネリオを受け入れた。
 里で暮らし始めたセネリオは理由も何も話そうとはしなかった。
 耐えられなかったのだろうと思われた。ならばこの里で生涯を送ればいい。
 里での生活の中、アイクからの便りが度々あった。他愛のない話題の、遠い日の友人に送るような手紙であった。
「ミストが、セネリオと共にありたいのなら何故迎えに行かないのか、聞いたそうだ。
 アイツは、「俺はセネリオより先に、確実に寿命が来るだろう。生きている間は良い。じゃあ俺が死んだら?俺は幸せなまま死ねるが、残されたあいつはどうなる?置いて逝くことになるだろうに、俺のところに来いなんて言えないだろう」と答えたそうだ。
 お前達は似すぎていたんだな。
 共に相手を思いながら、その思いが故に寄り添えなかった」
 アイクの言葉を人伝いで聞いて、ついにセネリオは一筋の涙を落とした。
 ソーンバルケは静かにその場を離れた。この先は部外者である自分が踏み入ってはいけないと。
 アイクが死んだことで、ようやく思いを外に出せたセネリオを1人にするために。
 もしここで後を追うようなら、それも良い。
 このまま生ける屍のままであるよりずっと良い。
 静かに、扉を閉めた。

 

 

 僕の居場所は貴方の側にこそあったのです。
 貴方のいなくなった今日、それ以外の何処にもなかったのだと、思い知ったのです。
 貴方のいない世界に僕の居場所は、完全になくなってしまったのです。
 同じ場所には行けないかもしれません。
 女神に受け入れてなどもらえないかもしれません。
 でも、ここにいるよりは……。

 

 

 数日もしないうちにセネリオはグラーヌ砂漠より姿を消した……。


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蒼炎の軌跡クリア後に、暁の女神の存在を知らない時に書いた物です。
クリア後の後日談がないので色々想像(妄想)していたらどんどん悲劇な展開へ……。
アイセネ?な感じで!
むしろセネリオの一方通行でっ!
えー、結局この流れだとセネリオさん、確実に死ですよね……。
暁が出て良かった!