ジェイドは何も言わず、唐突に俺の手を取って手のひらにキスを落とした。
 それはそれは静かに。
 まるでそれが当然のことだと言わんばかりに。
 自然にする物だから、一瞬何が起こったのか分からなかった。




 いきなりの行動に驚かされる。
 まぁ、いつものことであると言えばそうなのだが。
 ガイは目の前の男が取った行動に半分焦りながらも、冷静にそう思った。
「ジェ、ジェイド?」
「なんです?」
 声を掛ければいつものような飄々とした返事が返ってくる。
 まるでガイの動揺を楽しんでいるかのようだ。
 いや、完全に楽しんでいる。
 その証拠に眼鏡の奥の目はほくそ笑んでいる。
 それを発見したガイはカッとなり掴まれた手を外そうと振り払った。
「おっと」
「人で遊ぶなよっ」
「失礼、遊んでるつもりはないんですが」
 ジェイドは眼鏡をツイと上げながら、小さく笑いを漏らしている。
 この男はいつもそうだ。何かと人にちょっかいを掛けてはからかって遊んでいる。
 人で暇を潰すのはやめて欲しいんだが。
「ジェイド、暇なら外にでも行ってきたらどうだ?」
 このまま暇つぶしの相手をするのはごめんだ。
 宿の一室に閉じこもっているより外へ行く方がずっと楽しいだろう、とガイは外へ行くように促した。
 しかし、返ってきた返事は意外な物だった。
「そうですねぇ、暇なら行ったでしょうが、生憎私は暇じゃないんですよ」
 暇じゃないときた。
 ならばなぜ突拍子もない行動で人をからかうのか。
「じゃぁ、人で遊ぶなよ…」
 ガイは再度、今度は呆れながら抗議する。
 ため息混じりの抗議は呟きにも等しかったが、しっかりとジェイドの耳に入ったようだ。
「ですから、言ったでしょう。遊んでるつもりはないと」
 ジェイドもジェイドでため息を1つつく。
 その声は今までの笑いを含んだ物ではなかった。
 変化に気づきながら、ガイは少しずつ後退りを始めた。
「遊びじゃなかったら、……なんだよ」
 この問いをしてしまったら逃げ道が塞がれることを感じながらも、誘導尋問に掛かったように問うてしまう。
 ガイは、ジェイドの意図を理解してしまった。
 つまり、そういうことか。
「わかっているのでしょう?」
 ガイが理解したのを表情から読み取ったジェイドは楽しそうに問う。
 心を結んでから早数日。
 幼い恋ではないのだから、先を望むのは当然のこと。
 だが、
「正直、分かりたくない……」
 ガイは不安を隠せないでいる。
「またまた〜、ガイは照れ屋なんですから」
 狭い部屋の中、ジリジリと距離を取ろうと後退するガイと、その距離を縮めようとするジェイド。
 障害物が多い部屋の中、追いつめられて行くのは必至であった。
 ふくらはぎにベッドの端が当たって後退していた勢いのまま座り込んでしまう。
 しまったと思う中でもジェイドの追跡は続いていて、ベッドに座り込んだ足の間に膝を入れてガイを捕まえた。
 肩に手を置き、そのまま柔らかなベッドへと押し倒す。
「ジェ、ジェイド…?」
 恐る恐る名前を呼ばれたジェイドは再びガイの手を取って手のひらにキスを落とす。
 擽ったそうに手を引こうとするのを押しとどめながら、
「知っていますか、ガイ」
 静かに尋ねる。
「な、何を……?」
「掌の上へのキスは『懇願のキス』なんですよ」
 貴方を私にくれませんか?
 耳元で静かに囁かれた懇願に、ガイは諦めたように、目を瞑った。