多くの魔物に囲まれ、戦闘陣形は意味のないほどに乱れていた。
魔物の壁の向こうにいる仲間と合流するために切り崩していく。
ティアとナタリアに攻撃役のルークとアニスがそれぞれ付いているのが幸いだ。
ジェイドは、どこだろう。
槍も使えるとはいえ、彼は本来譜術士だ。援護に行き、そして術で一掃してもらうのが一番の打開策となるだろう。
爪を振りかざす魔物の一撃をよけ切り伏せると、数体の魔物の奥に詠唱しているジェイドを見つけた。
軽快な足取りで攻撃をかわしてはいるが……、ダメだ。
すぐ後ろの魔物の動きについて行っていないっ。
「断空剣っ」
壁となっていた魔物を切り裂く。
自らに降りかかる返り血に視界を塞がれながら剣を投げた。
闘気を込めて技を放つよりずっと時間短縮になるから。
その剣は狙い通りジェイドに襲いかからんとしていた魔物に直撃したようで、すぐ後にジェイドの譜術が完成する。
「ミスティック・ケージッ」
肌にビリビリと感じる譜業の威力。
そして消えていく魔物の気配。
ようやく戦闘が終わったのだ。
それを感じて顔にベットリと付いた血を拭う。目にまで、入ってしまったようだ。
瞼を恐る恐る開ける。
視界が、悪い……。
「ふぅ。ようやく、終わったな」
「ええ。こんなに多くの魔物に囲まれるなんて……」
剣を腰の鞘に収めてルークは辺りを見回す。
夥しい死体が積み重なっている。
ティアも眉をしかめながら周りを見ると、そう遠くないところでナタリアがアニスを回復しているのを見つける。
しかし、そんなに傷はないようで、ルークとティアに気づくとすぐに寄ってきた。
「お疲れ様でした、苦戦してしまいましたわね」
「さすがのアニスちゃんも疲れちゃったよ〜ぅ」
げんなりとしたアニスの声に同感だ、とルークがため息をつく。
もう日も傾いているのだし、アルビオールまで戻って街へと向かいたいところだ。
「大佐の譜術で活路が開けたわね。……大佐と、ガイは?」
ティアの言葉で四人は人影を探す。
ジェイドが上級譜術を使ったのだから、その詠唱時間を稼ぐためガイも近くにいたはずだ。
二人を捜していると、動かない魔物の山から影が動いた。
予想通り、二人は一緒にいたようだ。
一緒に出てきた姿を見て、安堵を覚える暇もなく愕然となる。
「!
ガイッ!?」
ガイはジェイドに肩を預け俯いてフラフラと歩いていた。
「どうしたんですの!?どこか怪我を!?」
ナタリアの慌てた声に、のんびりと答えが返ってきた。
「いや、大丈夫だよ。それより君たちに怪我はないかい?」
いつものように優しい声で仲間を気遣う。しかし、顔は伏せたまま。
明らかにおかしいガイの様子にルークが叫ぶ。
「ない!俺たちのことより自分の心配しろよっ、どうしたんだ?毒でも食らったのか?」
「当たらずとも遠からず、ってかんじかな」
案外元気な声が返ってくる。
しかし、顔を上げた彼の瞳は、何も捕らえていなかった。
アイスブルーの瞳は、まるでガラス玉のように煌めいているだけだ。
「目……、どうしたんだよ」
見えていないのだと、見て取れるガイの様子に恐る恐る尋ねたルークに答えたのは、ガイを支えているジェイドだった。
「魔物の血が入ったらしいんですよ」
その言葉を受けてガイは苦笑している。
普段説明を押しつけているジェイドが答えるくらいだから、よっぽどのことなのだろうか。
仲間達に走った緊張を読み取ってジェイドは軽く笑った。
「おそらくそんな深刻ではないですよ。毒性も高くない。まぁ、しばらく休養が必要だとは思いますが」
医学を修得しているジェイドがこう言うのだ。最悪の状態は考えにくい。
それが分かると明らかに顔を明るくして、ルークは先陣を切った。
ティアがホーリィボトルの栓を抜いてこれ以上魔物が来ないように、と気を配っている。
ナタリア、アニスはガイとガイを支えるジェイドを護るように配置に付く。
そのことを察して
「すまない、迷惑を掛けて……」
ガイはおそらく仲間達のいるだろう方向を予測して声を掛ける。
「何をおっしゃいますの、大事に至らなくて良かったですわ」
「そうよ、早く治してもらわなくっちゃね」
女性陣の優しい声掛けに、ガイは全てを魅了する柔らかい笑みを浮かべる。
「ありがとう」
それに漏れることなく魅了されてしまったルークは慌てて、
「早く街に行こう!どこがいい!?」
バチカルにするか、それともグランコクマ、ガイの好きなシェリダンでもいいぞっ。
と、アルビオールに向かいながら勢いよく尋ねる。
その慌てた様子に笑いながらガイは軽く答える。
「どこでもいいぞー」
実際ただ休息を取ると言うだけなのだからどこでも代わりはしないのだ。
少しでも休まる場所、そして多少の医療機関があればいい。
「それではケテルブルクへ行きましょうか」
ちゃっかりと決定を下したジェイドはガイを引きずるように早足で進んでいった。
そのにこやかとも言える表情を見たルークは、笑顔に隠された彼の底知れぬ怒りを感じ取って早々にアルビオールへ逃げた。
「まぁ、強引ですのね」
と、ナタリアのように当然なつっこみすらできずに。
ジェイドの提案は覆ることなく、一行はケテルブルクへやって来た。
しばらくの滞在地となるケテルブルクホテルでそれぞれに部屋を取り、今は各自荷ほどきをしている。
ガイはまず部屋の配置を知るために手探りで部屋中を見て回った。
だいたいの物の位置を把握するのにそう時間は掛からなかった。
一度泊まった事のある部屋であるのと、ガイの空間認識力の賜だろう。
ここを療養地として選んだのは良い選択であった。
多少値が張るが、1つの客室が広くシャワーや風呂が完備されておりルームサービスもあるのだから。
突然目が見えなくなり行動が制限されたガイにとってありがたいことであった。
そう感じながらすることもないガイは、手持ちぶさたにベットに腰掛けていた。
するとノックの音が部屋に響く。返事を待たずに開けられるドア。
この歩調はジェイドか。
1つの感覚が潰されたことにより敏感になった聴覚を発揮してガイは予想を立てる。
「調子はどうです?」
予想は当たっていたようで、ジェイドの声が聞こえた。
「至って快調だよ、ただ見えないだけさ」
「それは良かった。薬を持ってきましたから、これを付けてください」
そう言ってジェイドは目薬を手に握らせる。
「ありがとう」
受け取った物は掌よりも小さな容器だった。
ガイは両手で包み込むようにして形を確かめる。
その様子にジェイドがため息をついて言葉を続けた。
「目薬です。一日四回から五回、点眼してください。あと目に痛みを覚えたらこちらの薬を飲むこと」
形の違う小瓶を片手に持たせる。
するとガイは渋面になって右手に持たされた目薬を(見えないはずなのだが)見つめていた。
「どうしました?」
「いや……」
「ああ、目薬がさせないんでしょう。それくらいルークにでもやらせてはどうです」
目が見えないのだ。飲むだけの薬ならまだしも、目薬を差すというのは難しいだろう。
そう的確にガイの考えを読み取ったジェイドの言葉。
だがガイは眉をひそめた。
「……なんか、棘のある言い方だな」
「おや、いつも通りですが」
「……なら、いい」
フイと顔を背けてガイはベッド横のサイドテーブルに薬の瓶を置く。
いつも通り、などと言うが確実にジェイドの言葉には刺が含まれていた。
確かに、旅の進行を遅らせる事態を作ったのだからしょうがないとも思うのだが……。
「それでは」と出て行くジェイドの気配を感じながらガイはため息をついた。
本当にルークに頼んでしまおうか。
ベッドがあることを手で確認しながらゆっくりと横になる。
目を閉じるがあるのは同じ暗闇。
今自分が目を閉じているのか開けているのか、分からないくらいだ。
ガイはしばらく付き合うことになる暗闇に意識を預けていった。
「ガイ、……ガイ」
「ぅん?ジェイド……?」
ベッドで眠りこけているガイを揺さぶる。呼びかけに開かれた瞳は未だに焦点がはっきりとしない。
それを見て、ジェイドは微かに眉間に皺を寄せた。
しかしそんな反応はガイに見えていない。
「いつまで寝てる気ですか、夕食の時間ですよ」
そう平然と言えばジェイドの不快感はガイに伝わらない。
ガイは髪をかき上げて
「あぁ、そうか。もうそんな時間か」
と、ゆっくり起きあがる。変な時間に寝てしまった物だから時間が分からなくなっているようだ。
「届いてから時間が経っているので多少冷めてはいますが」
ジェイドは定時刻に届けられたルームサービスを示す。
料理の良い香りを嗅ぐと空腹であるのだと実感した。
ガイが空腹を感じると同時に、ふとジェイドがここにいることに気づく。
もう夕食の時間ならばジェイドはなぜここにいるのだろう。
「みんなはもう食べたのか?」
「ええ。二階のレストランの方で」
「そうか……」
そこでプツリ、と会話が途切れる。
食事をテーブルに運ぶ無機質な音だけがしていた。
ジェイドはなんだかんだ言って世話を焼いてくれるんだな。
そう感じて険悪だった雰囲気を払拭しようと試みる。
「……怒ってるのか?」
そうして沈黙を破ったのはガイ。
さっき、そして今の突き放すような態度。そこから導き出した答えはそれしかなかった。
躊躇いがちに尋ねるその様子はまるで叱られた子犬のようで、ジェイドは大きくガイに聞こえるようにため息をついた。
そして肯定する。
「馬鹿なことをするからですよ」
感情がそのまま顔に出ているのをきっとガイ自身気づいていないだろう。
「悪い、迷惑を掛ける気はなかったんだ」
謝りながらも、いつも通りに答えたジェイドに、ガイは笑みを浮かべていた。
非難されているというのに、その安心しきった嬉しそうな様子にジェイドは毒気を抜かれた。
不意に口元が緩む。
「ええ、そうでしょうとも。
意図的に視界を潰すなんてこと、常識人である貴方がするはずもないでしょうからね」
「返す言葉もない」
嫌味にもガイは苦笑を浮かべる。
「しかし、もう一つ常識を持って欲しかったですね」
「ん?」
「あの状況の打破は無理にこじ開けなくてもできた。
急いて毒の含まれる体液を浴びたり、剣を手放すなんて馬鹿なことをしなくてもね。
まぁ、そのおかげで貴方以外の誰も重傷を負うことなく乗り切ったんですが」
「耳が痛くてたまらないんだけど……」
「それは結構」
今後このようなことを起こさないように。
耳が痛いくらいの忠告がガイにはちょうど良いのかもしれない。
ポンポンと小さい子どもにするようにジェイドはガイの頭を撫でる。
柔らかい髪が指に絡まって触り心地が良い。その感触を楽しみながらジェイドはガイの頭をなで続けた。
最初は子どもじゃないんだから、と笑っていたガイだったが、その表情はどんどん沈んでいった。
ジェイドはそれを確認しながら何も聞こうとしない。
ガイが自分から話すのを待っている。
しばらくの沈黙。
再び最初に口を開いたのはガイだった。
「……目が見えないっては嫌なもんだな」
「すぐに治りますよ」
「そう分かってても、だよ。
うまく動けないのもあるけど、今ジェイドがどんなことを考えてどんな顔をしてるのか分からない」
一瞬言葉に詰まった。
見えないはずのガイの瞳は違えることなく真っ直ぐにジェイドを見つめている。
その視線と目がかち合って、頭を撫でていた手が止まる。
「……顔が見えても、私の考えが分かるわけでもないと思いますが?」
「あー、うん。そりゃそうなんだが」
ばつが悪そうに頬を掻く。
そしてガイは手を伸ばした。ジェイドの顔へ。
「今、見たいなぁ、と思うんだよ。ジェイドの顔」
輪郭を確かめるようにジェイドの顔を両手で包み込む。愛おしい物に触れているような柔らかい接触。
ガイのその行動にジェイドは、
「貴方のその天然、どうにかしませんか」
今日何度目になるか分からない大きなため息をついた。
「どういうことだよ」
怪訝そうに、そして少し機嫌を損ねたようにガイは問い返す。
「そう無意識に誘惑されてはこちらの身がもちません」
「ゆっ、誘惑なんかしてないっっ」
途端顔に血を上らせてバッと勢いよく手を離す。
勢いが良すぎて、座った体勢のまま後ろへ倒れた。
その倒れたところに上から覆い被されば構図のできあがり。
「ほら、ご覧なさい」
「断じて違うっ」
のしかかる体重を感じながら顔を蒼く、そして赤く染めて全否定するガイの額にキスを1つ落としてジェイドは引く。
「……そう言うことにしておいて上げましょう。
ところで、夕食は食べますか?何だったら食べさせて上げても良いですよ。目が見えなくなった原因の一環は私にもあるのですし」
あっけないほど簡単に離れていったジェイドの言葉に勢いのまま頷く。
「おそらく回復するまで2〜3日は掛かるでしょうから、徹底して介護してあげますよ」
その言葉に底知れぬ不安を覚え、ガイは引きつった笑みを浮かべた。
ジェイドの言った通り、それから視力が回復するまで3日掛かった。
他メンバーは良い休暇になったというが、その間、ガイはジェイドの恐怖の介護を受けて余計に疲れたとか。