エフラムはなぜか、写生をしていた。
 その理由というのも、抜け出したフォルデを追いかけてきたらばその場の勢いで、といったところだ。
 さぼり常習犯でありながら、実力があり優秀な臣下であるフォルデは、君主であるエフラムにも開けっぴろげな態度を取る。実際、エフラムも臣下というより悪友の感が強い。それでも君主と臣下という関係は根底にあるのだが。
 本来ならばサボった臣下を王自らが迎えに行くなんて考えられないことだ。
 しかし、そこはエフラム。最初こそ真面目に仕事に取り組んでいた物の、再興が軌道に乗り、世界情勢が上向きになってきたところで何か機会を作っては仕事を抜け出すようになってしまった。
 今回のフォルデ連れ戻しもその口実である。
 どうせならこのままフォルデをスケープコードに突き出して、自分は闘技場にでも足を運ぼうかと密かに計画を立てていたのだ。
 しかしそのままフォルデのペースで絵を描いてみることになってしまった。
 木炭を手に高台から遠く城を見る。
 そこには待ち望んでいた『平和』があった。
 戦時中は絵の中でしか見ることができず、焦がれた平和で穏やかなルネス。それが眼下に広がっていた。
 最初はなぜ絵を描いて入るんだ、と言う疑問があった物の、その風景を前に不満に想っていた気持ちは晴れていった。
 穏やかな時間。
 城の執務室に入れば忙しさですぐにでも流れていく時間がこうもゆっくりと流れる物なのか、と思い知らされる。
 この男はいつもそうだ。
 エフラムは思う。
 フォルデは表面上素行の悪い騎士でありながら、その実信念を貫いている。
 その『信念』が読み取れないからエフラムにとっても謎の人物ではあるのだが、それでも良い臣下であり、信頼の置ける人物である。
 こうして絵を描かせているのもエフラムの苦労を彼なりに労っているのだろう。
 ふざけて見せて、周りへの気遣いも忘れない男なのだ。
「なかなか面白いな。絵も」
 横で何枚もスケッチを重ねているフォルデに声をかける。
 するとニコリと、笑顔で紙から目を移してエフラムの方を向いた。
「でしょう?
 なかなか筋が良いですね」
 エフラムの絵をのぞき込んでそう評価する。
 が、エフラム自身は正反対のことを感じていた。
 見るからに稚拙な絵であるから。
 どこをどう見れば『筋が良い』となるのか。
「これでか?」
 疑わしげに自分の絵と褒めた相手の顔を見比べて問いかける。
「感じた物をそのまま描けるのも才能ですよ」
 褒めているのか貶しているのか、微妙な答えが返ってきた。
 しかし取りあえず褒められていることには変わりない。
「それなら今度は人物画に挑戦したいところだな」
 続けても良いか、と思うくらいには気をよくした。
 風景画を今回やったのだから次は人を描こう、ということだ。
「いいんじゃないですか?」
 フォルデもエフラムの言葉に軽く賛同する。
 さて、それならば誰をモデルにするか、と言う問題が出てくる。
「ではモデルだが……」
「えー、まずは自画像から始められてはいかがですか?」
 エフラムが話を続けようとしたところにフォルデが言葉を重ねた。
 その言葉にはアドバイスの他にも他意が含まれているように感じる。気のせいでは、ないはずだ。
「何でだ?」
「ほら、鏡を見ればいつでも同じ顔がありますよ。それになによりも楽ですしね。他の人にモデルを頼むと都合を合わせるのも面倒ってのもありますし」
「ふむ」
 一理あるような理由だが、
「今度画材を差し上げますよ」
 というフォルデの笑いは半分引きつっている。
 (エフラムに)描かれる人物が気の毒だ、とでも言うように。
 それを察したエフラムは
「じゃぁ、その時にお前がモデルになればいい」
 妥協案を提示した。
「は?」
「さぼれるほど仕事に余裕があるんだろ?」
「いや、仕事に余裕があるわけではないんですが」
「いいじゃないか。オレはお前が描きたい」
「……本気ですか?」
「ああ。お前を描きたい」
 正直な気持ち。
 この捕らえどころのない男をキャンパスに留めてみたい。
「…………新手の口説き文句みたいですよ、それ」
「そうだとしたら、どうする?」
「勘弁してくださいよ」
 そう言いながら、フォルデは肯定ともとれるエフラムの言葉を笑い飛ばした。
「さぁ、どうかな?」
 エフラムはニヤリと笑って、城へ戻るために片付けを始めた。
 完全に口説き説を否定したフォルデを残して丘を後にする。
 今日の絵画教室は終わった。
 次は、室内で。


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フォルデの飄々とした態度が好きですっ!
結局の所、エフラムの絵はピカソ風だと言うことで……。