――花と酒と色香に惑わされ――



 それは街から随分離れたところに立っていた。
 太い幹に多数に別れた枝振り、そして幾重にも伸びた枝に淡く色づいた花弁を惜しげもなく実らせるその様は、遠目に見ればまるで大きな花束のようだ。
 異国の木。
 儚く散る花が美しいと称されるその木の名前は、桜という。
 遠い島国に生息した、美しい樹だ……。



 一つ風が吹けばまるで吹雪のように薄桃色の花弁が宙を舞う。透き通った空の青とのコントラストは季節の暖かさを物語っていた。
「(昔、ホドでも見たなぁ…)」
 その振ってきた花びらを片手に一枚乗せてガイは独りごちる。穏やかな父と母、気丈な年の離れた姉、騎士として付き従ってくれていたフェンデの当主と奥方、そしてその息子……。幼い頃の思い出には欠かすことのできない人物達が、桜の思い出にも当然のようについてきた。昔、思い出深い人達と屋敷内の庭に並んでいた桜の木の下で花見をした。料理が苦手な母が特別早起きして作った弁当はやはりどこか特殊な味がして……、みんなで笑いながら桜を見上げた。
 ゆったりとした時間が流れる花見だった。懐かしい……。
「ガーイv」
 ほんとーに、あの頃に戻りたいと切実に願うほど懐かしいです、姉上……。
 語尾にハートマークなんて付けて話す男は俺は二人しか知らない。その内訳の内片方は自分を長い真名で呼ぶ。つまりこの声はもう一人の方、ジェイドの物。
「一人で感傷に浸るなんて無粋ですよ、こんな宴の席に」
 いつもの食えない笑みでそう宣うと、これでも飲んで気を取り直しなさいときつい匂いのするコップを差し出す。酒だ。
「って言うか、なんだこのドンチャン騒ぎ……」
 肩を落とすガイの言葉通り、今この一本の大樹の下で宴会が行われているのだ。
 事の起こりはマルクト皇帝の緊急招集にある。どこの街へ向かっているかを調べ先に伝令兵を飛ばしていた彼が、大慌てでグランコクマへ進路を取ったガイ達に告げたのは一言。
「花見をするぞ」
 その言葉にルーク達はその顔に疑問符を貼り付けていた。『花見』ってなんだ?と。ホドで良く行われていた花見はキムラスカでもダアトでもあまりなじみのない物だったらしい。
「花見って言うのは、名前の通り、花を見て楽しむんだよ」
 ホドで咲き誇った花、桜と言うイメージしかガイにはなかったが、ホドの崩落にて桜もほとんど数の減らした。だからここで花見をする、となれば見る花は薔薇とかなのだろうか?そんなことを考えながらガイが簡単に花見について言うと、それを否定するがごとくピオニーが言葉を被せた
「花を見ながら美味いものを食べて美味い酒を飲み一騒ぎするもんだ!」
「陛下、俺たち今……」
「忙しいってか?少しくらいの息抜きは必要だろう。いつまでも気を張りつめていたら切れるのも早い。適度に遊べ」
 もっともらしいことを良いながらも、公務のほとんどをジェイドや優秀な部下に押しつけると言う前歴のある皇帝は、彼自身が遊びたいだけではないのか。そんな考えが全員の心を掠めたのだが、結局ごり押しに負け、花見という名の宴会が開かれた。決め手はこのやり取り。
「ホドの樹が移植されて残ってるんだ、ガイラルディアも懐かしいんじゃないか?」
「桜、があるのですか?」
「そうだ。昔ガイラルディアも花見をしたのだろう。昔のガイラルディアの思い出を共有するのも良いと思ってな」
 ガイが昔経験したことを一緒にやる。
「いいな、それ!俺、ガイがやったって言う花見、してみたい!」
「……コホン、異国の文化には興味がありますわ」
「ホドのことなら、私も知っておきたい」
「っていうか宴会でしょ?楽しそーじゃん」
 ガイ好きを大声で語る旅の仲間達がガイに関わることで拒絶するわけがなかったのだ。
「じゃあ、ガイラルディア、弁当の用意は任せたぞ」
「は?
えーっと、俺たちの息抜きのために花見をするんじゃ……?」
 自分たちを労う物の準備を何故自分がやらねばならないのか、と疑問をぶつけるとあっけらかんとした表情で皇帝はこう宣った。
「美味いものを食い美味い酒を飲むのが花見だぞ?そこでガイラルディアの手料理を食べなくてどうする」
 結局は、ガイの他料理を食べる、が目的だったのかもしれない。さも当然のごとく言い放たれた命令の通り、ガイは宮殿の厨房を借りて弁当を作るのだった。
 そうして今の、桜の木の下での宴会へと繋がる。
 発案者のピオニーはもちろんとして、なぜか未成年組にも酒が入って良い具合にできあがっていた。
「ん〜〜、なんだか良い気分だぁ」
「ちょっ、ルークッ!酒飲んだのか!?」
 締まりのない笑いを浮かべながらヨレヨレと寄りかかってくるルークに叱責しながらガイは茶をコップに注ぐ。
「ほら、これでも飲んで少し落ち着け」
「ガイこそ飲めよ、酒を飲むのが花見だろ〜」
「違うって……、花見って言うのは」
「何、俺の酒が飲めないってのか!」
 腰に抱きついて叫び始める、酒癖の悪いことが判明したルークを宥めながらなんだかんだと酒を勧めて回っている皇帝に抗議の視線を送る。始め、未成年達に酒は渡さず、しっかり果実水や紅茶を用意して渡していたというのに、この面白いこと好きな皇帝は言葉巧みに、権力逆手に皆に酒を勧めて回ったのだ。
 流石ピオニーの選んだ酒、と言うことだけあってとても美味しい。しかし、その味を堪能する暇もなく、ガイは早々に酔っぱらった者の相手をせねばならなかった。酔っぱらいとは、今絡んできているルークだけではない。ティアもナタリアもアニスも潰れて来た。
「あのね、私貴方が生きていてくれて本当によかったと思ってるの。兄さんがよく話してくれたわ、ガイラルディアのこと。私が生まれるのを楽しみにしてくれていたって……」
 ティアにしては珍しい昔話。泣き上戸も入っているのか眼にはたっぷりと涙が溜まっていた。
「ああ、君が生まれるのを待っていた。君のお母さんにお腹に触らせて貰ったこともある。とても元気に動いているのに感動したよ。そんな赤ん坊名はずの子が今ではこんなに素敵な女性になっているのだから凄いね。生まれてきてくれてありがとう」
 特に意識することなく日頃あのせりふがでてくるとティアむは顔を酒のせいとは別に赤くしていく。その様子に首をかしげながらも、ガイは次の酔っぱらいにつかまっていた。
「ガイ、貴方はどう思われます?」
「ええと、なにが?」
「私は今の現状は間違ってると思うのです。なぜ子供を産むのは女性だけなのでしょう?平等に苦痛も喜びも分かち合うというのであれば女性にばかり出産の痛みを背負わせてはいけませんわ。月の物の苦しみもしかり、です。あの苦痛は耐えがたい物ですわ、女性だけにあるなんてずるいです。確率で男女ともに妊娠する可能性が必要です。そして運によって片方が妊娠するのです!」
 と、何故か月経の辛さと妊娠の痛みを語り、とんでもない未来図を掲げるナタリア。
「えーと、そんな突拍子もない上人体の神秘にまで到達する話……」
 顔を赤らめながらどう反応して良いかさすがに分からなくなったガイは困ったように眉尻を下げた。
「ガイは子どもが欲しいと思ったことはないのですか?」
「子ども云々よりまず女性に触れられないから……、ナタリア、少し離れてくれるかい?」
「まぁ!失礼なっ!どけと言われてどくほど私は親切じゃありません」
 今まで腕を取らんばかりに近くにいたナタリアはジリジリと距離を縮めガイを捕まえようと動き出した。小さく悲鳴を上げて逃げようとするガイに腕を絡めて抱きつくとこの上なく幸せそうに微笑んだ。
「初めて、ですわね。こうして触れ合うのは。ずっとずっと、こうしてみたかったんですのよ」
「ひぃっ、わ……悪い、離れてっ」
 残念なことに、頬を染めて告白しているナタリアの言葉はあまり届かないようだ。
「誰か、助け……っ!」
 身体を震わせて他のメンバーに助けを求めると、
「ナタリアばかりずるいわ、私も……ガイに触りたいっ」
「はいはーい、アニスちゃんもー!」
「ティア!アニス!」
 三人娘の、酔いで理性の外れた欲望がガイへと向かっていった。咎めるガイの声は震えて、眼には涙が溜まって、頬は上気して赤く染まり、まるで酔っているかのように見える。そんな表情に
「好きだから触りたいんだよ〜当然でしょ?」
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた
「ひぃぃぃぃぃいっっ」
 好き、という嬉しい言葉を受けながらも、体中を女性に触られて、女性恐怖症という症状から来る震えと目眩と腹の底からの恐怖感に大きく悲鳴を上げる。
 いつもならここで引いてくれるナタリア、ティアも目が据わりガイの身体を触ることに熱心だ。
 酒の威力、恐るべし。
 などと心の隅で思えるくらいには恐怖症も改善されていたのだが、三人に囲まれ、逃げ出すことはできなかった。ジェイドやルーク、ピオニーへと助けを求めて見れども男達は笑いながら助ける気など更々無いように鑑賞している。
 ――くそぉ、見捨てやがったなっ!
 そうこうしているうちに三人の手がどんどん遠慮無くなっていき……、
「三人とも、や、やめ……ひゃぁっ」
 慌てて口を塞ぐ。なんて言う声を出したんだ、自分はっ!
高い声が上がったことで驚いたのか、三人の手も止まりガイの顔を見上げる。
 恥ずかしいことこの上ないが、これでこのぺたぺた攻撃がやむならもう何でも良いとさえ思ってしまう。
 動かなくなった三人を恐る恐る窺うと、
「可愛い…………」
「……は?」
 聞きたくなかった小さな呟きが。
 そして手が伸ばされて嫌な動きを始めた。今までのように悪戯に触るだけでなく肉を揉むような、別の動き。
「ちょ―――っ、何してるんだ!」
 身を守るように身体をよじるが三対一の上、ガイは女性恐怖症でフェミニスト。女性を強く振り払うことができない。
「大丈夫!優しく抱いて上げるから!」
「俺が抱かれるのかよっ!」
「子どもは女の子と男の子が良いわ」
「ま、ままままま待てティアッ」
「往生際が悪いですわよ、男ならさくっと脱いでしまいなさい」
「勘弁してくださいっっ」
 腕を取られ、服を引っ張られ、ガイも酔いの覚めない女性達も互いに必死になって攻防を繰り広げていた。



 一方、鑑賞中の男性陣。
「いやぁ、目の保養になるなぁ。ジェイド、お前いつもこんなん見てるのか?」
「いゃぁ、いつもは参加してますね。
 あ陛下、そこの卵焼きとってください」
「皇帝を顎で使うなっての。
 参加か、いいなぁ。俺も一緒に行こうかな。ガイラルディアと乳繰り合いたい」
「涎が出てますよ」
「それくらいでるさ。あ、上着脱がされてらぁ」
 のんびりと会話を交わす横ではルークが酔いつぶれて眠っていた。
「花見って、楽しぃな……」



「こんなんもぅ花見じゃねぇっっ」
 勢いのまま上着を奪われたガイの叫びは、木の下で響いていた。






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ガイ受けオンリーの時に作りましたペーパーに載せたお話です。
どうにも、オフ活動になると弾けてしまう傾向にあるようで……女性陣×ガイでした。
4月1日、エイプリルフールは突発本で使ったから、ちょうどその時満開であっただろう桜のお話にしてみました。
お花見はホドのみの習慣、と勝手に模造。
ホドの文化は日本に近い物として捉えております故!
着物はあったのかしら、なんて考えてみたり。
でもガイの回想では、そしてレプリカホドではめっちゃ洋風なんですよね〜。
おやおや。
想像するのは、自由よね!なんて言って逃亡を図ります。