「セネル君、聞いてよっ!」
 怒鳴り込んできた少女にため息をつく。
 ハリエットはそんなセネルなどお構いなしに怒鳴りたいだけ怒鳴る。
 ハリエットがウィルの家に住むようになって終わるかと思われたことはまだ続いているのだ。
 実に平和な、日常の風景だった。
「今度は一体ウィルがどうしたっていうんだ?」
 たいていハリエットの不機嫌の原因はウィルだ。
 セネルは半分諦めたような声色で話の続きを促す。
 そんなおざなりな対応が気にならないほどに、ハリエットは興奮していた。
「ちょっと、信じらんないのよっ!?なんでうちにあいつらが来るわけ!?」
 今日の不満はどうやら不本意な客が訪れることらしい。
 実は父親のことが好きでたまらないハリエットのことだ。
 理想としてたウィルとの生活を邪魔されて怒っているのだろう。
 微笑ましい事件だな。
 セネルは自然と出てくる笑みをどうにかかみ殺してハリエットの話を聞いている。
「半裸でウロウロされちゃたまんないわっ!」
 ピクッ
 半裸?
 その単語から連想される人物をすぐに想ってセネルは低い声で一つ問うた。
「……一体誰が来るんだ?」
「それがね、山賊の……」
 ハリエットの言葉を最後まで聞くことなく、セネルは家を飛び出していった。
「ちょっと!話は最後まで聞きなさいよっ!」


 一目散に向かったのはウィルの自宅。
 ハリエットのいったことが正しければここにモーゼスがいるはず!
 息せき切って訪れたかいあって、予想通りリビングのソファには目的の人物がのびのびと寝っ転がっていた。
「お、セの字。どうしたんじゃ、そんな慌てて」
 のんびりと手を振る姿は、なんだかいつもと違った様子を見せている。
 どうやら風呂上がりらしい。
 濡れた髪、肌。上気した頬。
 ここがウィルの家でなく俺の家だったらどんなに良いことか!
 無防備ながら何とも言えぬ色香を放つモーゼスに一瞬思考が遠のく。
 しかし、ここへ来た目的を忘れてはいけないっ。
「モーゼス!お前がウィルと恋仲だって言うのは本当なのかっ!?」
「……は?」
 このことを確かめなければならないのだ。
 肩をつかみ、顔を近づけた勢いに任せて逃げられることのないように上に跨る。
 モーゼスは一体何を言われているのか分からないという顔をしていた。
「ちょくちょくここに来てるらしいじゃないか」
 ハリエットが不満をいちいち報告しに来るくらい。
「まぁ、そうじゃな。毎日っちゅーわけじゃないが結構来ちょる」
「俺のところには来ないのに?」
 未だに片手で数えられるくらいしか来たことがない。
「用がないんじゃ。行く必要もなかろ?」
「そう言う問題じゃない」
 用なんてなくても俺は会いに行くぞ。
「なんじゃ、いやに真剣じゃのう……」
 真剣!真剣にならないでどうしろと言うんだ。
 自分の好きなやつがよりにもよって子持ちの親ばかと付き合ってるかどうか、という瀬戸際なのだから!
 別にウィルがダメな奴だと言いたいわけではない。
 俺は、モーゼスの相手は俺以外認められないのだ。
 誰にも渡してたまるかと猛アタックをしても全然気づかれない。
 現に今だって、風呂上がりでいつもより装飾品が少なく無防備であるモーゼスの上に乗っていても何とも思われていない。
 それってどうなんだ。
 俺の言うせりふではないが、危機感が足りなすぎるぞ。
 はっ!
「まさか、それが原因なのか?」
「は?」
「その隙だらけなところを襲われたのか?それとも襲われてたところを助けてもらった恩義でか?」
「何をいっちょるんじゃ?」
「いや、みなまで言わなくて良いっ!
 辛かったな、モーゼス」
 俺はなんて奴だ。辛いことを思い出させるようなことを言って……。
 少しでもモーゼスの負担を消さなければっ!
「あー、なんか多大なる勘違いをしちょるようじゃな」
「俺が、忘れさせてやる」
「じゃから……、っておい、なんじゃ!?
 ダハハハッ
 やめんかい、くすぐったいわ!」
「大丈夫。すぐ慣れる」
 始まり方は不本意だが、この際良い。
 このまま流れていってしまおう。
 と、勢いのまま進もうとしたのが間違いだったのか。そもそも場所を考えなかったのが間違いだったのか。
 俺のでもモーゼスのでもない声が聞こえた。
「お前は人の家で何をやっているんだ」
「不純同姓交遊は禁止よ〜っ」
「あにき、大丈夫ですか!?」
 ウィル、ハリエット、チャバが帰ってきたのだった……。


 セネルは床(それも地下の!)に正座させられてウィルの説教を受ける羽目になってしまった。
 数十分たったところでようやく解放される。
 リビングに戻ると、まだモーゼスとチャバがいた。
 それまでハリエットも交え楽しげに話していたというのに、セネルが上がってきたことに気づくとチャバがセネルとモーゼスの間に守るように入った。
 チャバにはよっぽどの危険人物と認識されたらしい。
 しかし、張本人であるはずのモーゼスに全くと言っていいほど危機感も自覚もないのだから何とも言えない状態である。
「説教は終わったんか?」
「ああ。俺の勘違いだった。
 ウィルの家によく来てたのは、風呂を借りるためだったんだな」
 そう。野営地に設置できなかった風呂。それを借りるために通っていたのだ。幸いなことにウィルの家には立派な風呂がある。
「まぁ、ワイはギートと温泉までかよっちょったんじゃがな。最近よう町におるようになったんでウィの字の風呂借りることにしたんじゃ」
「おかげであたしはいい迷惑だわ」
「まぁ、そういうな。今度背中でも流しちゃるから」
「いらないっ!」
 モーゼスの言葉に顔を真っ赤にして怒鳴るハリエット。もしこの場にウィルがいたなら拳骨がモーゼスの頭の上に降ったであろう。
「遠慮すんなや」
「え、遠慮じゃなくて……、もぅ!そのくらい分かりなさいよっ!」
「何をおこっちょるんじゃ??」
「チャバ君!あんたのあにきどうにかして!」
「いや……、その辺があにきの良いところでもあるんですし……」
 モーゼスとハリエットとチャバのやりとりの横でセネルがポツリとこぼした。
「俺も、くるかな……」
 その言葉に返ってきた反応は様々だった。
「お、セの字も一緒に入るか?」
「ダメです!セネルさんは!」
「セネル君も!?あたしお風呂に入れなくなっちゃうじゃないっ!」
「セネルは却下だ」
 どうやら賛成意見なのはモーゼスだけのようだ。
 チャバもハリエットも、いつの間にか地下から上がってきたウィルもセネルのつぶやきに却下を出したのだった。
「どうしてじゃ?」
「そうだ、何も可笑しいことはないぞ」
 何も分かっていないモーゼスは素直に、セネルはそれに便乗して、「否」という意見に疑問をぶつける。
 聞き返された方はただただため息が出るばかりである。
「……つまり、セネルには下心がある。だからだ」
 全て説明するには気力が持たない。
 ウィルは結論だけを述べた。
 そしてそれが勘違いを呼ぶ。
「なんじゃ、セの字。ワレ、ロリコンだったんか?」
「「「何でそうなるっ(んですか)!!」」」
 こんな男どもをみて、ハリエットは深々とため息をついたのだった。