賑やかな昼間の街はまるで通り魔などいないようでもあった。
そうであったらどんなに良かったであろうか。
町中を男性と共に歩いていた女性はしみじみそう呟いた。
今日も城下町は人の往来が激しかった。
マッハ少年はいつものように誰かと勝負しており、それを応援する者、観戦する者いろいろだ。買い物に行き交う者も多い。船が出ないとはいえ、やはりここは人の集まる大都市なのだ。様々な風貌の者がいる。
その中に、3人はいた。
3人とは、クレス、チェスター、クラースの3人。
そしてその格好は……。
「1人じゃなくて全員でやれば良かったんだ」
「今更そんなこと言うなよ。公平な決定の仕方だったろ」
「お前も私の立場になったらそんなこと絶対言えなくなる」
「……確かに」
ジャンケンが本当に公平な判断だったかは分からないが、今の状況に反論を許さないのは事実であった。
女装というある意味罰ゲーム的イベントをこなすことになったのはクラースだった。それも一発負けで。どうやらクラースはジャンケンに弱いらしい。
細かい刺繍の施された、しかしシンプルな丈の長いスカートに上着。
それにしても、クラースに化粧を施す女性陣のなんと楽しそうだったことか。今思い出しても腹が立つ(クラース談)
ペイントは早々に落とされた。特殊な染料であるためわざわざ落とし粉を使ってまで。そして女性陣の腕が発揮される。元々日に焼けた褐色の肌をしているのでファンデーションは薄目に。アイシャドウは、マラカスは、口紅は、と延々続きそうであった。もういい加減にしてくれ、と何度言いそうになったことか。小一時間という長い時間を掛けた後で見た鏡の中では、少し色の黒い、だが健康的とも見える肌をした女性が訝しげな表情をしている。これが自分だとは天地がひっくり返っても思いたくなかった。
「お、やっぱけっこう綺麗だな」
「うんうん、美人さんにしあがったでしょー」
「付け毛まで用意したんだ、すごいね」
「こちらはルーングロムさんからの差し入れです」
「…………準備、良いね」
「こうなることを予想していたんじゃないでしょうか」
恐ろしいことを言ってくれる。最初から男性陣が女装するなんて事を予想していたなら、わざわざクレス達に頼む必要なんてなかった。宮廷の中の誰か、兵士の誰かがそうすればすむこと。戦闘を繰り返している英雄とはいえ、女性に囮を頼む前にそれを実践すべきなのだ。
「ク、クラースの旦那、そんな顔をしたら美人が台無しだぜ?」
「うるさい。ルーングロムの奴、こうなることを予測してたんだっ!じゃなければ何で銀髪の付け毛なんて用意する!?」
「どうどう……」
ここまで押さえ込んでいた理不尽な怒りがどうやら爆発したようだ。
しかしそれを押さえるでもないすずの
「そんなことを言っても仕方在りません。早々に作戦を実行に移すべきです」
という一言でクラースの怒りは流された。
「夜になったら外を歩けば良いんだろう」
その対応に憮然となって言い放ったが、即座に否定の言葉が返ってきた。
「そうもいきません。ターゲットとして犯人に認識してもらう必要があります。外を不自然にならないように、かつ目立って歩いてきてください」
いつの間にか司令官な役割だ、すずちゃん。
クレスはすずが言ったことに感心していた。
それまで一歩たりとも外に出るか、と言う態度だったクラースの反論を許さない。
「それでは、早期解決のため頑張ってきてください」
私たちは後々の援助のためこれから身を潜めます、とあくまでターゲットとしてクラースだけを認識させるために女性陣は留守番をすると手を振ってくれた。
それに対して怒りなんか通り抜けて泣き出しそうになっていたのをクレストチェスターは確認した。それに少々同情をよせてしまった。そのため生み出されたのが今の状況である。
「1人で歩くよりまだ良いだろ?」
クラースの横を、ボディガード風にクレスとチェスターがかためている。
ある意味これで目立つことはできている。
容姿が人並み以上の青年2人を引き連れた銀髪をなびかせる美しい分類に属する女性。
目立たない方がおかしいのだ。
目立っている本人はとても不機嫌だが。
「こんな格好で歩く事が変わらないならどっちもどっちだ」
「そういうなって」
「お前達もこの格好をしていれば……」
「くどいです」
何度繰り返されたことか、こそこそと小さな声での応酬は周りには聞こえないようにしている。女装だとばれてしまえば元も子もないからだ。
不平不満をたれながら町中を練り歩く。
店を覗き、時折立ち止まって3人で話をし、クラースは引きつった笑みで愛想を振りまいた。
少しクレストチェスターが離れたとたんにナンパにあったり、ぼんやり見ほれている人も多々見かけるようになったところで、歩き回るのを止める。十分だろうと感じたところで宿屋に戻ったら、もうストレスでヘトヘトになっていた。
「お疲れ様です」
「目立ってたみたいだねー、ここまで噂聞こえてきたよ」
ミントとアーチェが労いの言葉をかけてくれる。が、聞き捨てならないことを聞いた。
「噂、ってどんなのだ?」
クラースがおそるおそる尋ねると、
「えーっと、どっかの金持ちのお嬢様がボディガードを連れて街見物に来た、とか」
アーチェが一つ指を折り噂の一例を挙げる。
「この年でお嬢様はないだろう」
「半分以上俯いてたからじゃないか?ほら、人見知りするお嬢様」
「あとほとんど喋らなかったしね」
「ほかには愛人を連れた奥様がいる、とか、美女が男を籠絡しながら歩いてる、とか」
「なんか、あんまり良い噂じゃないな」
溜息をつくほどの突拍子もない噂の数々に、噂の3人は溜息をついた。
「まぁ、良いんじゃない?良い意味でも悪い意味でも目立てたんなら囮として十分でしょ」
確かに、アーチェの言葉通りここまでは成功したと言っていいだろう。
反対にストレスだけは溜まっていったが。
「では、日が沈んだらまた外へ出て、作戦を開始しましょう」
すっかり司令官なすずの言葉で残り数時間の猶予ができたのだった。
休むなり食事を取るなりなんでも好きなことをしよう、とクラースは誓った。
暗い夜、外を歩く者はいない。
特に通り魔の出るという今、好んで外を歩く者はいなかった。
その中、立っているのは……。
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