被害と実益

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 男は新しい標的を定めていた。
 暗闇の中で、身を潜めて。
 人に見つからぬよう、身を潜めて。
 標的をただ待った。

   

  

 夜の帳もおりて、外を歩いている者は少なくなった。
 チェスターはその暗闇の中を走りはじめた。
「何で俺がこんなめにっ」
 後ろに殺気とも違うなんか知らないが気味の悪い気配がするのだ。
 今後ろにいるのがきっと通り魔なんだろう。
 過去の事例から通り魔が出現しやすい場所を選んでそこを歩いていたからそう思える。それも、スカートをはいているのだ。
 何故チェスターがスカートをはいているかと言うと、色々事情がある。
 まず、クラースが帰ってこなかった。自由時間として数時間空けたのがまずかった。クラースが「出かけてくる」と言い残して行ってしまったのだ。
 もしかしたらすでに通り魔に遭ってしまったのではないか、という不安はなかった。なぜならアーチェが着いていき、なにかあればクラースを囮にして隙を見て空に魔法を放つ、と言うことになっていたから。
 アーチェというお目付役がいるのに帰ってこない、ということは2人で時間を忘れたんだろう、と言うことで四人の中で処理された。
 じゃぁ、身代わりを立てよう、と言う言葉の白羽の矢に立ったのが、チェスターだったのだ。
 と、いっても今回は暗闇があるから、というチェスター自身の主張により、化粧はせずクラースが着ていたような女物の服を着て、同じような髪型に付け毛を付けて、顔を隠すようにショールをかぶっただけ。
 それで今、通り魔から逃げる状況になったのだ。
 気配が気持ち悪い、というのも失礼な気がするが、妙に息が荒いし、少し振り向いたらなんか光る物持ってるし、これで逃げるなと言う方が無理だ。しかし、とチェスターは作戦を思い出す。すぐに周りで待機しているはずの仲間が助けに来てくれる手はずになっているのだ。ならば、向かい合うべき何じゃないか?
 すずは屋根の上で、ミントはクレスと共に建物の影で、それぞれ待機していたはず。
 それに期待を掛けて、立ち止まってみよう。
 チェスターは走るスピードを緩めて方向転換をし、気配が近づいてくるのを待った。
 やはり、と言うべきか。
 後ろを着いてきていた人物はこちらが立ち止まったと分かるやいなや、光る物を振り上げたっ。

  

  

「あはははは、なにそれおっかしー」
「お嬢ちゃん、ずいぶんと笑い上戸だなぁ」
 クラースとアーチェは酒場に来ていた。クラースが気晴らしに選んだのは酒場だったのだ。
 しかし、気晴らしのはずが格好がそのままのため気晴らしにならない。
 どちらかと言えばアーチェの気晴らしとなってしまった。
 まだ十代だというのに結構な酒飲みなのだ。そして明らかに子どもとして分類できるだろう彼女に対して酒を飲ませる奴もいる。最初は2人で隅の方にいたのだが、数人の男達に声を掛けられたのが始まりだった。ナンパされたのだ。それも「お嬢さん2人で飲んでてもつまらないでしょう?」というクラースにとって屈辱的な誘われ方で。
 クラースはきっぱり断るつもりだったのだが、声を出せば男だとすぐ分かるだろう、さすがに。と言うことで睨みつけるだけ、と言う答えをしたのだが、アーチェがノリノリで「じゃ一緒に飲もうよ!」と返してしまったのだ。
 そしてそこから酒場にいた男どもが全員混ざっての宴会となってしまった。
 アーチェはもうその場になじんでしまっている。クラースもいつもならば上機嫌で入っていくところだが、現在の格好と女として酒の場に誘われたことがそれを邪魔していた。たいてい酒の席で女を誘うのは多かれ少なかれ下心という物があるだろう。ま、本当にない奴もいるが、今回誘ってきた連中はその例外に当てはまらない。まぁ、今となっては大多数がアーチェの豪快さと明朗さにその場を楽しむ方向へと変わっていったが。
 しかし、不機嫌な顔をして一言も口をきかずに酒を飲み続けているクラースへ向ける視線を変えない者もいた。
 黒い髪の、言うなればクレスのような好青年が「熱い眼差し」をクラースに送り続けているのだ。
 私はこんな格好をしているが男なんだぞ、とクラースは本当のことを青年に言ってやりたい気持ちに駆られた。だが、こんな未来に来てまで自分の痴態を広めていくことはない、とこの場をそのままで過ごすことを今心に誓った。なにも喋らずに、無視しよう。
「こんばんは、隣良いですか?」
 決意した途端に青年は行動に移っていた。
 確かに隣は空いていた。というより人の輪がアーチェ中心にできていてクラースが自分から外れたところに移動したのだ。右も左も空いている。何も言わずにいると、青年はさっさと右隣に座ってしまった。
「お酒強いんですね」
 すでに何杯空のグラスがあるクラースの手元を見て、そして酔った様子を見せない表情を見て感心したように話しかけてくる。
 クラースは無視を決め込んだ。
「これ飲んでみました?酸味が強いんですけど、さっぱりしてて美味しいんですよ」
 そう差し出されたものはもうすでに一度空けた酒だった。
「あ、もう飲まれてるんですね。どうでしたか?」
 未だ無視。しかし、
「美味しかったでしょう?あれ、うちの実家が作ったブドウから作られてるんですよ」
 こう言われてしまったら感想を言うしかない。確かに、美味かったことは確かなのだ。クラースは一つ頷いた。
「よかった」
 青年は嬉しそうに笑った。屈託がなく、素直だが、礼儀正しいところがクレスに似ている。
 だからこそ騙すことは憚られた。
 早くあっちに行け、と言うように睨みつけると、
「あ、いや、僕はそんなやましい事なんて考えてないですよ!」
 慌てて弁解しはじめた。その慌てぶりが怪しいような気もするが、どちらかと言えば好印象を受ける。思わずクラースが笑ってしまうと、青年は安心したように息をついた。
「よかった。やっと笑ってくれた。笑っていた方が、綺麗ですよ」
 うっとりしたような彼の表情。
 ああ、騙してしまった……。クラースは改めて今の格好を呪った。

  

  

 チェスターは振り上げられた手を掴んでねじり上げた。そして地面に押しつけた。
「このやろうっ」
「ぐえっ」
 気配、男は苦しそうな声を出したが、気にしない。なにせこの城下町を騒がせた通り魔その人なのだから。
「何でこんなことしやがったか、きっちり聞かせてもらおうじゃねぇか」
 クレスが出るまでもなかった、たいした手応えもない。
「チェスターッ!」
「よぅ、遅かったな!通り魔は捕まえちまったぜ!」
 クレス、ミントが走ってくるところに意気揚々と声を掛けたが、その瞬間、押さえつけていた男が暴れはじめた。
「通り魔!?冗談じゃないっ、俺は違うっっ」
 そう言う男の必死の形相に、顔をしかめて3人は顔を見合わせた。

  

  

「あなたは、僕の死んだ幼なじみに、そっくりなんです。よかったら、彼女の母に一目会ってもらえませんか?」
 クラースはその上手くできすぎたような話に、眉をひそめた。
 懇願するような青年の手の力はとても強く、振り払えなかった。


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