敵視されている、と感じたのは気のせいではないだろう。
 リーガルが数日前から感じている視線を今日も背中に受けながら、改めてこの事実を受け入れた。
 当然のことだとも思う。
 初対面は敵として。
 その後の再会も敵。
 再度の戦いの後、捕虜を経て仲間になった自分が信用に足る関係をすぐさま築けるか。
 答えは否だ。
 その証拠に、先程から痛いくらいの視線を送っている彼、ジーニアスはまだまだリーガルを信用していないようだった。
 遠くから睨んでいることや、必要なこと(戦闘や今後の予定)について話すことはあるのだが、必要以上に寄ってこようとしない。
 それを仕方のないことだと受け入れてはいるのだが、少しでもこの逆毛立てた猫のような少年と、歩み寄れないものか。
 リーガルは考えを巡らせた。

 

 開けた場所で歩みを止めて野宿の準備を始める
「今日は私が作ってもいいか?」
 料理当番を買って出たのは別に食い物でつろうと思ったわけではない。けして違う、とここで言っておこう。
 料理は得意とする分野である。
 まぁ、多少は歩み寄りのきっかけになるのでは、という些細な下心があったことは認めよう。
 目の前の少年は驚いたように目を見開いて、こちらをまじまじと見た。
「わかったよ……」
「うむ」
 しぶしぶ、というようないつもの料理当番であるジーニアスから調理許可を頂き腕を振るえることになった。
 ……完全に敵として認識されているわけではないらしい。敵だと少しでも感じていたらこうも簡単に口にする物へ関わることを許されないだろうから。
 取りあえず、先日美味しそうに食べていたハンバーグと同じ方向性の物を作ってみよう。幸い、材料もそろっている。
 ゆで卵を作り、挽肉に下味を付けみじん切りした野菜を混ぜ、付け合わせにジャガイモを茹でる。
 手が込んでいるように見えて、その実簡単である家庭料理。
 たき火に火をくべながら火力を調節する。
 なかなかこの野外活動は困難かもしれない。
 上手い具合にしけった枝に火はつかず、弱い火のままだ。
 枯れ葉をくべて火が消えないようにはつとめているのだが、どうにもうまくいかない。
「ふむ……」
 今まで料理していた場が整備されたところだったため手間取ってしまう。
 何か良い方法はないものだろうか。
「…………なに、してんの?」
 後ろから不意に声をかけられた。
 この声は
「ジーニアス?」
「……なんでそんなに不思議そうなの?」
 表情は不機嫌そのもの。腕を組んで仁王立ちの少年は怪訝そうにこちらを眺めていた。
「いや……。火が上手くつかなくて、な」
「火?
 あ、そっか。昨日雨降ってたみたいだからねー」
 クスリ、と笑顔をこぼす。
 ……少し、笑顔を見せてくれるくらいには慣れてきてくれたのだろうか。
「雨とは盲点だった」
「何作るの?」
 下ごしらえの終わった食材を眺めて尋ねる。
 これとこれとこれ、指さし確認をしてから
「ミートローフ?」
 ズバリ正解を当てた。
 そう、ミートローフを作ろうとしていたのだ。
 大人数で食べるのならこのメニューでも十分だろう。大きい物をいくつか作れば好きな量を切り食べられるので個々に作る物より楽である。
「いいね!僕好きなんだ」
 満面の、今まで向けられることの無かった笑顔。
 不意打ちのそれに思わず目を奪われる。
 彼には大人になろう、と背伸びしている節がどうも多く見られるように感じる。今までの経緯は知らないが、ハーフエルフであることもその要因の1つなのだろう。そんな中見せたその子どもらしい表情がとても神々しく(と言うと大げさなようではあるが)見えた。顔の作りが端麗であることもあるであろうが、子どもの無邪気さは今の自分からしたら神々しいとも言えるほど、尊い物である。それが、ハーフエルフであることを隠し続けて生きてきた、この世の矛盾を知っている少年の物だからこそ重要なように感じたのだろう。
 ……そうでなければ見惚れたことへの、説明がつかない。神々しく感じた事への説明がつかないだろう。
「火がつけば良いんだよね?」
 思考の波に囚われていると、ジーニアスが一言呟き短く詠唱を始めた。
「ファイアボール!」
 戦闘の時とは違う、かなり押さえられた火の玉が飛び出る。
 向かった先にある枝の山はあっという間に燃え上がり、強い火力を生んだ。
「……なかなか過激だな」
「そう?でも料理は火が命でしょ。ほらほら、早くくべる枝とか探してこないと!なくなっちゃうからね!」
「ああ、そうするとしよう」
 そうして、枝を大量に集めて積み上げた山の横で、料理が再開された。
 鍋を火にかけ、ミートローフを入れて蓋をして蒸し焼きにし、その横で付け合わせを作る。
 嬉しいことに、ジーニアスが手伝いを買って出てくれた。
 これは、距離を縮める(少しでも信用を買う)チャンスである。
「いつも料理は1人で作ってるのか?」
「そ。ロイドが作るとおおざっぱだから味も大型になっちゃうし、コレットにはあんまり負担かけたくないし、しいなはいろいろ大変みたいだし、アホ神子は何かやって貰うとうるさいし。プレセアは……あんまり得意じゃないみたいだから」
 ロイドの事は何となく納得できる。コレットは、今までの話からこれ以上なにか負担をかけたくない気持ちもよくわかる。そのうえ、頻繁に失敗を起こしてしまうのだから、その後始末を考えるより自分で動いたほうが良いのだろうという、裏の意識もあるだろう。しいなはゼロスのブレーキ係、ロイドとコレットへのつっこみ、となかなか苦労が多いようだ。ゼロスは冗談交じりに報酬を請求しているのだろう。プレセアの件は、私も賛成だ。味と言う物にこだわりがないようだ。
 その各々の様子はありありと思い起こせたのだが、ふと1人挙がっていない名前があることに気がついた。
「お前の姉は、どうなのだ?」
「も・ん・だ・い・が・い」
「そ、そうか」
「別に、食べてみたいなら止めないけど、巻き込まないでよね」
「……遠慮しておこう」
 そこまで言わせるのもたいした物だ。よっぽど、なのだろう。
 とにかく、ジーニアス1人でこの大所帯の食事を賄っているようだ。
「大変ではないか?」
「別に……。慣れたし、元々料理好きだし」
「そうか」
 料理とは、食べる者がいてこその物だからな。その点、このパーティーには作りがいのある者達ばかりだ。実に美味しそうにたいらげてくれる。
 苦労もあるだろうが、料理人として最高の賛辞を受けているも同然なのだろう。
 料理当番を引き受ける、と私が言った時の渋い顔は、そのことを知っているからだったのだろうな。
「あ、でも」
 時折火力の弱まっていくたき火にファイアボールをぶつけながら、
「たまには他の人の作った美味しいものも食べたいよね」
 正面から視線を受けてその台詞を聞くと、私を料理当番として認めてくれたと言うことだろうか。
「ま、今日のが美味しかったらだけどね」
「私は、料理にはうるさいぞ」
 美味い以外あるはずがないという自信は十分にある。
 火力の調節方法をどうにか検討しておかねばなるまい。いつまでもジーニアスの魔法に頼るわけにはいかないだろうから。
 これから先、料理当番を二人で請け負うことになるのだろう、という未来予想図まで出来た。
 歩み寄る、という密やかな下心は達成されたと言って良いだろう。
 趣味が同じ料理だという点から、最初よりかなり親密になれた気がする。
「ふーん。
 じゃ、楽しみにしてるから」
 ニッコリと笑った表情に、またしても魅せられてしまった。
 ………………自分に、少年趣味はないはずなのだが。
「じゃ、とりあえずソースはこれで良いね。あとパン焼くでしょ、あっちの片づけするでしょ、食べる場所は……確保してあるから、もう少ししたらみんな呼んでくるからね。いい?」
 小さいながらも、よくキビキビと動くものだ。
 ゼロスがよく、生意気なガキだと悪態をつきながらも目を細めている、その感情が良く理解できた。
 ジーニアスの動きは見ていて気持ちが良いのだ。そして相手に好意を抱かせる雰囲気、とでも言うのだろうか。そんな魅力がある。
「よろしく頼む」
「はいはい」
 そして彼自身、最初どんなに警戒していようと、一度気を許した者には甘くなる。それこそが人を惹きつける要因なのだ。
 現に、こんな短い時間で好感を持ってしまった自分がいる。
 ジーニアスの魅力に惹きつけられてしまったのだ。
 だがしかし、
「少年趣味はないはずなのだが……」
 恋愛感情でないと、願いたい。
 ジーニアスにそれを抱いてしまったとしたら、33歳の自分はどうすればいいのだろう。
 今はただ、この好感を仲間のしての物だと信じるほかあるまい。
「鍋、吹きこぼれてるよ!」
「!!」
 旅の仲間として、料理仲間としての物だと。