ジーニアス達はあれからちょくちょく顔を出すようになった。
なんでも空を飛ぶ乗り物を手に入れたとか。
そんなのがあったら竜車も必要なくて楽だよなぁ、なんて思いながら流し聞いていたのだけど、よくよく考えればそれは凄いことだ。
なにせ、ついさっきまで海の向こうにいたというジーニアスが今横にいるのだから。
前に渡した人物図鑑の進行状況を知らせに来てくれたらしい。
しかし埋まっているのは半分にも満たない。
「これって、なかなか大変なんだよ。材料集めるのもなかなか落とす魔物がいないし、目的のができるのも運次第だし」
ペリットを片手にジーニアスがブツブツ呟いている。
なかなか苦労しながらも頑張ってくれているようだ。
「それで?」
「え?」
話を促したオレに疑問符が返ってくる。
「それが用事できた訳じゃねぇだろ」
「……分かったの?」
「分からないわけないだろ」
革新的にページが埋まったならまだしも、こんな未完成も良いところで訪れたのだ。
ジーニアスの性格を考えて、本来の目的は別にあると見るのが当然だろう。
しかし、そのことを分かったのが意外だったらしい。
大きな目を瞬かせてジッとこちらを見ている。
「意外と人のこと見てるんだね〜」
「……当然だろ」
ここで「おまえだからだよ」なんて言えればどんなに良いことか。
言えない自分の性格を少し恨めしく思う。
「で、どうしたんだ?」
「愚痴言いに来たの」
ナーバスになる答えが返ってきた。
もしかして……、これはあれか。
犬も食わない、ってやつなのか。
「ゼロスがね」
やっぱり。
大きく深いため息が出てくる。
「そういうのはわざわざここでやらないでくれないか?」
「だって、もう誰も聞いてくれないんだもん。ハーレイだけなんだよ〜」
「オレだってあんまり聞きたくない……」
素直に言うとジーニアスが口を尖らせた。
「いいじゃん、相づち打つ壁くらいでも良いからっ」
「どんなだよ」
その言い様に思わず笑ってしまう。
惚気になるのであろう愚痴を聞くのは正直辛いが、自分だけ、と言われたことに心が傾いているし、壁でも良いってんなら聞いてやろう。
「長くなるようだったらなんか飲み物が欲しい」
「それじゃ紅茶入れてくるよ。ミルクと砂糖は?」
「砂糖いっぱい」
「たくさん?」
「ちがう、一杯だ、い・ち・は・いっ」
「分かってるよ〜、ちょっとした冗談じゃん」
あはは、と笑って素早く紅茶を煎れている。
その手際の良さに思わず見入ってしまう。
うちに調理器具はあっても、活躍する場はないのだ。久しぶりに使われるティーポットは心なしか喜んでいるように見える。
「なんか……場にそぐわないくらい良いティーセットがあるね」
「ん、ああ。貰いもん」
「へー。どうりで」
それはうちが質素だと言うことか……。否定はしないが。
「はい、おまちどおさま」
「サンキュー」
深い色をした紅茶を受け取る。
一口飲むと良い香りが口の中に広がった。同じ葉でも味がこんなにも変わるのに驚きだ。
「飲んだからには、ちゃんと聞いてよね」
飲んだのを確認してから言うのだから律儀だ。
「わかってるって。
それで、ゼロスって奴がどうしたって?」
あの前回来た時の独占欲丸出しの赤毛の男を思い出す。
今思えば初対面なのにあんな敵意を向けられる必要があったのだろうか。
よっぽど独占欲が強いか、オレを警戒する人物として認識したかのどちらか。まぁ、前者だろう。
「そう!あのアホ神子がねっ!」
ジーニアスは話を振られて意気揚々と語り出した。
『アホ神子』ってのがゼロスの事か。
時折混ざる惚気は聞き流しながら、愚痴に付き合う。
長々と続く話を掻い摘むと、ゼロスが会う女会う女をナンパして歩くのが気にくわないらしい。
「なんだ、ヤキモチ妬いてるって事か?」
「ち・が・う!ただ気にくわないのっ!」
それを世間ではヤキモチって言うんだ。
ぷんすか怒っているジーニアスを宥めながら密かにつっこみをいれる。
しかし、あれだけ独占欲を出していた奴がそうそう他へ流れていくことなんて無いだろう。たぶんナンパはジーニアスの気を引くための行動。
そして見事に引っかかってる餌食が一人。
ため息が出てくる。
恋の駆け引きに巻き込まないでくれ。
つい最近付いた失恋の傷を忘れようとしてるのに、抉られているような気分だ。
そこでひとつ悪戯を思いつく。
多少は慰謝料と言うことで良いだろう。
「それじゃ、浮気でもするか?」
「ふへ?」
一体何を言われているのか分からない、と言った間抜けな声が上がる。
その反応に笑いながら言葉を続ける。
「他の奴とデートでもして意趣返しでもしてみるってのはどうだ?」
きっとすぐさま反応するだろう。
ジーニアスは少し考えて、悪戯小僧の笑みを浮かべた。
「……そんなこと言うからには、付き合ってくれるんだよね」
反論は許さないと言うようにオレの腕をしっかと掴んでいる。
「乗りかかった船だしな。
それじゃぁ、散歩にでも行くか」
提案をした時からそのつもりでもあったのだ。
この町ではそんな良いデートスポットはないが、散歩するには最適な場所がいくつもある。
気づいたときにはもう遅かった恋心を、今この時だけ再度咲かせても良いだろう。
「さて、手でも繋ぐか」
「うん。よろしくね、ハーレイ」
「まかせとけ、ゼロスのナンパへの特効薬になってやるよ」
笑いながら外へと出る。
街を回っている間、見せつけてやりたい張本人は現れなかったが、ジーニアスの仲間にはちょくちょく出くわした。
これでゼロスの耳にも入るだろう。
数時間連れ回した後、宿の前で別れる。
長いようで短い散歩デートはこれにて終了。
デートといいつつ、結局悪友という関係から何も進展させなかった。
まぁ、これも良い。
永久的に続く友情を取るのも悪くない。
この後、ゼロスの態度が改善されたかどうかは、今度の機会にでも聞いてみるとしよう。