満天の星の下。俺たちは寝っ転がって空を見上げていた。
細い月は淡い光しか発しず、小さな星の光が夜空を彩っている。
「見つかると良いな」
そう呟いた声に、小さく賛同する声が返ってきた。
どうやら隣にいる人物は眠くて仕方ないようだ。
お前が誘ってきたくせに。
少し非難する気持ちはあれど、いつもならすでに眠っている時間だ。日付ももう変わる。コイツが眠くなるのも仕方がないか。
空いていた距離を詰める。
毛布も何も持ってこなかったのは誤算だった。肌寒い。
目を開けてるのもやっと、と言った様子で、隣の幼なじみは暖を求めてすり寄ってきた。
暖かくなったら寝ちまうんだろうなぁ。
そう思いつつも、離れることなどできなかった。
昔の事を思い出す。
今や空に星は瞬けど、それよりもなお圧倒的な存在として異形の物が脈打っている。
星喰み。
太古に畏れられた物が封を破りこの世界を埋め尽くさんばかりにうごめいていた。
町の隅の草原に寝っ転がって、天を仰ぐ。
すっかり変わってしまった空と同じように、俺とあいつの距離も変わっていく。
休養のためと立ち寄ったオルニオンでは、幼なじみが忙しそうに働いていた。実際忙しいだろう。責任者としてこの町を守る義務があるのだ、と彼はその責を負い寝る間も惜しんで奔走している。
それにあえて声を掛けることは憚られた。
俺は、あいつの立場を誰よりも理解している。
もう隣で笑い合っていた子ども同士ではない。異なる立場で、社会的地位を築いた大人なのだ。
「ばかばかしい」
今こうしているのは、自分も望んだことなのだ。
道を違えたのは自分が選んだこと。あいつが騎士として上に行くのを望んだのは他ならぬ自分。
だからこうして一人空を見上げることに、空虚感を感じるのはおこがましいことだ。
うっすらと光を放つ星を見上げる。
昔、こうして空を見上げたあの時は、フレンが突拍子もないことを言い出したからだった。
「流れ星を探しに行こう」
何の理由も告げず、それだけをただ主張して。結局、あの後フレンは寝てしまって、流れ星なんか見つけようもなかったのだが。流星群の時期でもないのに流れ星を探そうという方が無謀だったのだ。色々なことを考えて行動しているように見えて、その実、『体当たり』を得意としているフレンらしい行動だ。
その思い出に少し笑いがこぼれる。
「思い出し笑いはいやらしいよ、ユーリ」
ふと、頭上から声が振ってきた。
月に輝く金色と共に。
「なっ、おま……フレンッ、何やってんだよ」
慌てて体を起こす。
もう大分月も傾いて、夜遅くだというのに昼間走り回っていた男はその疲れを癒そうとせずここに来ていた。もっとも、もう休むところだったのだろう。フレンはいつもの蒼を基調とした洗練された騎士の鎧ではなく、柔らかい生地の服に身を包んでいた。ただ、いつ何時何かが起こっても動きやすいように、と服を選んでいるようではあったが。
「親友殿が挨拶もしに来てくれないから、文句言いに」
ふんっと腰に手を当てて覗き込んでくる様子は、文句などと言いながらにこやかな物だった。
「寝なくて平気なのかよ」
「寝るよ?
でも少し話をするくらい良いだろう?」
「はいはい、騎士団長様のお言葉とあらば」
おどけて見せれば笑って肩を竦められてしまう。
「隣、良いかい?」
「どうぞ」
わざわざ了解を得るようなことでもない。
そして断る理由もない。休むことより自分と話すことを選んだなら、俺はその相手をしたいと思う。休ませることも、幼なじみとしての一つの役目かとも思うが、自分もフレンと一緒にいることを望んでいるのだ。
「調子はどうだい?」
膝を抱えて座ったフレンは開口一番に様子を伺った。気になっていたのだろう。
「んー、順調っていやあ順調だ。準備も整ってきてるし、体調も悪くない」
「そうか」
「そっちはどうだ?」
「見ての通りだよ」
「なら良いさ」
簡単すぎる言葉で現状を報告し合う。味気のない会話だ。
少し沈黙が降りる。
だが、息苦しい物ではない。
フレンとの間に流れる空気はやはり変わってはいなかった。立場が違っても、コイツはコイツ、ということか。少し前ならまた違っただろうが今は気を置けない者同士、ゆったりと時間を過ごすことができる。
「懐かしいな。昔、こうして星を見たことがあったよね」
「お前、早々に寝ちまっただろ」
「そうだったね。
でもユーリだって寝ていたじゃないか。気が付いたら朝でビックリしたよ」
「隣で寝てるヤツがいるのに俺が寝られないなんて不公平だろ」
「そうだけど」
結局あの時は二人して外で寝てしまったんだ。寒い中、体を寄せ合って。でも見事に風邪を引いた……苦い思い出だ。
「そういや、流れ星を探してたんだよな」
「うん」
「どうして突然流れ星だったんだ?」
当時、絶対に口を割ろうとしなかったフレンだが、今は小さく笑って答えを教えてくれた。
「願い事をね、掛けたかったんだよ」
空を見上げるフレンに釣られて、視線を上げる。
相変わらず、うごめく星喰みはあれど、他の光は動く気配がない。
「流れないな」
「流れないね」
期待したわけではないが、落胆してしまう。今ならもしかして、とも思ったのだ。
それはフレンも同じだったらしく、隣で小さく息をついていた。
分かりやすすぎる様子に、そして同じ事を考えていた偶然に、自然と頬が緩む。
流れる星に、何かを願うつもりだったのだろう。
その「何か」なんて、予想するに容易かった。
「願いなんて、星に願うより、俺に願った方が確実じゃないか?」
フレンが、この局面で願うこと。
「どうせ、俺に関することなんだろ?」
決戦へと赴く、俺たちのことを何よりも案じているのだ。
無事にやり遂げて帰ってこい。そう願ってくれるつもりなのだろう。
口角を上げ確信を持って言い張つと、フレンは一瞬目を丸くして、そして微笑んだ。
「まったく……敵わないな、ユーリには」
俺の意見を肯定したフレンは
「夢もロマンもないけど」
と、いらぬ一言を付け加えた。
「いいだろ?当てのない星より凛々の明星の方が」
絶対に、お前の願いを叶えてやる。
左に座っていたフレンに正面から向かい、その蒼の瞳を覗き込む。
誓ってやろうではないか。
「誰一人欠けず、星喰みに一撃たたき込んでみせるさ」
そして、平穏を、あの空を取り戻す。
ブラスティアは無くなるが、きっと良い方向へ向かうだろう。
人間は強い。
こうして、何もない土地へあっという間に安らげる場所を作るのだから。
もうすでに、未来に向けて動き出している者が大勢いるのだから。
「ああ。信じてる」
根拠のない言葉を、信頼でもって受け止めるのだから。
「そうそう。信じててくれよ」
一筋も流れない星なんかより、俺の方がずっとお前の願いを叶えてやれる。
近くにいる、フレンの手を握って強く願う。
どうか頼るのが俺であるように、と。
立場が違うと割り切ったつもりだったが、それは薄っぺらい表面のことでしかなかったのだ。
俺はフレンと共にいることを願い、そして共にいることを、自分自身に誓おう。
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