フレンは唐突すぎる幼なじみの言葉に一瞬耳を疑った。
別に、騎士に戻るだとか、結婚するだとか、そんな大きな話ではなかったが、彼らしくない言葉だったのは確かだ。
「え……?なんだって?」
手に持っていたティーカップをソーサーに戻す。
紅茶を煎れるのは得意だ。
しかし、絶妙のタイミングで煎れた芳しい香りを漂わせる紅茶は、悲しいかな、一口も減っていない。
「だから、向日葵って俺みたいだと思わないか?」
繰り返し言われた言葉を反芻する。
ユーリがヒマワリみたい?
「え、向日葵って、これかい?」
先日貰った黄色の花を指さす。
よく見かける物より小振りのそれは、デスクの上の花瓶に生けられ少々殺風景なこの部屋を彩っていた。町を回っている時、小さな女の子から貰った物だ。時季はずれで、でも綺麗に咲いたから、と。
たくさん集まった小さな花びらが夜風に揺れる。
「………ちょっとイメージに合わない、気がする」
どこがどうと説明できる物ではないが、何となく違う気がする。
色だろうか。確かに、ユーリは黒い服をよく着ている。暖色なんて持ってすらいないだろう。
僕の答えに、ユーリは脱力している。
よっぽどヒマワリに似ている、と自負していたのだろうか。
でもやっぱり、違う気がする。
「………………お前、花に詳しくないの?」
「ああ、あまり花についてはよく知らない」
メジャーな物の名前を知っているくらいで、花に関する知識はあまり持っていない。
ただ、よくいただく物だから切り花の世話の仕方は調べたのだけれども。その甲斐あってまだ向日葵も元気に咲いている。
「突然どうしたんだい?」
「べつに。
ただお前が『太陽みたいだ』なんて喩えられてたから、それだったら俺は向日葵かなと思って」
なにか『太陽』と『向日葵』に関連する何かがあるようだ。
それにしても、自分を『太陽のよう』だなんて一体誰が言ったのだろう?少し気恥ずかしい物だ。
どちらかと言えば、
「ユーリの方が太陽だと思うけど?」
力強く道を照らし、人々を暖かく時に厳しく見守る。僕よりユーリの方が『太陽』なのではないだろうか。
ユーリは口を曲げて笑った。少し複雑そうな表情をしている。
「そう言うのはお前くらいなもんだって。俺はどっちかというと日陰者だぜ?」
「君が為し得たことを隠すからだろう?この平和は言うなればユーリ、君たちが……君が作り上げた物だよ」
僕の方こそ、影で動いていたにすぎない。
視点の違いかもしれないけれど、僕にはユーリの方こそ太陽のように思う。
「いつも君の光に救われる。君がいるから、僕はここで頑張ろうと思えるんだ」
「……お前がそう思うなら、それも良いさ」
ユーリは紅茶を一気に飲み下す。
砂糖を3杯も入れたそれは、ユーリにとって甘すぎることはなかったらしい。ふぅと一息吐いて立ち上がり窓に向かう。
「そろそろ行くわ。夜も遅いしな」
夜がふけてから来たくせに、時計を見てそんなことを言う。矛盾しているユーリの言い分を覆す気はないらしい、窓を大きく開け、張りに足をかける。
「気を遣うくらいだったら昼間正面から訪ねてきてくれれば良いのに」
「んなことしたらデコボコに追いかけ回されるに決まってるだろ」
「そうかもしれないね」
もはや因縁と呼んでも良いほどの三者の関係に思わず笑いがこぼれる。
一度全ての罪状が帳消しになっているというのに、シュバーン隊の二人はユーリを見つければ懸命に追うのだ。その口から叫ばれる罪状は日によって変わっているため、まだ色々と無茶をしているのだろう。
「でも窓から出入りするのはいただけないよ」
もう兵も城の者も、ユーリの顔は知っているのだ。不法侵入だ、などと言われることはないだろう。
「わーった、今度は扉から入るって」
ヒラヒラと手を振って窓から身を投げ出そうとするユーリに左手を差し出す。
「約束」
「…………この年になって指切りかよ」
ボソリと文句を落としながらもユーリは小指を絡ませてくれる。
幼い頃に使い古した決まり文句を歌いながら、次の訪問への楽しみに胸を躍らせる。
「指切った」
パッと指が離れるとユーリは背を向ける。
かなりこの部屋は高い位置にあるのだけど、それは障害にならないようだ。すぐ近くに大きな木も植わっているからだろう。実に器用に上り下りするのだ。
「あ、そうだ」
「?」
今日もまた軽やかに飛ぶのかと思いきや、顔だけこちらに振りかえる。
「今度俺も花持ってくる。向日葵の花言葉とか性質とか、調べとけよ」
ビシッと指さしてそう言い残すとさっさと飛び降りていってしまった。
窓から外を覗くと、トントンと枝を踏み下に降りていく影が見えた。完全に姿が見えなくなるまで見送り、ユーリが言い残していったことを考える。
花言葉と性質、か。
ユーリ自身が自分と似ているという花について、調べてみるのは面白いかもしれない。明日にでも時間を見つけて本を探してみよう。
部屋に視線を戻せば、向日葵が揺れていた。
ユーリに似ている、と言う花が――。
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