「好きだ」
その真意を理解したくない。
「好きなんだ」
理性はその言葉を閉め出した。
「愛してる」
耳をふさいで拒絶した。
――だってそれは僕らの関係を壊す言葉だから。このままで良いじゃないか。
「…………どうしたの、青年?」
ぼそりと呟いたレイヴンの言葉は『青年』に向けられた物ではなかった。それを正確にくみ取ったジュディスはそっと耳打ちで返す。
「詳しくは知らないけど、どうやら騎士様関係のようよ」
明らかに暗い空気を背負っているユーリの様子に小さく笑いながら一つの可能性を提示する。
証拠のない可能性ではあるが、ユーリである、というだけで騎士…フレンのことが原因であるという可能性が十中八九あっているだろう。なにせいつも一定体温の冷静なこの男。幼なじみのこととなると一変する。
「やっぱり?」
レイヴンもそれは承知していた。面白そうな笑みを浮かべつつ、顎を叩く。
他人の恋バナほど楽しい物はない。
不謹慎ながらも全く持ってその通り、ジュディスはもう一つ情報を提供した。
「告白したけど、玉砕したみたい」
「……十分詳しく知ってるんじゃないのよ」
一体どこから仕入れるのか、情報通のジュティスに身を寄せてレイヴンはチョイチョイと指を動かしより詳しい情報提供を求める。
「そうねぇ……これ以上は無料というわけにいかないわ」
「いけずぅ、良いじゃない」
教えてよ、と続けられるはずのレイヴンの言葉は背から聞こえる声で遮られた。
レイヴンの目の前にいるジュディスは面白そうに笑っている。
「…………何が、だ?」
ずんと腹に響く低音。
その声は今まさに話題の振られた男の物だった。
重量感のありすぎる声に、音がしそうなほどゆっくりとレイヴンが振りかえる。その様子をジュディスは微笑んで見ている。
「人の秘密を知るには相応の覚悟が必要、と言う事よ」
無料ではないというのはそう言うことだったらしい。
人の恋路を知りたがる出刃亀をユーリがどう扱うかは分からない。分からないが一般的には怒り出しても不思議でない状況である。
「知ってんのはジュディスちゃんじゃない!」
一気に責任を全て背負わされたレイヴンは必死にジュディスの腕を掴む。
「ジュディ?」
「たまたま聞こえて来ちゃったのよ。お散歩している時に」
ニッコリと微笑む女性に勝てる者はなかなかいやしない。明らかに無理のある状況説明であれども、納得せざる終えない。彼女なら、どこを散歩と称して歩いていても不思議ではない。
「そうねぇ。秘密を知ってしまったお詫びとして、相談にのってあげましょうか?」
「…………秘密ってほど秘密でもないんだけどな」
そもそも、ユーリの方はその感情を隠そうとしていない。言葉に出してフレンのことが好きだと公言しているわけでないが、態度が分かりやすすぎてこの手に話題に敏感な人間なら簡単に気づくだろう。そしてこの場にいるジュディスとレイヴンがそのパターンに当てはまったのだ。
ユーリはため息を吐きながら、事のあらましを説明した。
先日、フレンに告白しようとして、その言葉を拒絶されたこと。
とうてい解決策など出してくれなさそうな二人に話を切り出したのはもう半分は自棄になっていたのかも知れない。おもしろがるばかりなのだ。
「うわっ、それまた嫌なパターン……」
「…………だよな」
告白すら受け入れて貰えなかった、と嘆くユーリは己の抱く恋愛感情に終止符を突きつけられた気すらした。かなり、ショックだったらしい。
しかしユーリの深刻な雰囲気地は別に、レイヴンはプゥと頬をふくらませる。
「ちがくて、おたくらどう見たって両思いでしょ。なのにいつまでもズルズルと……、見てるこっちの方がヤキモキしちゃうじゃないの」
「…………は?」
軽いのりのレイヴンの言い分に目を見張るのはユーリだ。
ユーリが固まったのを見て相談にのるはずの二人は肩を竦める。
「どうするジュディスちゃん、この唐変木」
「あらあら貴方に言われたら立つ瀬がないんじゃない?」
「おっさん、そんな言われると悲しいわ」
コロコロと笑うジュディスにレイヴン。
二人はもちろん、ユーリのこの反応を予測していた。
レイヴンが言った言葉は真実だ。ユーリの方は前記したとおりだが、フレンの方もよっぽどのものだ。こちらはユーリとは違い、その感情を必死に隠そうとしている。その必死さが、気づかせる要因でもあったのだ。
ユーリは、自分の気持ちが先行してしまいフレンの気持ちに気づいていない。
レイヴンは大きくため息を吐いた。
「んで、どうするの青年。
ここで諦めるほど潔いなら、いっそ騎士様をおっさんに頂戴」
まるで犬猫をくれ、とでも言うかのような気軽さ。
「ばっ…!なんでそんな話になるんだよ」
「結構騎士様のことは気に入ってるのよね、綺麗だし。真面目で堅気だけど、それがまたストイックで」
にやりと笑ってみせるレイヴン。
「私にでも良いわよ?彼、可愛いわよね」
便乗するジュディス。
もともと、真意の見えにくい二人だ。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。カロルやリタよりは二人の言いたいことをくみ取れるユーリでも、ここの境は見抜けなかった。口元が笑っていながら、目は笑っていないのだ。
「…………諦めるわけ、ねぇだろ」
フレンが誰かの隣で笑っているのを見ていられるほど寛容でないことをユーリは自覚していた。
それが信頼している仲間であっても、だ。
頭を抱えて、でもはっきりとした言葉を返したユーリの肩が叩かれる。
「それでこそ青年!頑張りなさいよ!」
「期待してるわね」
驚くほどあっさりとした二人の変わり身に、嵌められたのだと気づいたユーリは大きくため息を吐いた。
どうもフレンが絡むと冷静でいられなくていけない。少し、落ち着かねば。
「期待されることでもないだろ」
「いいえ?私達、あなた達の恋の行方を楽しみにしているの」
「…………そいつはいい趣味だな」
「良い趣味でしょう?仲間の幸せを祈りながら楽しむんですもの」
「オッシャルトーリデ」
ユーリは片言で言いながら笑った。
嫌味もさらりと受け流すジュディスには敵わない。
「あいつが俺のことどう思っているかは別にして、ちゃんと聞いて貰わなくちゃいけないな」
食わせ物二人に背中を押されるとはかなり不本意であるが致し方あるまい。
諦められないのが本音なのだから。
ユーリの背中を見送りながら、ジュディスは隣のレイヴンに声を掛ける。
「ちょっと残念なんじゃない?」
「ん?何が?」
当然の事ながら、彼は惚けた。
「彼のこと」
ズバリと言い放たれた事に、レイヴンは手を組む。背伸びをすれば、青い空が見えた。まるで真面目な騎士の瞳の色のような。その色に笑いをこぼす。
「ジュディスちゃんってば、何でもお見通しなのね……。
まぁ……ちょっとね」
「フフ、素直になれないのね」
「おっさんくらいになると簡単にはいかないのよ」
「難儀な事ね」
「そう言うジュディスちゃんは?」
「さぁ。乙女の心はそう簡単に打ち明けられないわ」
「いけずぅ」
ユーリの背が完全に見えなくなった。
彼と幼なじみがどうなるか、彼のがんばり次第である。
騎士の、自分とユーリの心を知っていて拒絶した心を溶かせるかどうかは、まだ分からない。
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