君は僕のペースを崩す。
 いつもいつも平然とした表情で。
「好きだ」
 僕はその言葉を拒絶した。
 耳をふさいで、君に言葉を飲み込ませた。
 僕がそう決めたはずなのに、なぜだろう。
 胸が、痛いんだ。
 自分勝手な痛みに、嫌気がさす……。



 今日一日の任務を終えて部屋に戻ったフレンを待っていたのは、夜の闇に紛れるほど暗い色を纏った幼なじみだった。
 窓の縁に腰を掛けて、ジッと部屋を見つめている。ユーリの視線の先にあるのは、デスク正面に飾られた昔の絵。
「ユーリ」
「おぅ、遅いお帰りで」
 フレンはその視線に込められた感情に気づきたくなくて、名を呼んだ。その存在に気づいていたのだろう、ユーリは驚くことなくゆっくりと部屋の主の声に軽く手を挙げて応えた。
「夜に悪いな」
「いつものことだから構わないよ。できることなら時間に気を配るより入ってくる方法を考えて欲しいな」
「それこそ、いつものことだろ」
 部屋の主が帰ってくるまで待っていたらしい、ようやくユーリは縁から降りて部屋に足を踏み入れた。
 ユーリの訪問を受けながらもフレンは鎧を脱ぎ、軽装になっていく。
 幼い頃から一緒にいるのだ 着替えるのに躊躇することはない。小手を外し、肩、足、と鎧を外してゆったりとした服に着替えていく。
 目の前で着替えられ、鎧に覆われて隠されている実は細い体がユーリのいる場所からも見えた。身長は高いのだけれどもどうやら栄養はそっちに取られていたらしく、ウエイトは鍛えても鍛えても増えなかったのだ。その肩に重い物を乗せていることを知っている。
「好きだ」
 着替える背中に向かい聞こえるように言った言葉は無言の返事しか返されない。
 まるで何も言われなかったかのようにクローゼットに足を向けるフレンに、ユーリは思わず小さく舌打ちをした。
「お前は、何がそんなに嫌なんだ?」
「……何が、だって?聞かなくても分かるだろう」
 パタン、とクローゼットを閉じる小さいはずの音が大きく室内に響く。
 振り向いたフレンと、ずっとその姿を見つめ続けた視線が絡む。
「僕は男で、君も男だ。それだけで十分だろう?」
 フレンの表情は笑みを作っていた。そう、作っていた。
「共にいたいなら、友人として今まで……簡単に上手くとは言えないけれど、やってきたじゃないか。僕は君以上に信頼できる人を知らない。それでは、駄目なのか?」
 整った表情で紡がれる、信頼を寄せる言葉。しかしそれは壁を作る呪文だった。
 ――君と友人以上にはならない。
 一時はユーリも思っていたのだ。この感情をどうにか殺し、いつか現れるフレンにふさわしい人物を待つと。しかし、駄目だった。
「……ダメなんだよ」
 望むのは対等に隣に立つ友人という枠ではなかった。
 綺麗でいて、能面のような顔をしたフレンに足早に近づいていく。トンとその体を押せば、疲れていることもあるのだろう、簡単によろめく。そのままクローゼットの戸に押しつけた。
 何か言う前に、口を覆う。
「ユ………リッ」
 抵抗をみせるフレンをよそに、文句を言おうと開けられた唇の隙間から侵入する。
 閉じようとしない瞳は互いを見合っていた。ユーリの、恐ろしいほどに冷静沈みそして熱を讃えた瞳。フレンの、驚きに見開かれ彷徨う瞳。
 しかし、一方の光は苦しみに閉じられる。
 くちゅりと水音が流れた。
 腕を立て必死に押し返そうとするがそれも敵わず、口内に潜り込んできた舌から逃げようとすれば、奥深くまで追ってくる。
「ふ…んぁ……っ……ユッ」
 口蓋をなで上げ、歯列をなぞり。それだけでは飽きたらずついに捉えたフレンを吸い上げ絡みついた。
 触れた瞬間の高揚。
 そのまま喰らい尽くすように貪った。
 鼻を突く吐息。上げられる微かな声。途切れることのない甘美な水音。全てがユーリを止めるどころか行動を助長していく。
 ズルズルと足に力を入れられなくなったフレンが重力に従い崩れ落ちるのを支えて、ようやく解放する。
 涙を浮かべ朦朧としたフレンは息を整えようと肩で息をする。
 その体を抱える。跳ね飛ばされるかと思いきや、そんな余裕もないらしい。ユーリは今は腕に収まってくれているフレンに話し始めた。
「俺は……こういう事も、これよりずっと先に進んだ事も、お前としたいんだ」
「……僕の、意志を無視しても?」
「お前こそ、分かっているくせに俺の意志を無視して、言葉も聞かず、今までと同じでいようって言うのか?」
 都合が良すぎる。
 ユーリも。フレンも。
 それでも、フレンは首を横に振った。
「聞いたら、元には戻れない」
 ユーリの腕を力の入らない手で払いのけてゆっくりと離れていく。
「『元』って何だよ。知ってるなら、同じ事だ」
 逃げようとする手を掴んで引き戻そうとするとふいと避けられた。
「違うよ。その言葉を言わないことでユーリ、君はそれを勘違いと気づくことができるんだ」
「何?」
 フレンが笑う。
 ああ、嫌な笑顔だ。作られた笑顔。
「ずっと一緒にいて、楽しいことも辛いことも共有してきたから勘違いしているんだよ。
 ユーリにはこれから先、もっとふさわしい人が現れるから……」
 ――だから今ここで惑わされてはいけない。
 その言葉に、ユーリの心に鋭く冷えた物が現れた。
 もっとふさわしい相手?まるっきり自分が思っていたことではないか。自分はふさわしくないと言い聞かせて諦めようとしていた自分と同じ事を言う。
「それ、誰に言っているんだ?」
 確信が持てた。
「お前自身に言ってる事じゃないのか?」
 ユーリが自分自身に言い聞かせていたこと。同じようにフレンも思っていたのだとしたら?……その心の本音は別の所にある。
 言われたことに瞠目したフレンは、ユーリの鋭い視線に捕まって力無く否定する。
「…………違う」
「なら何で抵抗しなかった?」
「したよっ!した、じゃないか……」
「本当に嫌なら、俺の舌を噛み切れば良かったんだ」
 フレンは男だ。一番最初に彼が上げたユーリを拒否する理由である同性とのキスを受け入れられるはずもない。噛み切るまで行かずとも、潜り込んだ異物を攻撃することは当然だ。
 しかし、肩を押されても舌を噛まれることはなかった。甘い恋人のように縋り付くこともせず応えてくれることもなかったが、その事実は確かにある。
「できるわけ……ないじゃないか」
 眉間に皺を寄せたフレンの手を今度こそ掴む。
「どうしてだ?お前の意志を踏みにじったんだぞ」
「ユーリ……」
 どうか聞き分けてくれと語る表情は、それ以上の言葉を交わせば己を繕えないと暴露しているような物だった。
 震える手を自覚しているだろう。
 動揺しきっているフレンにとどめを刺す。
「言ってやろうか?お前も、俺のことが好きなんだよ。友情じゃなく、そう言う意味で」
 突きつけられた言葉に、先ほどまで浮かべていた涙とは別の意味合いを持っているだろう涙を一筋流し、何かを言おうと小さく口を開いた。
 しかし、フレンの唇は言葉を紡がない。
 否定しなければいけない。「違うんだ、僕が思っているのは親友である君のこと」と友情の証を立てなければならない。
 だけれど、否定の言葉も、肯定の言葉も出てこなかった。
 死ぬまで秘めていなければいけなかったことを知られてしまった。その暴かれた感情は歓喜の声を上げ、それとは反対に友情を主張し続けた考えがボロボロと崩れ落ちていく。
「オッサン達に言われて気づくなんて俺もバカだよな。よくよく考えれば、一番俺が分かるはずだったのに」
 ポロポロと堰を切ったように流れてくるフレンの涙に口吻て
「好きだ、フレン。愛してる」
 拒絶された告白をようやく捧げた。





 胸が痛いんだ。
 僕が君を拒絶すると決めたのに、奥底にしまい込んだはずの感情が絶えず突く。
 君と共にいたい。
 隣で笑い合っていたい。
 君の特別になりたい。
 それなら、友としてで良いはずなのに。
 親友というこれ以上ないほどの賛美を受けているのに。
 親友の座にいることで、僕の心が痛む。
 ――ああ……僕は君を  
愛しているんだ






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