珍しくもユーリから手紙が届いた。物資を運んできた者に預けられた白い封筒。
 少しばかり驚きに目を見張り手紙を取り出す。彼らしく蝋封も何もされていない封筒の中にはたった一言だけ書かれていた。
「ユウマンジュで待ってる
  ユーリ」
 前に置き手紙をした時の意趣返しだろうか。他に何が書かれているわけでもない、用件の定かではない言葉の足りない手紙。
 ふむ、と考える。
 オルレインは今やユーリ達の用意してくれた物資で随分としっかりしてきた。これからまた家を増築する必要があり、設備も必要な物がまだまだあるのだけれども、当初移動してきた全員分の家があり、生活も落ち着いてきたところだ。魔物の襲撃に十分耐えられる優秀な者も多い。
 少しくらいであれば、自分がここを離れても大丈夫であろう。
 詳しい内容の明かされない手紙。しかもユーリからであれば、放っておくことができようはずもない。
 しかし、どうやって指定された場所まで行こうか。私用で船を出すこともできない。彼らが持っているような空を飛ぶような物はない。
 普段であれば、少ないながらも保養地であるユウマンジュ行きの船があるのだが…。
「隊長、来客です」
 ふと掛けられた声に振りかえると、苦々しいソディアの表情に『来客』の見当をつける。
 一見クールである彼女はその実、熱血で考えていることが顔に出やすい。
 こうまで顔を歪ませるのは、それこそ無茶な要求ばかりする貴族やら過去の上司達。そして、後一人。
「ユーリかい?」
 どうにも馬が合わないらしく、ソディアはユーリを見つけるたびに機嫌を急降下させている。
 今の表情もそのためだろうと思われたのだが、彼女の後ろから顔を出したのは、凛々の明星の長である少年だった。少し戸惑っているのか、キョロキョロと落ち着かない様子だ。
「どうかしたのかい?」
 少し身をかがめて問うと、彷徨わせていた視線をキッと持ち上げて大きな声が返ってきた。
「あ、あのさぁ!ユーリから手紙届かなかった?」
「ああ、今し方受け取ったところだよ」
「読んだ!?」
「うん。でも行く方法がなくってね」
 行こうとは思うのだけれど手段がない。それを考えていたところだと告げると複雑な表情を浮かべた。
「そうだよね…。それでさ、僕が迎えに来たんだ」
「え?」
 彼の口から出た言葉は意外なことだった。それならわざわざユウマンジュに呼び出さず、ユーリ本人が来てくれればいいのに。
「……行ける?」
 隣にいるソディアの顔色をチラチラ伺いながらドンドン小さくなっていく声。
 ああ、彼はソディアの怒りを買わないかが心配なのか。そう言えばいつもユーリと一緒にいるからソディアの怒っているところしか見たことがないのだろう。
「ソディア、後を任せても良いか?」
 ゆっくりと問えば、現状をざっと思い返したのだろう、しばしの沈黙の後了承の返事がきた。
「……分かりました」
 優秀な部下がいてくれると本当に助かる。しかし、彼女ばかりに負担を掛けるわけにもいかない。早くに戻りたいところだが。
「明日には戻れるかな?」
「うん!ちゃんと送るよ!」
「では、明日には戻る。任せたよ、ソディア」
「お待ちしてます。少年、隊長を守ってくれるよな?」
 言葉の後半はカロルに向けたものだった。
 しかし守るも何も僕は自分の身は守れるし、そもそもバウルの引く空飛ぶ船に乗るのだから魔物の襲撃もないと思うのだが……。
「ソディア、心配しなくても大丈夫だ。魔物が襲ってきたならわざわざ来てくれたんだ、僕の方こそ彼を守らなくっちゃ」
 なぜか、二人に大きなため息を吐かれてしまった。
「…………僕じゃ大魔王に立ち向かえないよ…」
 大魔王とはいったい何のことなのだろう、隠語だろうか。
「まもってくれるな?」
「……ハイ、ゼンリョクヲツクシマス」
 迫力負けして意気消沈しているカロルに案内して貰い、ユウマンジュへと空を駆けたのだ。





 帝都の様式とは全く違う建築物。
 貴族達のリゾートでもあるというそこはこんな時勢でもそこそこの賑わいをみせていた。
 何度かここを訪れたことがあるフレンは、その異様とも思える空間が存外好きだった。
 木で作られた建物は色合いも美しく、香りまでもが違う。畳という敷物は足の裏に少しざわつきを感じれども、緩い弾力を持った優しい感触だ。そして動きを閉じこめたような庭。風呂は……残念ながら堪能したことはあまり無い。ここに来る目的は貴族の護衛を騎士団が依頼され、そのお鉢が回ってきたから、それだけだ。任務中にくつろぐことができるはずもなく、慰安地であってもその魅力を味わう機会はなかったのだ。
「ユーリがどうして僕を呼んだか、知ってるかい?」
 ここまで連れてきてくれたカロルに問うと、なんだか複雑な表情をして肯定とも否定ともとれない返事が返ってきた。
「入れば分かる、と言うか何というか……」
 歯切れの悪い言葉尻に思わず首を捻る。
 まさかここで勝負の再戦、と言うわけでもあるまい。どちらにせよ、僕の方が負けているのだからユーリの方から言ってくることはないだろう。
「フレン、こっち!」
 考えていても仕方ない、大きく手を振るカロルに誘導されるまま、横に開く扉を開けた。
 すると、見慣れた人物達があまり見たことのない格好で待ちかまえていた。みんなラフな格好をしている。
「いらっしゃいませ」
「よーこそー」
 しかし、声色は低く、やる気がないように思える。
「これは一体どういう状況なんだろうか」
 着ろとばかりに渡されたのは、確か浴衣という衣服。青と緑が混ざったような色に、うっすら筆を乗せたような模様が描かれている。ますます戸惑ってしまう。
 すると短い丈の衣装を纏ったジュディスが小さく笑って答えてくれた。
「ふふふ、フレンにお休みをあげましょう、っていう企画なのよ」
「ちょっ、ジュディスちゃん言っちゃ駄目じゃないのよ!」
「そうです!こういうのはちゃんとユーリが言わないと!」
「…………俺に何を期待してるんだ?」
 仲が良いのはとても良いことだと思うのだけれど、話題について行けないのは一体どうしたらいいだろう。
 置いてきぼりになっている僕に気づいたユーリがタオルを撒いた頭をかきながら近づく。
「あーつまり…風呂にでも入ってゆっくりしろ、ってこと」
 かいつまんだのだろう、短いユーリの言葉にまたしても首を捻ってしまう。
「えっと、それだけのために呼んだのかい?」
「フレン!フレンは頑張ってきたのですから少しくらい休むべきです!」
 エステリーゼ様の勢いに驚く。むしろ、休むべきなのは世界中回っている彼女たちだというのに。
 しかし、せっかくの心遣いを『それだけ』なんて申し訳ないことを言ってしまった。
「ありがとうございます……。しかし申し訳ないのですが、ここを利用できるほど持ち合わせはなくて……」
 主な客が貴族だと言うこともあって、ここの利用料はかなり高く付くのだ。今までの給与を使い切っているわけではないのだが、ユーリが呼ぶから、と言う理由だけで来たのでお金はあまり持ってこなかった。
 せっかく誘って貰ったのに、申し訳ない。
「何のために呼んだと思ってるんだ。ここのフリーパスを持ってんだよ」
 だから存分に堪能していけ、という。ただ宿泊費は貸しだ、とも付け加えられて。湯殿の使用料が高い分、宿泊費だけならまだ払うこともできる。全部奢られるのでは自分が納得しないと分かっている上での計らいだろう。
 予想していなかった展開だ。
 期待に満ちた視線が向けられているのを感じる。このプレゼントは喜んで貰えるでしょう、と確信めいた輝く瞳達。
「……そうまで言って貰えるなら、お言葉に甘えよう、かな」
 ここまでお膳立てされた好意を踏みにじることができなかった。
「では案内します!フレン、こちらですよ。露天風呂はとっても気持ちが良いです」
 嬉しそうに手を引いてくださるエステリーゼ様。風呂場の入口まで連れて行ってくれるようだ。
「エステリーゼ様に連れていって貰わずとも大丈夫ですよ」
「そんなこと言わず、素直にしておきなさい」
 年長者はにこやかにその様子を見ていた。
「今日は騎士団長代理のフレンは休み。友人として楽しんでいきなさいな」
 みんなで休みをくれたのだ。
 言葉に甘えよう。

 


 熱いくらいの湯に浸かる。
 他の客はもう捌けているようで、広い湯船の中に一人きりだった。どちらかと言えば気が楽だったのでゆっくりと湯に身を任せた。
 昼間に見る景色はきっと緑が綺麗だろう。残念ながらここにたどり着いたのがもう夕方だったため日は傾いているため木々の色を楽しむことはできそうになかったが、空を見上げればゆっくり染まっていく色合いが美しかった。夕暮れの赤から宵の黒へ。紫がかった中間の色は誰かさんの色に似ている。
 そう思った自分に少し笑ってしまう。
「お客様ー、湯加減はいかがですかー」
 一人笑っているところに、丁度誰かさんがやってきた。単調すぎる物言い。
「接客業は向かないみたいだね」
 抑揚のない、いかにも上辺だけの言葉遣い。ユーリにはこういう事は向いていないのだ。
「そんなの俺が一番よく分かってる。んで、どうだ?」
 本人ですら頷くほどに。
 その様子に、また笑ってしまう。
「気持ちが良いよ。ユーリ達も一緒に入ればいいのに」
「俺たち仕事中」
 エステルはマッサージ、リタは女湯の方の掃除、オッサンは番台で受け付け、ジュディは店番、カロルも今日は玄関掃除。指折り全員がやっていることを知らせてくれる。ああ、みんな働いているのか。
「僕だけ悪いな。くつろいでしまって」
「いいんだよ。俺たちは臨時の職員だから明日にはまた客として楽しませて貰うだけさ」
 あくまで今日だけだ、と主張するユーリはいつも無意識に苦労を隠そうとする。
「ところで、君は何をしているんだい?」
「いつもは見回り。でも今日は風呂掃除さ」
「もしかして、もう風呂の解放時間は終わってる?」
「そ。その分、露天風呂独占で良いだろ?」
 この保養所はたくさんの客で賑わうだろうに、わざわざゆっくりくつろぐことのできる空間を作ってくれたのだという。わざわざ手紙で呼び出すくらいだ。ここで休むことができるよう準備を整えるのに色々手を回してくれたのだろう。わざわざ、物資輸送をしている商人に手紙を預けたのも、仕事が一段落する頃にその知らせが来るよう仕向けたのだ。商人達がオルニオンに付く頃は予測がつけられるから、迎えまでよこして、断ることができないようにして。
「ユーリ……」
 どうしてそんなことまでしたのか。
 そんな疑問をぶつけたかったが、その行動の意図が分からなくて名を呼ぶだけに留まってしまった。
 好意、であるのは分かるのだけれど。
「お前は力の抜き方を知らなさすぎるんだよ。無理矢理でも、少しは休めって」
 縁でしゃがみ込んで
 考えてみると、休みらしい休みは最近取っていないような気がする。ただ、取れるような状態にないのだから仕方がないと開き直って、ソディア達から言われる「休みを取れ」と言う言葉を聞き流してきたのだ。
 取ろうと思わなければ取れない休み。
 そもそも休もうと思えないのだから、力の抜き方が分かっていない、と言われてしまうのだろう。
「力の抜き方、か……」
 ふと、一つの方法を思いつく。
 手を伸ばして、その考えを実行に移してみた。
「おまっ!なにしやがる!」
 突然腕を取られ湯の中に引きずり込まれたユーリがずぶ濡れで怒鳴る。
「童心に返ってみようかと思って」
 だからと言ってこれはやりすぎたかもしれない。
 でも、ユーリが騎士団を止めてから休みが取れた日はいつだって下町に顔を出していた。それはもちろん、世話になった人達にあうのも目的であったのだけれど、ユーリと過ごしたかったからだ。
 ずっと一緒にいた親友の隣が、一番安らげる場所になっていた。
「一緒に入ろう、ユーリ」
「……しょうがねぇな」
 強引すぎる誘いだったにもかかわらず、水をたっぷり吸って重くなった服を脱ぎ捨て風呂に入ろうとしてくれる。
 仕事を引き受ければしっかりとこなそうとする彼にサボらせてしまうのは気が引けるけれど、せっかく用意して貰った『休日』だ。共に過ごしたいと思う。今日だけ、存分に甘えさせて貰おう。
「ふふっ、子どもの時に戻ったみたいだね、一緒にお風呂なんて」
「……そうだな」
 隣に座るユーリに思わず嬉しくなる。
「騎士団に入った頃は共同浴場もあったのに、使おうとしないんだもの」
「そうだったか?」
「ユーリだけならまだしも僕にまで使うななんて言うから、誰かとお風呂なんて入ったことないな」
「…………こんなんで休みになるのか?お前。むしろ俺は生き地獄なんだけど」
「熱すぎるかい?」
「いろんな意味で、な」
 湯が熱いのに意味なんてあるのだろうか。疑問がよぎったが、頭に手を当てているユーリにはユーリの考えが色々あるのだろう。残念ながら、尋ねても「言うだけ無駄だし」と話してくれないことが多い。きっと聞かれたくないことなのだろう。彼は彼で、忙しない中に身を置いて悩みを抱えている。
「何かあったら、相談してくれ」
「お前もな」
 似たもの同士、と人は言う。
 僕も、悩みを人に話す質でないことは自覚している。もし僕が全てをユーリに話したら、ユーリも僕に悩みを打ち明けてくれるだろうか。……そんな日が近く来るとはとうてい思えないけれど、いつか来てくれたらと思う。
 湯の中でユーリの手を握れば、柔らかく握り替えしてくれた。
 その力に安らぎを覚える。
「素敵な休みをありがとう。また明日から、頑張るよ」
「……おう」
「あ、ユーリ。明け星だよ」
 紫から黒へ変わるグラデーションの空に、彼らを象徴する星が上っていた。空を指さすとそれに釣られてユーリも空を見上げた。
 まるでユーリを表すためにあるような今の空を目に焼き付けようと、空を見つめる。
 顔を見ることなく、時間はゆったりと流れていった。
 一番安らげる場所で、大切な人と一緒に。
 誰がなんと言おうと、僕にとってはこれが最高の休みの過ごし方なのだ。
 明日戻ることを当然だと思いながら、この時間があることに感謝をする。





 もともと、仕事をあてがわれていなかったカロルは、風呂掃除に手は足りているか、と浴場を覗き込んで後悔した。
 ここを掃除するはずだった大人は服を岩場に脱ぎ捨てて、フレンと湯を楽しんでいた。
 その二人の近すぎる距離。
「やっぱり大魔王からフレンを守るなんて僕には無理だよ……」
 だって、守られてくれないどころか、フレンは自分から大魔王…ユーリの所に行くのだもの。
 どうしようもないじゃない?
 騎士団長代理の副官に、ものすごい剣幕で責められるだろうことを予測しながら、少しだけ開けた戸を閉めてそそくさと退散していったのだった。
 休みは堪能させてあげないと………!





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