俺、ユーリ・ローウェルは甘い物が好きだ。
生クリームの繊細な柔らかさ、カスタードの重厚な味わい、バターの香ばしい風味。
およそ甘味と名の付く物は好物と言って良い。
優しい味わい、人を幸せにする力がある。
小さい頃から食べ物を残すことはしていないが(それこそ幼なじみのあの料理でさえ!)好きな物はずっと変わっていない。
そう、繰り返すが俺は甘い物が好きなのだ。
厳しい視線が突き刺さる。騎士である幼なじみの物。
「ユーリ……今月何回目の投獄なんだい?」
呆れたようで冷め切った声色に、彼が怒っていることが伝わってくる。
「そうだな……1、2,3……」
指折り数えてみるが、正直覚えていない。どうにか思い出そうとしてみると案外多い気がして、それにまた首をかしげる。
あれ、こんなに多かったっけ?
その態度がまたかんに障ったようで、
「7回目、だよ!」
眉をつり上げて怒鳴られてしまった。
たしかに、それは怒りたくなるかも知れない。
「まだ半月なのに……」
月が変わって、ようやく2週間が過ぎた頃だ。
尋常でないその数。それを繰り返せるのは罪状が情状酌量の余地のある物ばかりだからだろう。
面目のため放り込まれるが、すぐに釈放。
そうそうこの牢で夜を過ごすこともない。変わりに1日数回入れられることもあるが。
「そうか、二日に一回のペースか」
「まだ大丈夫、みたいな顔をしないでくれ」
眉間に皺を寄せて頭を抱えている。
真面目なフレンはこの状況に肩を落とすばかりだ。それでも、俺が本当に悪事を働いているわけではない、と分かってくれているからこうしてきてくれる。……まぁ、きっと悪事を働いていたらいたで殴りに来るだろうけれど。
「誰かしらが教えてくれるよ、またユーリが来たぞって」
退団したというのに元同期達に会う機会も多くなってしまった。
騒動を起こしては投獄されるのは有名になってしまったらしく、おもしろがる輩が増えたのだ。暇人達は様子を見によくやってくる。そして会話を交わすと必ずフレンを呼んでくる、と言う言葉で締めくくられるのだ。同じ時期に騎士団に入っただけあって、俺がフレンの事を気に掛けていること、そしてフレンが俺のことを気に掛けていることをよく理解している。
しかし、こうも多く放り込まれるのでは笑い話にしかならない。
それもこれも仕事熱心な騎士がいるおかげだ。
「目の敵にされてるんだよ」
何かあればすぐにデコボココンビが駆けつけて来るのだ。
一応騒ぎを起こした手前逃げるわけにもいかない、と捕まってやるのだ。場合によっては逃げるが、今月はそこまでせっぱ詰まった状況になっていない。ただ、ごろつきと殴り合ったとか、突然今まで無かったような税金を徴収するという役人を追い返したとか、そんな程度の騒動。
「君が騒動を起こすのも原因だ」
「迷惑掛けて悪いな」
ここに入れられて、出すのは大抵フレンがやってくれている。
忙しいだろうに、いつもいつも牢に訪れては小言を言いながら鍵を開けてくれるのだ。
「そう思うなら、少しは反省してくれ」
こうして今日も軽い音を立てて錠が開けられる。
数時間の投獄時間。
「だいたい、ユーリは要領が良いくせになんでこうも悪い方向に物事が転ぶんだろうね?少しは僕ら騎士に頼ってくれても良いだろう?」
今回の投獄理由はバカ貴族が、子どもを引きかけたあげくに馬車が汚れたと騒いでいたのを脅して帰らせたのが原因だった。なんやかんや騒ぎながら騎士を連れて来て、その騎士も事情を聞くということで同行しろと言ってきた。ただ、バカに付き合わなきゃ行けない哀れな騎士に少しばかり同情しながら投獄されてやったのだ。これでバカの目の向きが子どもから俺に向かったので、まぁ良しとしようといった結果だ。
「擦り傷がある……」
鉄格子を抜けると、フレンが手の甲に触れてきた。
「ああ、子どもかばった時の、かな」
馬車が道からずれた時子どもがその進行方向にいたのだ。それを抱きかかえ飛んだ時に石畳ででも擦ったのだろう。
フレンの突然の体温に驚きながら、したいようにさせてやると、右手を目の高さまで持ち上げて痛々しく目を細めている。彼が小さく回復呪文を唱えると、些細なかすり傷はすぐに綺麗に治った。
「このくらい平気なのに」
「……こういう時は、僕を呼んで欲しい」
伏せられた瞳に浮かんでいたのは怒りではなかった。
「理不尽なこと…させないのに。いつか君が、大変なことに巻き込まれるんじゃないかと思うと……」
キュッと手を持つ力が強くなる。
その心が嬉しい。
俺のことを思いそれで心をいっぱいにするという行為は、いつも誰にでも優しく接するフレンを独占すると言うことだ。いっそ、俺のことだけ考えてくれていればいいのにと、絶対にあり得ない事を願う。彼の性質上、無理な話だ。
だからといって、想われていないと感じるほど短いつきあいではない。フレンは、俺のことを大切に想ってくれていると、重々承知している。うぬぼれではなく、事実として。
「お前に会いたくてわざと捕まってる、って言ったらどうする?」
戯れに告げてみれば、フレンはキョトリと目を丸くした。
…………あながち、嘘でもない。
正直、デコボココンビなんて簡単に撒けるし、逃げ続けようと思えばいつまでだってできるだろう。そうしないのは、冷たい牢にこうして彼に会うことができるというオプションが付いているからなのかもしれない。
しばしの沈黙の後、口を開いたフレンの言葉は
「……殴る、かな」
と言う物だった。今は小手を外している白い手に強かに殴られるイメージが一瞬にして脳裏に描かれる。
「……体育系にも程があるぞ」
きっと比喩でも何でもなく、言葉そのままに殴りかかってくるだろう。それに簡単にやられる気はしないが、相手はフレン。無傷ですむはずがない。
思わず痛い想像に顔が歪む。
それを見咎めたのだろう。フレンはクスリと小さく笑った。
「それと」
ふわりと金の髪が揺れる。
「嬉しく、思う。不謹慎なこと…だけど」
ゴツゴツとした鎧は少しばかり痛かったものの、首筋に触れる金糸が心地よい。顔は見えないけれど、視界の端に映る首が赤くなっている。
不意に訪れたフレンの抱擁を抱き返す。
「それこそ嬉しいぜ」
可愛らしい言葉と行動。やっぱり鎧は堅い。だけれども、それ以上に愛おしさが溢れる。いつまででもこうしていたい気にすらさせる。
しかし、そう簡単に物が運ばないのが世の常だ。
「じゃぁ、一発殴っておこうか?」
フレンは俺を引きはがし、ニッコリと笑ってこう宣ったのだ。
「なんで!?」
先ほどまでの雰囲気は何処へ行ってしまったのか。せめてもう少し堪能させてくれても良いじゃないか。
「君の言葉が事実って事だろう?」
その黒い雰囲気に思わず腹に力を込めて渾身の一発が振る覚悟をする。
バッと振りかざされた拳。
しかし、それは予想に反してとても軽い物だった。効果音をつけるなら、ポカ、と言った具合に。
その痛みを全く伴わない殴打に驚いてしまう。
フレンの顔をまじまじと見つめると、赤く彩られた表情はとても複雑なものだった。
「……僕に会いになら、いつでも来てくれ。こんな形じゃなく」
釈放だよ、と外に向かって背を押される。
「心配する側の気にもなってみろ」
その一言を残して、扉を閉められてしまった。
一人残されてしまう。
…………これからは、捕まらないよう、努力してみるか。
何度捕まっても来てくれたフレン。彼は呆れていたのでもなく、幼なじみとしての義務感に駆られてでもなく、ただただ心配してくれていたのだ。
騎士として上を目指すなら、こんな状況の自分をいつ見限っても良いのに。むしろ見限った方が楽だというのに。
自分に、フレンは甘い。
だからこうして心配をして、小言も洩らすのだ。
それを認識させられてしまった。
血が上って熱い顔を押さえ、外へと向かう。
フレンの言葉通り、違う方法で彼に会いに行こう。もう来たのか、と笑われるだろうがそれはきっと歓迎の意を含んでいる。それを想うだけで、心が熱くなった。
俺は甘い物が好きだ。
果物、クッキー、ケーキ、アイス、チョコ…。
甘い物は幸せを運んでくれる。
そう、俺に甘いフレンも、俺に多大なる幸福をもたらすのだ。
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