「いない、のかい?」
 パチクリとその海色の瞳を瞬かせた青年は、少年の言葉を繰り返した。
 カロルは眉を八の字にして、申し訳なさそうに首を竦めた。
「うん……ごめんね?せっかくフレンが来てくれたのに」
「いや、元はと言えば僕が突然来たのが悪かったんだ。休んでいるところにすまない」
 凛凛の明星がこの町、オルニオンへやってきたという知らせを聞き、たまたまここに滞在していたフレンがその顔を見ようと宿へと赴いたのだった。しかし、首領の言うとおり、ギルドメンバーであるユーリの姿はない。ジュディスの姿もないが、元々彼女は街への滞在時間よりバウルと過ごすことを選ぶことが多いのでこの場にいないのも納得できる。
 フレンが言うように、彼らを訪ねたのは前もってのアポイントメントなんて全くない状態でのことだった。ユーリがいない、と言う状況だってあり得るのだ。
 しかし、カロルはそれがいつもの状況と全く違うと言うことを知っていた。ユーリは口ではなんと言いながらも、フレンのことを気に掛けてことある事に顔を見せに行っていたのだ。それが、しばらく会うことができずようやく会うことの叶う機会になったというのに、それを避けるようにいなくなってしまったのだ。
「あのさ…フレン、ユーリと喧嘩した?」
「したつもりは、ないんだけれど」
 その返答にカロルは肩を落とす。
 確かに、自分たちがここに来るのも久しぶりなのだ。ましてや、フレンに会うのも期間が空いている。しばらくギルドの事であちこち飛び回っていたのだから、会うことがなく喧嘩する原因も作れないだろう。
 だけれども、
「なんかね、すっっっっごく不機嫌なんだ…」
 撥音にかなりの力を込めているカロルの様子にフレンは首を捻る。
 ぶっきらぼうを装いながら実は人に気を遣うユーリがそんなにもとは一体どうしたのか、と。
「うーん、心当たりは無いから聞いてみるよ」
 その繊細とも言える外見とは違い、剛胆で直球勝負なフレンにいまいち慣れないカロルは戸惑いを隠せない。ケロリとしたフレンの口調はそれこそ今日の天気を訪ねるくらいの気安さだったから。そんな聞いても答えてくれるかどうか、と訝しむ。……自分が聞いたなら、というかあの雰囲気ではどうしたのか、なんて聞けそうにもない。それほど、あのユーリの機嫌が悪いのだ。
「一緒にこの街へは来ているんだろう?」
「うん!でも何処にいるか……」
 物資補給のためにオルニオンを訪れ休養を取ろうという話をしたとたんに「じゃあ足りないもんは買っとく」とさっさっと行ってしまったのだ。宿と言えば一つしかないし、別段異議を唱えることもなかったのだが、何処に行ったかが分からない。
「大丈夫だよ」
 ふんわり笑いかけられれば、その笑顔の裏にどんな自信があるか計りきる前に信頼を寄せてしまう。きっとこの人物がそう言うなら大丈夫、そんな気にさせられてしまうのだ。
「帰ってきたら伝えておくね、フレンが来た、って!」
「ありがとう」
 身を翻して戸を開けて出ていったフレンの様子に、カロルは深く深く溜息を吐いたのだった。




 空を見上げながら横になっているユーリを見つけるまでそう時間はかからなかった。
 店に寄り、ユーリが来たかどうかを尋ね、行きそうな所を渡り歩く。さすがのユーリも一人で街の外には出ないだろうから、決まった範囲で人を探すのは案外簡単だ。
 眠っているかのように身動き一つしないユーリは睨み付けるように青い空をジッと見つめていた。
 気づいて貰えるように、足音を立てて近づく。
 ジロリと視線だけがこちらを向いた。うん、不機嫌そうだ。
「探したよ」
「………………」
 声を掛ければ、舌打ちでもしそうな表情。逸らされる視線。
 こんな態度を取る、と言うことは不機嫌の原因は僕にあるのだろうか。
 あからさますぎるユーリの態度にため息が漏れてしまった。
 それを聞きとがめたようだ。反対側に向けていた視線を戻してきた。
「お前……、仕事はどうした?」
 開口一番にそんなことを尋ねる。何か気にくわないことがあるなら言えばいいのに、こうして僕の都合を気に掛けてくれていた。それに笑みを返す。
「僕一人がいなくても滞るような柔な街じゃないよ。立派に成長してる」
「ふーん」
 素っ気ない返事をし、隣に座った僕を避けるように上半身を起こした。
 居心地の悪い沈黙が降りる。
 ユーリの横顔は相変わらず険しい顔をしている。子どもの頃から一緒にいると、機嫌が悪い時というのは見抜きやすくなるが、今日のように明らかすぎることは珍しい。怯えた様子だった少年を思い出す。これはカロルも居心地が悪かったに違いない。
「ユーリ、カロルが心配していたよ」
 ゆっくりと声を掛けても振り返りもしない。
「ユーリ」
 体を前に倒して顔を覗き込むと頬杖をついて口元を隠しているユーリは低い、少しくぐもった声で僕の言葉を突く。
「なんだお前。カロルが言ったから探しに来たのか?」
 その言葉にふと、一つの考えが浮かんだ。
「違う。会いたかったんだ、しばらく会っていなかったから」
「そんなん、今までだっていくらでもあったろ」
「心配しちゃいけないのかい?」
「心配されるほど頼りないか?見くびられたもんだ」
「そうじゃない、君の強さは十分分かっているよ。心配するのは力量の事じゃなくて…」
「じゃあ必要ないだろ」
「必要ないことはないだろう、君だから心配したいんだ…」
「放っておけての。だいたい、騎士団長様ともあろう者がこうしてるなんて問題なんじゃないですか?」
「……こうして、とは?」
「俺みたいなのと話してることさ。
 じゃ、俺行くわ。カロルが心配してるんだろ」
「ユーリ……」
 颯爽と立ち上がった黒い後ろ姿。
 風を受けて髪を靡かせるその背に問う。
 考えついたことが当たっていることを、確証もないのに信じて。
「何をそんなに拗ねてるんだい?」
 あ、足を滑らせた。
「はぁっ!?」
 先ほどまで底を這うような声とはうってかわって、上ずったトーン。表情まで変わっている。図星をつけたかな?
 答えは聞くまでもなく、ユーリの態度の変化にあった。
「何でそうなるんだよ」
「無意味に意地悪だから」
 つっけんどんな物言いはいつもの通りだが、込められている感情が違っていた。わざと返答に困るような言葉を選んでいるように思える。しかし、それを楽しんでいるわけでもない。しかし、怒りを感じている時の態度ともまた違う。本当に機嫌が悪い、ただそれだけなのだ。
「無意味て……」
「不機嫌の原因はなんなんだい?」
 ブツブツ不平を洩らすユーリに尋ねれば、げんなりと肩を落としている。
「お前……少しは言葉を飾ることを覚えろよ」
「別にユーリには必要ないだろう?」
「……ないけど」
 一体どれだけの時間一緒にいたと思っているんだ、言葉に衣を着せるなんて今更だ。必要な時があればそうするけれど、ユーリ相手であればその必要を感じない。それはユーリも想っていることらしく、小さな賛同が返ってきた。
「それで、原因は?」
 尚尋ねれば、ユーリはフイと顔を背けた。
「教えねぇ」
 たった一言で意思表示をしてみせる。
「今更それはないんじゃないか?カロル達を振り回しておいて」
「いいだろ。もう俺の機嫌は治った、カロルにも心配は掛けない、解決だ」
「…………僕は納得できないんだけれど」
 機嫌が治ったなら、という見方もできるのだけれど、ユーリの言い分に釈然としない気持ちだけが残ってしまう。
 しかし、重ねて問おうとも「言わない」という意志を崩さない彼から原因を聞き出すのは難しいことだった。
 それを分かっているだけに、中途半端な状態に心が浮つく。
 咎めるように睨んでやれば、随分とほぐれた表情で肩を竦めて見せた。
 ああ、全くもう……。
 その顔に絆されてしまうなんて、僕も末期だと思う。




「だから、もう解決したんだよ。不本意なことに、な」
 ギルドの些細な仕事を片づけて回る時に一体何度、新たな騎士団長の話を聞いただろう。
 今自分がやっていることを彼の仕事と比較するなんて、それこそ無意味だと分かっていながら意識してしまう。
 常々思っていた「フレンの横にいるべきではない」という考えが増殖していった。会えないことも相まって、その意識だけがドンドン成長していった。苦しさと苛立ちも。申し訳ないことに、心を許しているメンバーの前ではそれを隠し通すこともできず、苛立ちが機嫌悪さとなってただ漏れになってしまっていた。
 フレンに会うことも避け、帝都に寄ることもオルニオンに寄ることもしなかったというのに、今日は必要に迫られての訪問だった。そして避けたというのに案の定探し当ててくれたフレンに、投げやりな言葉ばかり返した。
 だというのに……「拗ねてる」だって?認めたくない感情を簡単に言い当てやがって。
 何もかも取り剥がして、ああやっぱり俺にはフレンが必要なのだという思いだけが残ってしまった。
 開き直ってしまえば、何でもないようにすら感じる葛藤。
 苛立ちの原因は一気に払拭されてしまった。
「原因、知りたいなら、答えを考えろよ?」
 もちろん、答え合わせはしないけれど。
 そう言ってやれば
「ユーリは、時々意地悪だな」
 と口を尖らせる。何だかんだ言いながら無自覚に答えを分かっているフレンに、笑いを返した。
 不機嫌の理由は俺とお前の間にあるんだ。
 それをフレンが無意識に感覚的に、ではなく認識してくれたなら、時々ではなくよりいっそう意地悪をしてやろうではないか。
 想いを確認するために、いくらでも。





   ………………………………………………………………………………