色とりどりに咲く花を見て、君は何を思ったのだろう。
一輪つんで、日に掲げるように持ち上げて笑った横顔が、忘れられない。
それを通して、何かを見ているようだった。
一体何を見てるの?それを誰にあげるの?
淡いピンクの花弁は緩やかな風に揺られていた。
昼の情景に乗せた想いを振り返って、膝を抱える。
「女々しい……」
思わず頭を抱えてしまう。
己の感情に嫌気がした。
幼なじみで大切な親友、そんなユーリに対してこんな感情を抱いてしまったことに後悔を覚える。
好きだ、なんて……。
「好き」という感情は昔からあった。でもそれは、友人に向ける物であったのだ。
それがどうして恋愛感情という物に移行してしまったのだろう。
ずっとずっと、長い時間一緒にいて君に向ける感情は変わることがないと思っていたのに。
顔を見るだけで、苦しくなる。声を聞くだけで、切なくなる。
どんなに近くにいても、ユーリは僕の側にいるわけではない。
彼には、想い人がいる…。
その言葉を聞いた時に、剣で突かれたような痛みを覚えた。
僅かに頬を染めて話す彼が幸せそうだった。
可愛い人なのだという。
花を掲げて笑い、想い人の事を考えているだろう横顔。
今までだって、ユーリは色々な女性とお付き合いをしていた。それを知っていたし、あまり長続きしない質であるのを叱ったこともあった。しかし、自分がこの感情を自覚してから今まで、ユーリには特定の人物がいなかった。それを心の底で安心していたなんて、悲しいことだ。
今回のことが喜ぶべき事なのに、上手く笑えたか分からない。
今まで僕に報告なんてしたことないくせに、どうして今更そんなこと言うんだ、なんて恨み言じみたことなんか思ってしまって…。
ユーリは、僕を信頼して打ち明けてくれたのいうのに。
「ユーリなら大丈夫だよ」
そう言うことしかできなかった。
いっそのこと、僕も好きな女性を捜せばいいのだけれど、そう簡単に気持ちは揺るがない。手紙や誘いを受けることもあるのだけれど、気持ちがないのに答える事なんてできなかった。だって、申しわけなさすぎる。
好きでなくても良い、なんて言われたこともあった。
どうして、そう思えるのだろう。
好きな人が、別の人を思って隣にいるのは辛くないのだろうか。
……僕は、辛い。
膝を抱えて、窓の外を見る。
「君には、幸せになって貰いたい。その気持ちに偽りはないのに」
僕はこの気持ちを封印して、君の手助けをしていくから。そうするように努力するから。
輝く明け星に、祈る。
どうか誰よりも幸せになってくれ、と。
桃色の花が夜風に揺れた。
コップに水を張って、一輪だけを差したのは今日の夕方だ。
綺麗だ、と思う前にその寂しげな様子が己の心情を表しているようで滑稽だった。
「大丈夫、か……」
そう言ったフレンの顔が脳裏に焼き付いている。
今日は休みを貰ったと訪れたフレンと連れだって町はずれまで行ってきたのだ。涼しくなってきた気候の中、野原には花がいくつも咲いていて、綺麗だね、と喜ぶフレンに癒された。
騎士団長になったフレンは前にも増して忙しくあちこち奔走している。会う機会も随分少なくなった。噂に寄れば貴族から養子の誘いを受けているという(前任のように謀反を起こさないよう、貴族のしきたりに縛ってしまおうという魂胆だ)。それだけでなく見合いをいくつも持ち込まれているらしい。どんどんと遠くなってしまいそうな彼は、隣で柔らかく笑っていた。
手離せる訳がないじゃないか。
この幼なじみに恋をして一体どれだけ時が過ぎただろう。その感情をどうにかしようと、言い寄ってきた女と付き合ったこともあった。長くは続かなかったが…。当然だ、俺の心はいつも別に向かってしまっていたのだから。彼女らを軽く扱った訳ではない。好きになろうと努力した。しかし、駄目だったのだ。至上の存在を認識してしまえば、それ以上になり得る者など無くて…よりいっそう強い感情にさいなまれる。
いっそ、言ってしまったら良いんじゃないだろうか。
「俺、好きな奴がいるんだ」
ここで、誰が、と言うところをぼかしたのが失敗だった。彼のこと、と遠回しに分かるように特徴を述べていって、手元に咲いていたピンクの花を摘んでフレンの耳に掛けようとした時、触ることを拒否されるように「ユーリなら大丈夫だよ」という言葉を聞いたのだ。
笑った顔。
それは拒絶の意を含んでいた。
「お前が、好きなんだっつーの」
どうしてその時こう言えなかったんだろう。
後悔するが、畏れていたことを自覚してもいる。好きな相手の名前を告げて、尚拒否されたなら?……隣にいることは叶わないだろう。情けないことに、それが恐ろしく感じてしまう。
「バカか、俺……」
一体何処の恋する乙女だ。情けなさ過ぎる感情を叱咤する。
このままでは、フレンは離れていってしまうだろう。
それが大きな可能性として目の前に立ちふさがっている。
だが、それは彼にとって良い道であるように感じる。
貴族でも何でも、家族を手に入れ幸せな家庭を築くチャンスを提示されているフレンは、その選択をすれば幸せになれるのではと思う。
たとえそれが自分の恋を苦しめることだとしても、愛を捧げることにならなくても。
「なぁ、お前はどうしたら幸せになれる?」
誰よりも幸せになって欲しい、半身と言っても過言ではない存在。
彼が幸せを感じるなら、己の感情など、打ち消してしまおう。
誰よりも自慢になる……親友でいよう。
風に吹かれて花弁がひとひら落ちる。
まるで捨てようと決意した想いが沈んだように。
音もなく床に落ちていった。
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騎士服を着込んだフレンに声を掛ける。
「今日もご苦労なこったな」
ポンと肩を叩いてやればフレンは小さく笑った。
「昨日休みを貰ってしまったからね、やることが山積みだよ。ユーリはギルドの仕事かい?」
「おお」
隣で副官が肩を怒らせているのを確認しながらユーリはにんまりと笑ってみせる。
「ちょっくら町はずれで魔物の巣らしいのが見つかったっていうから見学に」
「…………それは、今日騎士団が向かう予定の物だ。君は別の仕事を探してくれ」
「フレン団長は現場に行かないんだろう?」
団長の地位を正式に戴いてからフレンが現場に出られる機会は少なくなった。本来騎士団長が出るというのは最終手段であり、通常なら指示を出す立場であるのだから当然と言えば当然だ。
だが、その常識を覆すようにフレンは行脚している。
直接その目で見なければ気の済まない、フレンらしい行動でもある。
「残念だけれど、今日は他にも仕事があるから…。でも、そこに向かうのは信頼の置ける者達だ。心配されるようなことは起こらないよ」
「だから、俺が変わりに見ておいてやる、て言ってるんだよ。本当なら、お前も行きたいんだろう?」
「…………ユーリ」
窘めるような視線に今更ユーリはびくともしない。
否定しないと言うことは、行けないことを悔やんでもいるのだろう。
「良いだろう?フレンの変わり、なんて大それた事はできないけどな」
絆され掛けているフレンの前にズイと副官が出る。
「これは騎士団の役目だ、ユーリ・ローウェル!貴様はさっさと下町に戻ればいいだろう!」
「げ、副官殿が行くのかよ」
「そうだ、分かったなら団長の前から消えろ」
「消えようか?」
悪びれた様子もなく、あえてフレンに問えば騎士団長は溜息を吐いた。
「今はその方が円満に片が付くな。
ユーリ、現場に行くことは騎士として許すことができない」
「はいはい。じゃあ今日の俺の予定はつぶれたな」
「昨日言っていた…人の所へ行ってはどうだい?君もすぐにこの街を出るんだろう?」
肩を竦めたユーリにフレンは提案する。
ユーリも、凛々の明星のメンバーとしてあちこち飛び回っていることが多いのだ。故郷の帝都に居着くことが月に片手で数えられるくらいしかないほどに。ならば、好きな人に会うのが良い。そうフレンは言うのだ。
「ああ……それも良いかもな」
けして会いに行けない『想い人』。その人のことをもうフレンに告げることはない。いもしない好きな人をフレンに想像させて、ユーリはフレンへの想いを隠すのだ。
そのことに気づかないフレンもまた、ユーリへの想いを隠す。
「じゃぁ、がんばれよ」
「君も、ね」
背を向けて歩き出した。互いの背を見る勇気もなく。
明星と花に乗せる想いは、届くことはない。
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