甘く見ていたのかも知れない。完全なる読み間違い。
 報告を受け、最悪の状況を想定せずに少人数の部隊を向かわせたのが失敗だった。実力もあり、信頼の置ける者達であっても、元々偵察が目的だったのだから人員を割けなかったのだ。
 魔物の巣らしき物の目撃証言。
 目撃された魔物は基本レベルが低く、尚かつ一番凶暴になる時期である産卵期をとうに過ぎていた。
 その条件でもって配置した部隊は、予想を裏切って負傷者をだした。
 フレン自身が討伐に向かった魔物の群れの本拠地が、巣の目撃証言のあった場所だったようで当初想定していた数よりずっと多い物だったのだ。
 変わりに、フレンが向かった現場は閑散としていた。それを不審に思ったフレンは早々に方向転換の意を打ち出した。そして、向かった町はずれ。幸い、死傷者、重傷者はいなかった。しかし、それはこれまた予想外の助っ人があったからだった。
「遅いぞ、フレン」
「あら、そうかしら。早いほうだと思うけれど」
「とにかく助かったよぉ!」
「おっさんを働かせるんじゃないわよ、もー」
 凛々の明星のメンバーが前線に参加していたのだ。
「君たち……!」
 魔物の倒れる中、騎士に混じった彼らに驚きを隠せない。
 だって…とフレンはまるで子どものように心の中で言葉を続けた。
 だって、ユーリは好きな人に会いに行くと言っていたのに!
 動揺していながらも、部下に指示を出していたフレンは急速に事態の収拾に向けて動いていた。
 先にここへ出向いていた騎士達、そしてギルドの彼らの力で、おびただしい魔物の死体が足下に転がっていた。
 それでも、まだ残っている。これが帝都の周りにいたと考えるとかなり危険な状態だ。数種の魔物が同じ場所に巣を作る、等と聞いたことがないが(大抵は縄張り意識が強く同種の物しかいない巣が多い)実際、こうしてあるのだからその原因を取り除くことが先決である。
「第一小隊は右から回れ、本隊はこのまま直進し挟み込む!第三小隊は後方に控え負傷者を保護、遠隔からの支援を!」
 響くフレンの声に、安堵の笑顔があちこちから見える。そしてグッと引き締まった口から大きな返事が。
 騎士達の迅速な動きに、凛々の明星のメンバーも顔を見合わせて頷く。
「じゃぁ、オレらは左から行くか」
「了解よ」
 土煙を上げながら殺気を荒々しく放つ魔物の群れへと、挑んでいった。
 



 あらかた片づいた戦場は、魔物の死体が多く転がっていた。中には幼生の物もいたが、これほど街に近ければそれらも殲滅せねばならない。致し方のないこと。みな当然のように剣を振るい、帝都を、民を守るために戦った。
 負傷者0、とはならなかったが、深手を負った者もおらず周囲の魔物を一掃できたと言って過言ではない働きをした後は、もう日が傾いていた。
「団長。ここの片づけは我々がやります」
 これほどの魔物の死体をそのままにしておいては、その肉を求めて新たな魔物が現れるだろう。簡単な討伐、旅をする際に起こる戦闘ではする必要のないことであるが、それら死体の処理をせねばならないのだ。フレンが指示を出すよりも先にソディアが進言した。
「ソディア、君も疲れているだろう?」
 ここへ、先に派遣された隊の責任者として据えた彼女の疲労が何よりも大きいだろう。先に休め、と言い渡すのだが、彼女は頑として首を横に振らない。上司にそっくりだ、と笑って噂していることでもある。ソディアは直接の上司であるフレンと真面目さの点でよく似ていた。
「ここへ来たのは我々ですから、最後までやり通す義務があります」
「それで倒れられては元も子もないんだ。幸い、私は余力があるのだから、任せられることは任せるべきだ。そうだろう?」
「ですが」
「そこの姉ちゃんは俺等の手を借りたのが不満なんだろうよ」
 のっそりと登場した黒い影に、ソディアは眉根を寄せた。
「ユーリ・ローウェル……!」
「それでも、あの状況で戦力が少しでも必要と判断したのは良かったな」
「……部下達を無駄に死なせるわけにもいくまい」
「だけど、気にくわない、と」
「当然だっ!騎士の仕事騎士で完遂すべき事、ギルドの力を借りるなど……!」
 腹立たしげに怒鳴るソディアを制したのはフレンだった。
「時代は変わってきているんだ、両者共に手を散らなければならないこともある。
 君の判断は間違っていなかった。
 間違っていたのはこの状況を予測着なかった僕の方だ。すまなかった」
 いつの間にか、騎士の任務に就いている時の人称「私」が崩れているフレンは頭を下げた。
「そんな!団長が頭を下げるなど、いけません!」
「なぜ?僕は判断ミスをした。ユーリ達の手助けがあって大事に至らなかったとしても、それは事実だ」
「ですが……、こうして隊を率いてきてくれたではないですか!」
 言葉を重ねても、フレンは頭を下げている。その様子を見かねたユーリが手を振りながら肩を竦めた。
「やめとけやめとけ、何を言ったって無駄だ。
 あんたはおとなしくここの処理をフレンに任せて、休めば良いんだよ」
「…………っ」
「そうするまでフレンはそのままだろうさ」
「団長……。分かりました。私の隊は今晩休ませて貰います。ですが、朝一で交代することは譲れません。よろしいですか?」
「ああ、十分だ」
 ソディアは一礼して隊の元へと戻っていった。テントを張って仮眠を取るのだろう。ここが帝都から近いとは言え、大勢を動かすには時間がかかる。早急にここの始末をせねばならないのだからその手間を惜しんでいるのだろう。ここの片づけを引き受けたフレン率いる本隊はこれから穴を掘り死体を埋めるという作業に入らなくてはならない。
 小隊長を数人呼び、それぞれの現状の報告を受けたフレンは人数や疲労具合などを頭に入れ区画整理をし、それぞれの小隊に指示を与えていった。今日は徹夜の作業となるだろう。
「俺等も手伝おうか?」
「これは騎士団の仕事だ。
 君たちは帝都に戻って休んでくれ。今日はありがとう。助かった」
「そらどーもご丁寧に。報酬は要求して良いのかな、騎士団長殿?」
「ああ、もちろんだ。凛々の明星は帝都にしばらくいるかな?後で行かせて貰うよ」
「……で」
「?」
 グイと腕を掴んでフレンを引き寄せたユーリは低い声でその名を呼ぶ。
「フレン、鎧外してみろ」
「…………なぜ?」
「気づかないとでも思ってるのか?」
 他人のことばかり癒して、自分を後回しにして、その上誤魔化す。
 その行動にユーリの視線がドンドン冷ややかな物になっていく。
「人に治癒術を掛ける暇があるならまず自分にしろ」
「僕のはたいしたこと無いから」
「なら脱いで見せてみろ」
「できる訳がないだろう?任務中に隊を率いる僕が騎士服を脱げば士気に関わる」
「なら倒れたらどうするんだ」
「倒れないよ。少なくとも、僕が任務中に倒れることはない」
 それはどんな状況でも虚勢を張ってみせるという宣言のようだった。何処までも頑固なフレンに溜息を吐く。
「お前がそんなだから放っておけないんだろうが」
 それは今日こちらの現場に来たことを示してもいた。
 本当ならこちらに来たがっているようだったフレン。しかしそれが叶わないだろうから、フレンのかわりにソディア率いる騎士団の後をつけたのだ。そして予想外に多かった魔物の数に加勢を決めた。
「……すまない。せっかく好きな人に会いに行く途中だっただろうに」
「んな予定はない」
「え?」
 そうは言うが、一度ユーリは「好きな人に会いに行く」という提案に頷いていたのだ。フレンはその矛盾に首をかしげる。
「俺は『それも良いかも』て言っただけだぜ?」
「ああ……そうだった、か。
 なら、今からでも行っておいで。日は沈んだけれど、まだ宵の初めだから会うことくらいできるんじゃないか?」
「…………何でそんなに追い出したがるんだ?」
 せっついて背を押すフレンは強引だった。普段だったらここまでしないだろうに。ユーリはその行動に眉をしかめる。
「君の幸せを願っているから。君が結婚して、子どもができて、良いお父さんになるのを…願っているんだ」
「お前はそう言う幸せを求めているか?」
 結婚して子供を持って、そんな未来図をフレン自身も持っているのだろうか。ユーリ自身、その生活を夢見たことがない訳でもない。この恋心に気づかなければ、きっとそんな道をたどっていただろう。たが、ユーリは気づいているのだ。フレンへの想いに。よってその道は選び取れない。フレンは、一体どうなのだろう。そんな疑問を抱いたユーリはそれをそのままぶつけた。
 返ってきたのは、ユーリにとって不思議な物だった。
「僕は…考えられないよ。きっと…………結婚もしないままじゃないかな」
 お前が『幸せ』と言った選択肢をお前自身は取らないというのか。その矛盾がユーリを苛む。いったい、その真意は何処にあるのか、と裏を見ようと目をこらす。
「周りが放っておかないんじゃないか?」
 この器量で、もてない訳がない。それを指摘すれば、少し寂しげに微笑んだ。
「でも、好きでもない人と家庭は築けないよ。
 それに引き替え、ユーリは好きな人がいるんだから、積極的に行動しないと。ギルドの仕事であちこち飛び回ってるんだからちゃんと想いを伝えておかないと逃げられることになるよ」
「捕まえてすらもいないのに?」
「そう」
 だから、早く行け。
 ユーリの胸に突き立てられた人差し指は強く伸びていた。送り出すことに一切のためらいが見られないように。
「…………仮に、仮にだぞ。
 俺がお前の望み通りそんな生活になったとしても、こんな事があればお前の方に来る選択を取る。絶対だ」
 真っ直ぐな視線を受け止めたフレンもまたユーリを見つめる。
「…………じゃあ僕は君の幸せを壊さないように君の前から消えるべきかな」
 笑う訳でもなく、そう告げられた言葉は真摯な表情と共にあった。
 それに、熱が引く感覚を覚える。ユーリは悟ったのだ。
 コイツは、これをきっと実行するだろう。国を変えるとっかかりを掴んだフレンがそれを投げ出すとは思えない。しかし、それをもってしても姿を消すという行動を取りかねないのだ。目的として挙げたことを成すためには手段を選ばない。それがフレン自身の事だけですむなら、その潔さは目を見張る物がある。
「なんで、そうなるんだよ」
「不必要な危険に君を晒すことになるのは不本意だからだ。家庭を築いたならそっちを優先するべきだ」
 今回のことも感謝はしているが、ソディア同様大手を振って歓迎できない。だから、その可能性を示唆する物を取り除こうというのだ。
 そんなフレンの考えに、このままでは何よりも畏れていたことが起きてしまうと、ユーリは重く口を開いた。
「…………俺は、結婚なんてしない」
 フレンが眉をしかめるのを確認しながら続ける。
「……結婚のしようがないんだ」
「もしかして……、既婚者なのかい?」
 それならば結婚という物は望めないだろう。しかし、返ってきたのは
「違う」
 という答えだった。
「じゃあ、未成年」
「違う」
 挙げていくどの可能性も否定されていく。結婚できない相手。
「同性、とか?」
 その言葉に返事はなく、ユーリは視線を落とした。肯定を表す仕草にフレンもまた視線を漂わせる。
「そうなのか…」
 呟いて、会話が途切れた。
 先ほどまで睨むようにみつめあっていたのに、今は一切視線が絡まない。
 騎士達の掛け声と土を掘る音、重い音が遠くから響いて二人の間を流れる。
 ああ、皆が働いている。早く行かなければ。
 焦り始める気持ちはこの状況から逃げたいが故に現れた。
 フレンが、己の気持ちを封じた理由の一つが同性であると言うことだった。その壁を乗り越えて、この幼なじみに好かれている人物がいる。それが、とても心苦しかった。なんて狭量な人間なのだろう。彼の幸せを等と言いながら未練を感じているだなんて。相手が誰だったとしても、僕は笑って見送らなければ。
 口を歪ませる。
 ああ――、笑えているだろうか。
「フレン」
「なんだい?」
 すんなりと声が出てきた事に安堵する。震える視線をどうにかユーリに定めて笑顔を作ろうと努力する。
 フレンのそんな様子を見やりながら、ユーリは大きく息を吸った。
「俺が好きなのはお前だ」
 深呼吸をするように、思いを告げる。
 時が止まったかのような錯覚を覚える。先ほどまで時の流れをまざまざと表していた外の音が途切れた。
 フレンはユーリの言葉を耳に入れ、理解するまでに時間を要した。
「そんなの、ずるい。だってユーリは、誰かと幸せになるんだって――ずっとそう思ってたのに」
「その誰かが、お前じゃ駄目か?」
 一歩踏み出し距離を縮める。
 それを視界に捉えて、フレンは仰け反りたかった。後退したかった。けれど足が縫いつけられたかのように動かないことに愕然とする。こんなにも、ユーリの言葉に動揺しているのか。
「お前がどう考えていようと良い。俺のことを考えてくれているのは分かった。だけどこうして必要な時は出向くし、お前に会いに来る。恋人になれなくても、それが俺にとって幸福なんだ。邪魔するな」
 一歩また一歩。
 間にある距離が無くなるまで後一歩と言うところで立ち止まる。
「フレン、お前の幸せは何処にある?」
 言ってみろ、力を尽くして協力するから。
 ユーリの言葉に押されるように、
「僕の――幸せ」
 呟く。
 『幸せ』なんて色々な形がある。それが世間からずれていても、己の心から湧き出る物を否定できない。
「きっとそれは……ここにあるんだと思う」
 笑われても、拒絶されても、確かにそれはフレンの幸福であった。
 地面を指さす。二人の間の地面を。
「君の、将来をつぶしてしまうかもしれない。僕は女性のように君に家族を与えられない。添い遂げることも、難しい。
 それでも、言っても良いか?」
 今まであんなにも否定してきた感情。
 思わぬユーリの言葉に固い殻を崩されるようにしてあふれ出てくる。
「ああ」
 柔らかな声色に、感情を封じていた殻の一欠片も残さず崩されていく。
「僕も、君のことが好きなんだ。
 隣にいることが嬉しくて、楽しくて、少し苦しくて……幸せだ」
 言ってしまった。
 伝えてしまった。
「しょうもねぇな」
 ユーリの呟きがフレンの耳を打つ。
「俺、今幸せだわ」
 一度は諦めようと思っていたはずなのによ。
「それは、僕も同じだ」
 
 

 この幸せを望んでも良いだろうか。



 そう尋ねたなら、どう答えてくれる?
 自分の答えは、決まっている。
 ようやく、答えが出たんだ。


「「共にいることが幸せなんだ」」



 異口同音の答えに、ようやく心から笑えた気がした。




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