4日間でエジプトを旅する 【2日目】


2002年12月31日(火) 

@カイロへ到着するが・・
 飛行機はほとんど遅れる事なく、カイロへ到着した。15ドルのビザを購入し、両替を済ませてスムーズに入国出来、仁川空港で会った彼とカイロの中心地、タフリール広場へ出るバスを探した。
 到着したカイロ空港の第2ターミナルは日本の田舎の空港並みで非常に小さく、ほとんど何もないのでバスターミナルもすぐに見つけられそうな感じだったが、来ているバスは全てパックツアー用のバスで、僕等が探している356番のバスなど見つかりはしない。空港にいる人達に聞き、どこにバスが来るのか教えてもらうが、皆、全然違う場所を指すので余計に分からなくなる。知らないのなら、「知らない」と言ってくれれば良いのに・・。
 暫く探していると、小学生の男の子と女の子を連れた日本人家族もバスを探していた。お父さんは前にも1人でエジプトに来たそうだが、前のバスターミナルにはバスが来ないと言う。
 結局20分程探して、何の目印もないが、新しいバス停を見つける。バスにはアラビア数字で「356」と書かれていた。アラビア数字はガイドブックで前もって覚えておいた。5分くらいで覚えられるし、バスに乗る時や、値札を見る時等、エジプトにいる間、何かと役に立った。
何故かその家族は停まっていたバスには乗らず、そこにいたエジプト人に何やら尋ねていた。別のバスに乗るんだろうか。僕等2人と数人のエジプト人を乗せて、バスは市街へ向かった。
 少し大きめの第1ターミナルで一旦バスは停まり、運転手が集金を始めた。値段は2ポンド(1ポンド=約26円)と大きな荷物1個につき0.5ポンドであった。
 街には路面電車が走っていた。首都だけに車の量も多いが、 どの車もレトロと言うか、かなり古臭い。日本車は比較的少なく、プジョー等のヨーロッパ車が中心である。街自体はホコリっぽい感じで、建物もどこか古ぼけている。インドのデリーにも似ているし、まるで1950年代のアメリカ映画の中にいる様な錯覚を覚える。


A街へ到着するが・・
 バスに乗って約1時間、タフリール広場に到着する。しかし、ものすごい交通量と人ごみで全く方角が分からない。宿は「ペンション さくら」と言う安宿をあらかじめメールで予約していたので、まずはそこに向かわなければならない。途中で日本人の彼とは別れ、ガイドブックを頼りに「さくら」を探す。
 同じ所をぐるぐる回って1時間、まだ見つからない。小さい宿なので人に聞いても「知らない」ばかり。荷物は重く、いつものイライラが始まる。時計は11時をすっかり回り、お腹も空いてくる。絨毯攻撃で路地を1本ずつ当たる事によって、「ペンション さくら」の小さな看板をようやく見つけた。勘に頼らず、ガイドブックに従って、もっと素直に道筋を辿れば10分で辿り着いていた筈だ。
 看板を見つけて建物に入るが、宿は5階にあり、クラシカルなボロボロのエレベーターは故障中だった。汗だくになって階段を上がると大柄のエジプト人が僕を出迎えてくれた。宿のオーナー、エザットさんだ。彼は日本語をある程度話す事が出来る。

 紅茶を入れてもらい、落ち着いた所で部屋に案内してもらう。ドミトリー(相部屋)で20ポンドと、他のドミトリーと比べて少し高い様だが、部屋は新しくてとても綺麗である。全5室の小さな宿だが、シャワールームは3つもあり、良い感じである。
 時間は12時前。今日ピラミッドと考古学博物館を訪れる事は無理なのは分かる。どちらも4時くらいで閉まるのだから。丁度そこに、今日宿を出て行くと言う日本人男性がいたのでこう聞いてみた。
「今からピラミッドか、考古学博物館へ行く事は可能ですか?」
「大丈夫ですよ。でも、ピラミッドまではバスで1時間くらいかかりますね」
 宿から考古学博物館までは歩いて行ける距離である。だからそこだと、時間を持て余してしまうだろう。そう言う訳で早速、ギザのピラミッドへ出掛ける事に決めた。出掛ける前にエジプト人の国民食と言われている、コシャリ屋の場所をエザットさんに聞き、宿を出た。


Bいざ、ピラミッドへ
 コシャリ屋はタフリール広場のケンタッキーの隣りにあり、簡単に見つける事が出来た。2階の席に着くが、そこにウェイターがいるのにも関わらず、全然注文を取りに来ない。5分ほどして、別の男が注文を取りに来てくれたので、コシャリのミディアムサイズと、ミネラルウォーターのボトルを1本頼んだ。
 コシャリとは、米・マカロニ・豆などを混ぜ合わせた物の上に、トマトソースが掛かっている軽食である。他のおかずは入っていない。お好みで備え付けの酢や、シャッターと言う辛いソースを掛ける。味も悪くなく、お腹はふくれるが、炭水化物ばかりでどうも満足感に欠ける。コシャリは2.5ポンドであった。

 ピラミッド行き357番のバスは、考古学博物館の前を通るらしいので、そこまで歩いた。だが、バス停等なく、本当にこんな所にバスが来るのか心配になる。博物館の警備員(兵士っぽい)数人に聞いても、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりで訳が分からない。自分の中で多数決を取った結果、元いた場所でバスが来たら手を挙げれば良いという結論に至った。
 バスはなかなか来ない。暫くして1人の男が、
「バスはここには来ないよ」
 僕は一発で怪しいと思った。
「ここで357番のバスを待つよ」
「357番のバス以外にもバスはある。こっちへ来い」
 かなり強引な口調にすごすごついて行ったが、彼は指で鍵のついたキーホルダーを振り回していた。バスではなく、恐らく白タクである。法外な料金を取るに決まっている。僕は逃げる様にして元の場所へ戻った。彼は最初は追い掛けて来たが、すぐに諦めてくれた。そして、別の日本人2人組に声を掛け、同じ様にどこかへ連れて行った。
 案の定、アラビア数字で「357」と書かれたバスはやって来た。そのまま入ろうとしたら、腕を掴まれ、「2ポンド」と言われた。前払いである

 飛行機の疲れが出ていたのか、席に着くと少し眠ってしまい、目が覚めると左手に大きなピラミッドが見えた。新幹線の窓から富士山を見る感覚と非常に似ていた。
 バスを降りて、ピラミッドの入り口へ向かうが、男に声を掛けられ、「こっちへ来い」と言う。そこはラクダ乗り場だったので出て行く。暫く歩くとまた別の男に声を掛けられ、今度こそピラミッドの切符売り場かと思って入ると、今度は馬乗り場。余計にピラミッドへ行く気持ちが強くなる。切符売り場は土で作られた貧相な小屋だった。ここで20ポンドを払って入場する。
 ここギザには、巨大なピラミッドが3つある。まずは一番大きな、クフ王のピラミッドが僕を出迎えてくれた。高さもすごいし、ピラミッドを構成する石の1つ1つも巨大で圧倒されるが、あまりにもテレビで見慣れていた為、大きな感動はない。それに冬にも関わらずにちょっと暑苦しい。1日300人限定、40ポンドでこのピラミッドの中に入れるそうで、何人かの旅行者が中へ入っていった。ちょっとひかれるものがある。
 少し奥へ歩くと、2番目に大きな、カフラー王のピラミッドにぶつかる。ここには多くのラクダ乗りがたむろして客引きをしている。ずっと奥の方にはやや小さめのメンカウラー王のピラミッドが見えるが、そこまで歩く気力がない。
 左側は砂原が広がっており、カイロの街が一望出来、スフィンクスの後姿が見えるので、そこまでの坂を下る。スフィンクスの前には神殿があり、そこから入場する。これも悪くはないが、完全にテレビで見慣れた景色である。普段ならもっと興味を持って眺める筈なのだが、長時間の飛行機で疲れているのにも関わらず、やって来たせいであろう。それに、こういう遺跡を1人で回るのは何とも寂しい。写真を何枚か撮って、再びカフラー王のピラミッドの前に戻って休憩した。

 カフラー王のピラミッドも入れるようになっており、日本人団体旅行者を始め、多くの観光客が中に入っていく。ガイドブックによると値段は10ポンド。物凄く入ってみたくなった。しかし、チケット売り場は遥か彼方・・。と、思っていたら、すぐ近くにチケット売り場があり、50ポンドを払ってチケットとお釣りを手にし、売り場を離れる。
 しかし、手元には30ポンドしかなかった。釣りをごまかされたのだ。その場ですぐに確認しなかった為、かなり悔しいが諦めた。バスが2ポンドの国で、10ポンドの損は痛い。それ以上にやはり腹が立つ。
 ピラミッドの出入り口で順番を待つ。すると、旅行者達が汗だくになって中から戻って来る。中はかなり暑いのだろうか・・。
 そして、僕等が入る番が来た。狭くて低い階段を中腰になって下る。結構距離があり、一旦、立って歩ける平地に戻ると再び狭い階段を少し上り、墓の内部に到着する。中はがらんどうで、石の棺桶が1つ置いているだけである。だが、これは結構満足した。
 帰りはあの長い階段を上らなければならない。汗は出るが、さほど苦にはならない。外に出た瞬間が涼しくて気持ちが良い。さっきよりもかなり多くの人達が順番待ちをしていた。

 10ポンドはボラれてしまったが、そこそこ満足した所で、街中へ戻るバス停へ行き、ベンチに座る。20分ほどしてバスがやって来たので、空いている2人掛けの席へ着いた。
 バスが進む毎に乗客が増え、僕の隣りに若い女性が座った。地味で飾りっ気のないイメージのあるエジプト女性には珍しく、髪は茶色く染めており、ブーツとサングラスでお洒落をしていた。なかなかの美人であるが、指輪や腕輪などのアクセサリーがプラスチックっぽくかなり安っぽい。おもむろに携帯電話で誰かと話していたが、かなりのダミ声であった。だが、やっぱり美人の隣りに座れたのは嬉しい。
 バスは宿の近くを通ったので、そこで降りた。当然彼女と会話などなく、結局この旅では、エジプト人女性と話をする事は一度もなかった。4日間の旅なのだから、仕方ないと言えば、仕方がない。

C日本ではもう年明け
 宿に戻る前の道に旅行代理店があったので、ルクソール行きの列車や飛行機のチケットが取れるかどうか尋ねてみると、列車はダメだが、飛行機はここでも予約でき、ルクソール行きの飛行機代は、片道が120ドル、往復が170ドルと言う事だ。暫くの間どうするか迷ったが、結局往復とも飛行機を利用する事にした。往路は明日、1月1日午後2時の便で、復路は1月3日午前8時30分の便である。理想通りとは行かないが、これでルクソールへの足は確保でき、ひと安心である。

 「ペンション さくら」の部屋に戻ると、日本人が2人寛いでいた。時間は午後5時、丁度日本では新年を迎えたので、「明けましておめでとうございます」の挨拶を交わす。2人の日本人の名前は、1人は僕と同じ兵庫県に住む、キヨシさん。アルバイトを辞めて、長期の旅に出ている途中である。もう1人は栃木県に住むカズさん。彼は会社員で、エジプトはこれで4度目だそうだ。
 僕は集めているTシャツを買いに、カズさんは一度行ってみたかったと言う事で、3人でハードロックカフェに歩いて出掛けた。さすがハードロックカフェである。内装が完全にアメリカナイズされている(本店はロンドンだが)。
 そこで各々がビールやコーラ等を飲んだ後、2人が昨日行ったと言う、日本食レストラン「やまと」へ年越しそばを食べに行く事になった。3人で話をしながら道を歩いていると、エジプト人達が何回か、向こうの言葉でちょっかいを掛けて来たり、「ジャパニ〜ズ!」と言ったりして来る。明らかにバカにしているのが分かる。僕は腹が立ったが、2人は一向に気にしていない様である。
 「やまと」はショッピングモールの中にあるレストランで、ちょっと立派な感じがする。客は皆、日本人だ。僕等は3人とも天ぷらそばを注文した。35ポンドとやや高いが、日本のそれと全く同じで実に美味かった。ここは気前の良いカズさんが全部払ってくれた。

 歩いて宿の方に戻り、近くの店で更に食事をした。3人でチキン丸ごと1羽頼むと、アエーシと呼ばれるナンと、サラダ等が一緒についてきた。このチキンは格別に美味く、全員が手をベタベタにしながらチキンにかぶりついた。これで全部でたったの15ポンド。エジプト料理は、安くて結構美味いと言う結論が出た。   

 その後宿に戻り、 他の旅行者達と歓談したが、さすがに僕は長旅と観光で疲れており、シャワーを浴びて10時過ぎにベッドに入った。エジプトでの年越しを迎えられなかったのがちょっと残念だった。

「ペンション さくら」の看板
コシャリ
ギザのピラミッド群
スフィンクス