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  長崎 長崎街道    
仕事で行ける所しかUP出来ませんが、最近最大の関心事の長崎街道を調べたいと思っています。
 鎖国時代,
 ただ一つ海外へ開かれた港・長崎と江戸を結ぶ街道のうち,九州路を長崎街道と呼びました。
 長崎街道は北九州の小倉を起点として飯塚,鳥栖,佐賀を経て長崎に至る57里
 (約220km)25宿の街道で最も往来の盛んな街道のひとつでした.
 最大の難関は「冷水峠」越えで,それに次ぐのが「日見峠」越えでしょうか.

                        (福岡のサイクリスト牛嶋さんの 長崎街道・道中案内記より)

長崎 佐賀 福岡
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日見宿 佐賀宿 山家宿
長崎宿 牛津宿 原田宿
小田宿
北方宿
塚崎宿
 ●この街道は、鎖国下にあって、江戸と幕府の対外交渉の窓口・長崎とを結ぶ
  街道であり、西洋への唯一の窓口であるとともに中国を中心に、アジアとの
  交流窓口であった。又、九州の諸大名の参勤交代ルートや出島・オランダ商館
  長が将軍に謁見する為に上がる江戸参府ルートとして重要な役割を果たしていた。
  江戸時代、長崎街道を通じて様々な物・技術・文化が海外から日本へまた、
  日本から海外へと伝わっていった。

 ●食文化に大きな影響を与えた[砂糖]も、このシュガーロードを通り日本各地へ
  広がっていく。九州では、南蛮菓子を起源に持つ「カステラ」「丸ボーロ」
  「鶏卵そうめん」が誕生した。
 ●また、17世紀後半から19世紀には、肥前陶磁器が盛んに輸出された時代であった。
   有田、波佐見、から、陸路、海路、長崎街道を使い、長崎・出島から東南アジア、そして
    ヨーロッパへと運ばれていき、ヨーロッパの焼き物文化に多大な影響を与えた。
鳴瀬宿
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