
もう卒業間近だというのになぜかガッツくんからコラムの依頼が来たのでコラムを書くことになりました。4年のページだということで適当なことを書いてもいいんですが、おそらく下の学年も見ると思うのでわかりやすく、稲友とネタというものについて書いてみたいと思います。ゼミ旅行から帰ってきたら、ドリフのちょうさんが亡くなっていました。彼を見て学んだことでもあるので、少し複雑な気持ちです。ちなみに参考文献などいつも通り当然ありません。全部経験からくる自論です。
この間テレビで若手芸人のコントを見ました。あまりテレビは見ない方なのですが、正直「つまらない」「客のことをなんにも考えていない」と思わずにはいられませんでした。ネタの質以上に、頼りなさ、弱弱しさが目立ちました。それに比べて、明石さんま、うっちゃんなんちゃん、とんねるず、爆笑問題といった超メジャーどこは安定したおもしろさがありました。不思議だとは思いませんか?1日何回も笑わせなければならない大御所よりもネタを練れる若手の方がつまらない。これはコントだからトークだからという問題ではありません。漫才だって漫談だっておもしろい人のはおもしろいし、つまらない人のはつまらないんです。極端な話、手の込んだつまらない人のネタよりもおもしろい人のアドリブが勝ることが多いという傾向がここから読みとることができます。
ではなぜこのようなことが起こるのでしょうか。それはわかりやすくいうと、「つまらないネタをおもしろくやる技術」の違いに歴然とした差があるからです。稲友にいるとわかりますが、おもしろいネタを出し続けるということは不可能に近いものがあります。また自分ではおもしろいと思っていても他人にはそう映らない場合がしばしばです。それは稲友人だろうが、プロの芸人だろうが同じです。時にはつまらないネタしかなくてもネタをしなければならない状況があります。この状況からでも笑いがとれなければなりません。つまり「つまらないネタをおもしろくやる技術」が必要なのです。問題はいかにおもしろいネタを提供するかではありません。いかに笑わせるか、楽しませるかということです。ネタがあってもうけなければ意味がないんです。むしろおもしろいネタがない状態が普通であり、おもしろいネタはプラスαとして考えることができるくらいでなければ芸人はおろか稲友でもネタの連発なんてできません。
思い起こしてみてください。一昔前、人気の出たネタとはなんだったでしょうか?「アイーン」「だっふんだ」「もみじまんじゅう!」アホの坂田がやっていることなんてほんとただのアホです。よく考えてみると意味不明なネタばかりでしょう。この程度の完成度でもうけがとれるわけです。彼らのトークやコントは完成度の高いネタ、おもしろいネタばっかだったでしょうか。ドリフなんて「よくこんなネタだせるな」というようなネタでもうけをとります。うけをとれなくても少なくとも今の若手のように「さむ!」というあの凍りついた雰囲気は決して作らなかったはずです。彼らはゴリ押しで笑いをとる方法を知っていたと同時にそれを最大限に生かすために、自分のキャラクターを積極的に作りにいったのです。ドリフなどみんなキャラクターが違います。一方若手はみんな似たようなキャラクターです。彼らは滑ったときもうまく切り抜けています。滑った場合も想定してフォローをいれているわけです。ネタはうけるもすべるも表裏一体です。失敗を計算にいれないのはプロ意識の欠如といわざるを得ません。むしろうける技術よりもすべらない技術の方が大切です。うっちゃんなんちゃん、とんねるず、ダウンタウン…うけるのはプラスαといった意味を想像してみてください。
少しキャラクターについて触れましたが、話をまた本筋の 「つまらないネタをおもしろくやる技術」に戻したいと思います。
ここまではブラウン管の中の新旧芸人を比較して笑いの質の違いというものに迫ってみたのですが、これは稲友でもまったく同様に当てはまるのです。上述した新旧の芸人たちが稲友にきたらどんな人がうけると思いますか?またすべらないと思いますか?
本当はもっと問題提起をしていきたいのですが、夜も遅いのでスピーディーに話を進めていきます。
今までの説明でなんとなく「つまらないネタをおもしろくやる技術」の輪郭が見えてきたのではないでしょうか。少し整理してみましょう。
完成度の高いネタを連発するのは不可能
↓
つまらないネタを混ぜるしかない
↓
つまらないネタでもすべらない必要がある
「つまらないネタをおもしろくやる技術」とは「つまらないネタでもすべらない技術」です。「消極的だな」と思う人がいるかもしれませんが考えてみてください
うけをとれない = すべる
を逆にすると
すべる = うけをとれない
つまり 「すべらない」とは「うけをとれない」を回避するということで、うけはとるんです。ただこの中には爆笑だけではなくちょいウケも含まれます。
それではネタにすべる人とすべらない人にはどのような違いがあるのでしょうか。つまり今回のテーマである「つまらないネタをおもしろくやる技術」とはなんなのでしょうか。それは「自分のネタを周囲の感覚に左右されずどれだけ楽しめるか」ということです。自分がつまらないと思っているネタを他人が笑うはずはありません。自分がつまらないと思ってしまえばそれは客にも伝わります。名芸人の芸を今一度思い起こしてください。どんなつまらないネタでも決して自信なさそうにはやっていないはずです。周りがうけなくても自分だけは楽しそうにやっています。寒いという感覚はすべった時の悲壮感からくるのでそれを感じさせなければすべっても場を凍らせることはないのです。そしてネタを見る人にとってもこの「寒い」という悲壮感漂う感覚は苦痛です。名芸人はそれがわかっているからこそ、すべったとしてもそれを絶対表情には出さないのです。そして芸人も実際にすべっても楽しいと思っているからこそこのような芸当ができるのです。全然おもしろくないネタでも周りが笑っているから笑ってしまったことなどはありませんか?人は笑いに関しても周りに流されます。周囲は周囲の反応を見て笑うという部分も少なからずあります。周囲が笑っているのに自分が笑っていないと不安になる。逆に周囲が笑っていないのに自分だけ笑っていても不安になる。もちろん例外もいますが、大衆心理は大体そうやって働きます。しかし、周囲は周囲を見る前にまず、ネタをしている人を見ているわけです。ネタをしている人が「こんなおもしろいぞ」というようにネタをしていれば、それだけで大衆心理に影響を与えることができるのです。笑いの一声目をあげる人に自分がなればいいのです。もちろんこれにもコツがあり、それはネタをしながらつかんでいくしかありません。
少し分析めいた表現をすると自信なくネタをすると、ネタが終わった後に周囲の反応を伺うような印象を与えます。すると周囲は無意識にネタに対する反応をしけさなければならないという感覚に襲われるのですが、おもしろくないと反応に困り「寒い」という空気が生まれます。逆におもしろいという自信の元にネタをして、例えすべっても満足気な顔をされると、周囲は反応を期待されているという感覚に襲われないので、それまでの惰性で無責任にもけらけらと笑うことができるのです。また、前述したように、おもしろいと錯覚することもあります。
自分は一年生の頃からネタをしてきましたが、上級生になるにつれてやらせる立場になっていきました。すると、どんな完成度の高いネタを与えてもうけない時があり、「こうすればうけるのに…」と悔しい思いをしたことが何度もあります。完成度の高いネタは自分がやればいいが、作った本人にしかそのイメージが湧かない。人にやらせるには、初めからそいつのイメージにあったことをやらせればいい。このような理由から自分は完成度の高いネタよりも、おもしろさをゴリ押す勢い系のネタ、つまらないネタを班員におもしろいと思い込ませてやらせる自己満足ネタ(これは本人につまらないことを気付かれると公開処刑になる)にはまっていきました。また、このような手軽にウケをとれる(とれなくても楽しい)適当なネタを量産すべく、稲友ではキャラ作りを推進していきました。キャラや勢いは高度なネタのセンスも必要なければ、本人のふっきれ次第でどうにでもなります。深水は
「ご飯を食べてご飯マン」
「牛丼食べて牛丼マン」
「水を飲んで水マン」
などを「俺のもちネタだ」と言っていました。
完成度は低いなんてもんじゃありませんが、悲壮感がない分、見てて苦にはならなかったはずです。深水はつまらないネタをしまくっていましたが、当時は画期的で自分はそれを見て、「すげー」と思い、自己満ネタを追求し始めました。あれは本人にはばかばかしくておもしろいので、周囲が笑わなくてもそのすべった具合が楽しいので満足気なのです。深水を目指せ!とは言いません。それでは志が低すぎます。ただ、「どんなネタでも楽しむ」という前向きな姿勢は見習うことができるのではないでしょうか。
人間関係でも相手の出方ばかり気にしていては何をするにも相手の出方を気にするようになってしまう。ネタも同様で周りがうけるかうけないかばかり気にしていては臆病になってしまう。ボランティアでネタをやっているわけではないので、ネタも人間関係もまず自分が楽しむことを考えなければ稲友でネタをするということの意味はありません。大学4年間ネタをする機会は何度となくやってきますが、どうせするなら前向きに、どうせ稲友に入ったんだったら稲友でしかできない経験、成長をしてみてください。その経験が稲友にいたという証拠であり、OB、現役問わず稲友に所属した人間に共通する稲友の遺伝子だと思うんで。実は頻繁にネタをする人には、意識的か無意識かわかりませんが、この面白さを押し売りする技術を使える人が結構います。今回はそのようなネタ慣れした人を対象にしたわけではなく、今後ネタをうまく利用してもらいたい若きの稲友の星たち(3年も含む)をターゲットに書きました。その他、わかりにくい部分があれば、ネタ慣れしている人や企画、元企画などに聞いてみてください。いいアドバイスがもらえるはずです。
ペンネーム: MaYuMi
(このペンネームは植物の名前からとったもので実在する深水とは一切関係ありません)