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小さい見出しは名前が出てる程度の小ネタ
エイトマンの主役の名前は東八郎である。
アニメ関係業界には 小林治 が3人いる。
「スプリガン」のキャラデザなどの江口寿志は漫画家の江口寿史とは別人。
「フルーツバスケット」には漫画家の江口寿史本人が駅員の声で出演した。
某区議会議員選挙に立候補した松原秀典氏は、同姓同名のアニメーターとは別人。
実はこの二人、誕生日がまったく一緒
1938年1月25日
身体障害者の妹を踏み切り事故で亡くし、 それが「無限のリヴァイアス」を書くきっかけになった。
その妹が事故死した件について、小説版「プリティーサミー」の最終巻のあとがきで 延々と社会に対する恨みの言葉を書き、作品に対する感想等は殆ど無い。
(だが、この妹の話はネタとの情報もあり)
「おじゃ魔女どれみ」等の脚本家・栗山緑こと山田隆司氏はその昔…
ドラマ「特捜最前線」の脚本を書いていた。
「明日のナージャ」では、K・Y・グリーン
Kuri Yama |
= |
K Y、緑 |
= |
グリーン |
というPN. |
アニメ初監督TVシリーズ作では、当時はまだ無名のドラゴンアッシュのデビュー曲が オープニング主題歌だった。
97年10月の『VIRUS - BUSTER SERGE- 』TVシリーズ 曲は「Rainy day and day」
なお、同監督の初監督作品は、OVA「バブルガムクライシス6」であり、 初のシリーズ監督作品は、OVA「デトネイターオーガン」 初の劇場監督作品は、「餓狼伝説 THE MOTION PICTURE」
94年のバトルファイターズ餓狼伝説(TVスペシャル)では、 キャラデザと作画監督、原画を手がけている。
脚本家デビューは17歳の時、 亜空大作戦スラングル29話「魔のミュータント部隊」だった。
最初悪役が負けない話を書いて行ってNG喰らったらしい。
しかも、その前後にアニメージュに写真入で紹介された會川昇は、 今より凄く痩せていた。
ファイナルファンタジー(FF)で知られる天野喜孝氏は、 その昔、タツノコプロでタイムボカンのキャラクターデザインを手がけていた。
ちなみにタツノコプロへの入社は、氏がまだ15歳の時。
さらにその前にはガッチャマンのキャラクターデザインも手がけていたが、 一介の駆け出しのアニメーターがキャラデザというのはいろいろと問題があったのか これはクレジットされていない。
FF5のラストダンジョンで全員をカエルに変えてくるボスが ガッチャマンに出てくる名悪役・ベルクカッツェに非常に似ている。
そして、現在アーティストとして個展を開いている天野氏だが、 その個展の作品ラインナップには、ベルクカッツェやFFなどのイラストが。
これはもちろん海外の個展でも含まれている。
サンライズ作品の原作者として知られる矢立肇は、 架空の人物でサンライズ企画室の共通ペンネーム。
前の由来は、松尾芭蕉「奥の細道」の冒頭の文に出てくる 「これを矢立のはじめとして、行く道なほ進まず」から。
現在、この平山プロデューサーは東映を退社、フリーに。
八手三郎は「やって候(そうろう)」を表記したのだが、 古い表現に馴染みの無いスタッフが増えるにつれてて説明が面倒になり、 今は俗説であった「やってみろう」で通るようになった。
「灰羽連盟」「オコジョさん」のデザインワークス(設定?)スタッフの キムヒロミチは、エロゲー大手のアリスソフトの元社員。
アリス時代のペンネームは「ちみろいむ」。 由来は逆さ読み。
ナベシンことワタナベシンイチは・・・
2003年3月2日放送の「新婚さんいらっしゃい」に出演した。
ちなみに奥さんの名前は渡辺久美子だが、同姓同名の声優とは別人。
(朝日放送の当時の次回放送のみどころより引用)
> 東京の渡辺慎一さん・久美子さん夫妻。 > 『はれときどきぶた』などの作品で知られるテレビアニメ監督の慎一さんは > アフロヘアにルパン三世さながらのスタイルで登場、三枝の度肝を抜く。 > ふたりは慎一さんのファンが集まるパ−ティ−で知り合い、 > 鍼灸師だった久美子さんが彼にマッサ−ジをしたことから急接近。 > 東京〜大阪の遠距離恋愛になったため、早々に結婚を決めたという。 > 新婚生活は東京でスタ−ト。 > 慎一さんがどの部屋にも趣味のおもちゃやフィギィアをいっぱい置き、新居は足の踏み場もない状態。 > そしてふたりにはスペシャルコースのマッサージがあるという。 > 少々変わり者だが「いつか理想のアニメを作りたい」と希望に燃えている慎一さんを三枝は激励するが…。
そのナベシンは、結婚資金でアイボ買って怒られた。
ルパン・スタイル(赤ジャケの新ルパンの方)は、普段着らしい。
愛車は三菱ランサーGSRエボリューションW
ナベシン監督の、本人も声優で出ていたアニメ「エクセルサーガ」に出てきた あのランエボである。
幽遊白書の原作者の富樫義博と、セーラームーン原作者の武内直子は夫婦である。
2人を引き合わせたのは、「バスタード」で知られる漫画家の萩原一至。
この萩原一至は、高額所得漫画家合コンの仕切屋らしい。
結婚式の司会者は、声優の
三石琴乃 佐々木望 |
(セーラームーン)と、 (幽遊白書の浦飯幽助) だった。 |
ちなみに富樫義博の実弟は、成年コミック漫画家の富樫(下の名前ナシ)である。
『よばれてとびでて!アクビちゃん』のキャラクターデザインをした吉田すずかは、 タツノコプロ創始者である吉田竜夫の娘である。
参考:http://www.tatsunoko.co.jp/Works/Works3/akubi/staff/index.html
そして、アニメ制作会社・IG社長の嫁でもある。
大和屋竺(ルパンTVシリーズのなど)と、大和屋暁(おじゃ魔女どれみ等)
伊上勝(TVシリーズ悪魔くん等)と、井上敏樹(仮面ライダークウガ・アギト等)
浦沢義雄(はれときどきぶた、中華な魔法少女シリーズ等)と、 広平虫(満月をさがして、エアマスター等)
石津彩おねえさん(舞台女優、声優・十二国記の杉本優香など)の父上は、 虫プロ出身の作家の磐紀一郎(石津嵐)
ギャラクシーエンジェル・キャラクター原案のかなんは、 漫画家・吉沢やすみ(ド根性ガエル)の娘。
アニメーターの戸部敦夫(クラッシュギアTのキャラクターデザイン等)は、 声優・小原乃梨子(ドラえもんの、のび太役等)の息子。 ちなみに小原乃梨子の本名は「戸部法子」。
知吹愛弓(アニメーター・絵コンテ・演出)の実父は、故・春風亭柳昇(落語家)'03/6/16没。
こむろゆい(「も〜っと!おジャ魔女どれみ」エンディングの歌)の実父は、 小室等(シンガーソングライター)
ナディアのスタッフロールに時々現れた、”空母そそそ”は庵野監督のペンネーム。
日高のり子がニューヨーク旅行に赴くさいの「むこうには、いい空母があるんですよ」 との発言と、口癖の「そそそ」を組み合わせたものである。
これはKBS京都、はいぱぁナイト金曜日の放送にて、庵野秀明ご当人の発言から。
庵野氏は日高氏に惚れたのだが、あえなくフラれて坊主頭になった。…らしい
笑ゥせえるすまんでヒットを飛ばし、ガオガイガーで注目されたが、 かつて「不思議の海のナディア」で演出をした事がある。
名前が「米谷良知」から現在の「米たにヨシトモ」に変わったのは姓名判断のため。 (これで名前変えた業界人は多い)
アニメ映画AKIRA等でも世界的に有名な漫画家、大友克洋。 でも実は実写作品の方が多い。
商業出版デビュー作は、エニックス文庫のゲームブック版「ジーザス」だった。
これは同社でリリースしていたPCソフトのファミコン移植に合わせて発行された。
内容は原作ゲームの純粋なゲームブック化だが、 PC版にもあったお色気要素(無論ファミコン版では任天堂規制の関係でカット)を きっちり盛り込んであるところは、いかにもあかほりさとるである。
なお挿絵を担当したのはメカデザイナーの武半慎吾。
はじめて演出をやったのは、鉄腕アトム96話「ロボット・ヒューチャー」の回。
その回は脚本も担当。 どちらもPNの新田修介であった。
来春の卒業見込みを採用するという虫プロの入社試験を、 11月の学部祭の前々日に受け、採用通知を貰ったのは学部祭後、来春から出社した。
当時の富野氏はCM用のコンテも描いたりしていた。
宇宙戦艦ヤマト3の頃の新番組特集が載っていたアニメージュの読者投稿ページには アニメーターの川元利浩(当時17歳)が真田さんの絵を投稿していたことがある。
同ページには、同じく当時17歳だった菊池道隆(アニメーター・漫画家では麻宮騎亜名義) の投稿イラストも掲載されていた。
「アイアンリーガー」「ドクター秩父山」「レッツアンドゴー」「マクロス7」 そして「ぶぶチャチャ」など、まるで毛色の違う作品を手がけるアミノテツロー監督だが、 若かりし頃、「日本沈没」(TV版)に出演した経験が有る。
また、「猿の軍団」にも出演経験有り。
服部克久(トムソーヤの冒険等)と、服部隆之(機動戦艦ナデシコ等) さらにその父は、戦前・戦後のポップス界で活躍した服部良一。
渡辺宙明(マジンガーZや数々の特撮もの)と、渡辺俊幸(銀河漂流バイファム等)
キャプテンハーロックの旧アルカディア号を人型に変形可能なようにデザインしたが、 原作の漫画家の松本零士がロボット嫌いなため、これは阻止されてしまった。
それは分解ラフまでは描いていたらしい。(あくまで噂)
マジンガーZのエンディングの透視図は、永井豪が描いたと言われているが、 あれは実はこの人の絵である。
本人は不満だったため、描き直したいと思っていたそうだったが。
その書き直したいという夢は、『鉄の城 マジンガーZ解体新書』 <講談社(A5判)1998.2.7初版発行>の表2で果たされた。
ゼロテスターのメカデザインは、サンダーバードにも参加したジョン・デドワである・・・ ということになっているが、実際に担当したのはやっぱりこの人である。 …てゆーかジョン・デドワって、誰?(実はスタジオぬえのペンネーム)
「超合体魔術ロボ ギンガイザー」のメカデザインはテロップの通りこの人だが、 原案とかけ離れたクリンナップをされ、本人は怒り狂ったとかいう話が・・・
テロップから自分の名を外せとまで訴えた程だ。 …しかし、原案と画面、大差無いように見えるとの話も。
『仮面ライダー』の新サイクロンも宮武氏の仕事だが、 マジンガーと同時期には明らかになるまでは書き手不明だった。
明かされてないだけで宮武氏の仕事はもっとあるだろうと思われる。
上京して最初に就いたのは写植屋だった。
息子さんはかつてアニメーターだったが、現在では父・良和氏のアシスタントらしい。
一度アニメ業界からリタイアして、ゲーム会社に就職していた時期がある。
しかし、ゲーム会社が肌に合わず、再びアニメ業界に戻った。
撮影(未来少年コナンの等)など、様々な現場を経て、制作畑にいた時期があった。
その頃から名刺には「演出家」と刷ってあったそうだが、無論自称してるだけだった。
だが、ある時ある作品、各話演出担当者がローテーションで穴を開けてしまい、 “全体の流れを知ってる”立場ゆえ、急遽彼にリリーフで演出担当の機会が回って来た。
以後、認められ、本当に演出家としてデビューした。 (以上、本人が雑誌で語ったもの)
そのアニメは、おぼっちゃまくん… である模様。(これは推測)
コンテデビュー作はドラえもんだが、当時の監督かプロデューサーに駄目だしをくらった。
「オタスケマン」等で使われたギャグの『オシイ星人』 「オーシイ オーシイ オーシイオーシイナーモォーチョトー♪」は、当時タツノコ演出部にいたこの人がモデル。
当時、押井守が書き上げてくる脚本がいつも今ひとつの出来なため、 小山高男が「押井」と「惜しい」とをかけてギャグ(オヤジギャグだが)になる、 と思ったことがこの「オシイ星人」誕生のきっかけ。
メカデザイナー大河原邦男と、ゾイドのメカ設定協力(トミーの人?)の大河原紀雄と、 アニメーターの大河原春男は、同じ名字の似てる名前なだけで、3人とも血縁関係はない。
ちなみに大河原邦男氏の長男と次男の名前はそれぞれ「レツ」、「ゴウ」 (漢字は不明)
もちろん生まれたのは「爆走兄弟レッツ&ゴー」よりずっと前である。
その息子の大河原烈は、ぴえろでアニメーターをしている。
ヒカルの碁での確認だが、最初は動画だったが後に原画の方でも確認、 同じ枠に入ったNARUTOでも原画で名前を確認出来る。
サンライズに入社する前に、同人誌で『フール・フォー・ザ・シティ』の 原型になるような作品を発表している。
その作品の主人公の名前はマモルとまりあ。
父はオートレーサー。
それも、昭和25年に制定された第1期。
手塚プロからフィルムを借りてきて上映会を行うと、会場へ神様・手塚治虫が訪れた。
手塚自身、アニメファンなのでこういうイベントには、よく顔を出していたらしい
その後、また上映会を催すべく同じ作品を借りると、なんと尺が短くなっていた。
先日の上映会でフィルムを観た手塚が出来が気に入らない部分を 他人に見せるのがイヤなためカットしてしまったらしい。
手塚実験アニメのフィルムは借り出されるたびにフィルムが減っていった。
当時のアニオタが盗んでいったためであるんだが。
そうでないとアニメの資料等手に入れられない時代だったのだが…
ディズニーの影響でフルアニメを志向していたが火の鳥2772愛のコスモゾーンでは フルアニメの意味を取り違えたのか、全ての場面において1コマずつセル画を描かせる ということをしてしまった。
その為、画像が静止すべき場面でも、地震の様にブルブル震えるという、 非常にシュールな作品が出来上がってしまった。
バイクがパワードスーツになるメカをモスピーダでデザインしたが、 それ以降もバブルカムクライシスやメガゾーン23でバイクのロボ変型を デザインし続けることになった・・・・
同じくメカデザインをしたガサラキでも、初期はバイクに変型する企画だった。
経歴と、その近辺のアニメ制作会社
東映動画→Aプロ→(ズイヨー)?→日本アニメーション→テレコムアニメーションフィルム (実質上、東京ムービー新社)→徳間肝煎りのジブリ設立(という経歴のはず・・・ らしい)
Aプロ設立に際しては、設立者の楠部大吉郎の古巣の東映動画での待遇面の不満が あったとか無かったとか。
発足後、宮崎駿や大塚康生、高畑勲ら「ホルス」の為に東映動画内で冷遇されてた面々を 迎え入れたらしい。
Aプロは、当初は東京ムービーの製作請負だったが、系列では無く資本も別だったらしい。
その後提携が切れ、(有)Aプロから改組しシンエイ動画(株)へ。 新Aだから「シンエイ」。
サンライズに関った初めての作品は「ハゼドン」で、絵コンテを一本書いた。
だが、出崎統に没をくらったため、現実にアニメ化されたのは サンライズの次の作品、0テスターであった。
立教高校文芸部、部室の扉には「犬も歩けば棒にあたる 大徳」と大きく書かれていた。
この大徳寺とは「OUT」元編集長、大徳寺哲こと、大徳哲雄氏のことである。
ちなみに大徳寺哲は、OUTのパロディ企画「宇宙編集者アウトシャイダー」の変身前の名前。
立教高校文芸部会誌40号記念特集号(昭和53年発行)に昭和48年卒業の短編小説が寄稿されている。
『北斗の拳』で作画監督を務めたことがある。
ガンダム、ヤマト、マクロス、戦隊シリーズ、仮面ライダーのデザインに携わっている。
あとはウルトラマンとゴジラでグランドスラム達成。
劇場版「機動戦艦ナデシコ」のスタッフロールのテロップに何故か名前がある。
実は制作に参加したわけではなく、別作品の打ち合わせで佐藤竜雄監督を訪ねたとき、 スタッフが全員出払っている中、キングのプロデューサーの大月俊倫が一人で大量のコピーを 取っていたのを見た幾原が手伝ったことによるということらしい。
コピー取るだけでスタッフロールに名前が載ったのは、おそらく氏だけだろう。
演出デビュー作は・・・平成リメイク版「モーレツ ア太郎」である。
一時期宮崎駿のスタジオに居候していた頃があった。
その後、劇場版ルパンの第3作の話が持ち上がり、宮崎駿に推薦された押井が監督となる。
「今度のルパンは夢を盗みます」という触れ込みで製作スタートが、 案の定、押井暴走状態となり製作がストップ。
そして急遽、製作されたのが、ご存知鈴木清順監督のトンデモなルパンだった。
だが押井はルパンで使おうと思っていた構想が捨てきれず、 別企画として日の目を見たのが、難解なOVA「天使のたまご」だった。
藤子不二雄(コンビ解消前)の2人は、TV時代劇に出演したことがある。
忍者ハットリ君の実写版(香取慎吾主演ではない方)で、 ハットリ君が病気で寝ていた時、お見舞いで訪れる「忍者学校の先生」役だった。
「ハットリ君、元気かね?」の台詞あり。
ケンちゃんシリーズにも出演したことがある。
キン肉マンのゆでたまごも必殺シリーズに出たことがあった。
タイトルは「主水、キン肉男に会う」
役どころは仕事人志望のくん製ゆで卵売りで、 「あちちの松五郎」という怪力男と三人組、という設定。
「薬品で凍らせて固くしたゆで卵を相手にぶつけ、 ひるんだ隙に怪力男が相手を投げ飛ばして仕留める」という暗殺技を使うが、 実戦では通じず怪力男ともども返り討ちにされ、 主死の間際に水たちに仇討ちを依頼する、という話だった。
暗殺技を練習するシーンで練習台に使用されていたのは ゆでたまご自身の画による等身大のバッファローマンの書き割りだった。
「アイアンキング」の最終話を制作会社から借り放ししていて 再放送で見れなかったことをファンの新聞投書で知った。
(このトリビアの泉inアニメ板は)「ざっとした比率で、本当四割、噂・未確認四割、嘘二割」
微妙、おっちょこちょいな人、知識は凄い人だが(ry
それは原氏自身の(ry スミマセン、宣伝してもらったのに悪口書いてるみたいで…
ペンネームの元ネタは、アメリカSF作家ハーラン・エリスンから。
ハーラン・エリスンは、17歳でデビューした早熟の天才であった。
そして、彼は、ヒトラーや金正日並のチビであった。 日本の原えりすんも・・・?
「マッハGo!Go!Go!」のマッハ号や「ガッチャマン」のGメカは 美術監督の中村光穀氏が兼業していたが、役職としてはじめて メカデザインというクレジット表記がなされたのは、 ガッチャマンの時の大河原邦男が初であった。
毎回コツコツとヤラレメカをデザインしていた大河原氏の為に タツノコプロが用意した肩書きが、この「メカニカルデザイナー」であった。
造型師という変な役職は、ベターマンから始まった。
作画参考立体物を作る人のことであり、 この参考立体自体はずっと昔から行なわれていたが、役職名になったのは初。
ベターマンの米タニ監督が変な役職が好きで作った面もある。
他に米谷考案の役職でムシ作監、コンダクター、メカニックマスター等があり。
また、アニメでも特技監督という呼称がある。
必殺技等の特殊なバンクの作画を描く人のようで、これはサンライズ発の呼称。
肩書きは、SF作家にして推理作家で、しかも大学教授である。
山本弘氏本人が否定されますた。m(_ _)mと学会の山本弘の師匠である。
白黒版アトムの脚本を多く書いたことで虫プロと関係ができ、アニメ業界に多くの人脈を築いた。
しかし元々は、アニメ版「8マン」の脚本を 原作者で豊田のSF作家仲間である平井和正から頼まれ そちらを書いていたのだが、ライバルの「アトム」にあっさり引き抜かれたのである。
週刊連載の漫画の原作をこなしていたので 軽い気持ちでアニメの8マンの脚本も全部引き受けたが、 いざ始めてみてからたいへんな作業であることに気づき、 あわてて前出の豊田有恒や筒井康隆・半村良らのSF作家仲間に頼みまることになったんだとか。
漫画8マンの原作は、普通、原作と言えば芝居の脚本風にト書きで書いてあるものだが 小説家であるが故、「それでは乗らない」という理由で、全く小説式に書いてあった。
アニメの脚本もこの小説式に書いていたかは不明。
現在ではすっかり脚本家で、キディ・グレイドなどの代表作がある、きむらひでふみだが、 その昔は漫画を書いていて、これは今はなきアニメ雑誌のアニメック誌のバックナンバーで 読む事が出来る。
そして、その当時の漫画の多くは、 アシスタント先の漫画家の故・かがみ♪あきらの画風によく似ているものが多かった。 (後のBクラブ時代には画風が変わるらしい)
今は亡きケイブンシャの大百科で、 「超人機メタルダー」「仮面ライダーBLACK」等の特撮物の漫画も描いていた。
このみちあゆみ名義でウエディングピーチの漫画を連載していた。
此路あゆみ名義でプリンセスメーカー(ユーシィではなく、PC版)の漫画も連載していた。
現在では「多重人格探偵サイコ」の原作者やサブカル評論家の大塚英志も その昔は漫画を書いており、その恥ずかしい漫画は「作画グループ」の本で読む事が出来る。
その大塚英志の嫁、漫画家の白倉由美は、 大昔のSF大会のコスプレ大会で猫耳にレオタードという 恥ずかしいコスプレで出場したことがある。
平成ガメラの第二作で第二班の監督予定があったらしい。
やはりそれは戦車パート中心だったらしい。
あさりよしとおの、漫画「宇宙家族カールビンソン」のアニメ化企画を 東京ムービーに企画を持ち込んだらしい。 が失敗した。
このカールビンソンのOVAを実際に後に制作したのは動画工房で、 監督は「一休さん」「長靴をはいた猫」の矢吹公郎だった。
ルパン三世の監督がポシャった後、東宝に「アンカー」という企画を出した。 ポシャったが。
それは、宮崎駿が脚本と画面設定。押井守が演出と監督といった 今では考えられない布陣であった。
鉄人28号をリメイクするという話もあったたしく 昭和30年代の東京を舞台に予定してたため当時の資料を大量に買い込んだものの 企画は頓挫してしまった。
しかし、後にその資料はアニメ映画「人狼」に使用されたので ムダにはならなかったとのこと。
実写映画「StrayDog」は、 当初押井氏が監督する予定だった実写版「強殖装甲ガイバー」がポシャった代わりに撮る事になった。 (本人のラジオ番組発言より)
ちなみに結局そのガイバーの方は、 後にアメリカでマッドジョージ&スティーブ・ワン監督で実写化され、2作作られた。 2作目はスティーブ・ワンのみが監督。
デビューの時のPNは「寿司」と書いて「ことぶきつかさ」と読ませたエロ漫画家だったが、 次に登場した時はもう現在の名前に変えてた。
「舞夢」というアニメを企画し結構製作が進んでたが、テーマ性が同じだった 「魔女の宅急便」の公開にショックを受け、企画そのものをボツにした・・・ らしい。
河森自ら「失敗作に周囲を巻き込めない」という判断でのボツだったらしいが、 美樹本晴彦のキャラデザをはじめ、惜しい話だった・・・ らしい。
この「舞夢」の出来ていた映像自体はフジテレビのドラマ内で使われた。
その昔、公開バンジージャンプをした事がある。
声優の岩田光男と宮村優子のラジオで公開録音をやった時、 その会場になった遊園地にバンジーが出来るアトラクションみたいな物があり、 宮村優子らが飛ぶ前に特別ゲストで来ていた庵野秀明監督がジャージ姿で飛んだ。
実は東映アニメーション(旧名:東映動画)が大泉学園にあることから来てる スタッフ共通のペンネームで、サンライズの矢立肇や東映特撮の八手三郎と同じ架空の人物。
東映動画>東動>東堂で、大泉学園>大泉>いづみ
25分の自主制作アニメ「ほしのこえ」の制作を、 音楽とキャスト以外の作業をたった1人で7ヶ月かかり作った。
この「ほしのこえ」で評価されたらしく、 後にNHKのみんなの歌のアニメをつくっている。
ゲーム会社・日本ファルコムの元社員で、 社員時代に5分弱短編の自主制作アニメの「彼女と彼女の猫」というのを作っており、 「ほしのこえ」は氏の自主制作アニメの2作目。
それよりも前に自主制作の同人アニメをつくっていたらしいが、詳細は不明。
この社員時代につくったアニメがDOGAのCGアニメコンテストで賞をもらったので 会社を辞めてフリーになり、「ほしのこえ」の制作を始めたらしい。
2002年のDOGAのCGアニメコンテストで「ほしのこえ」は凱旋上映されたのだが、 何故かラスト近くのシーンで2度にわたり映像が止まった。
主催者側の発表は「プレステ2のソニータイマー発動が原因」での映像ストップであった。
天野喜孝がタツノコプロへアニメーターとして入社したのは、15歳の時であった。
アニメーターのなかむらたかしも15歳でタツノコプロに入社している。
富野由悠季の変名
富野喜幸 |
(本名) |
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新田修介 |
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井荻麟 |
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斧谷稔 |
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斧谷喜幸 |
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阿佐みなみ |
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阿佐南 |
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井草明夫 |
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とみの喜幸 |
出崎統の変名
斉 九洋 |
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さき まくら |
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崎枕 |
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松戸 完 |
東映入社時代の初仕事は、ヤクザ映画の助監督であった。
だから、と言う訳ではないが、 スタジオジブリの映画に菅原文太が出ても、おかしくはない・・・ のである?
その昔、漫画を書いていた。
それは、世紀末に核戦争が起きて人類が絶滅するというもので 虫プロ商事から出版されていた「COM]という雑誌の 「ぐらこん」という新人漫画家発掘コーナーで読む事が出来る。
同時期に漫画家の諸星大二郎が発掘されて注目浴びていた。 少年ジャンプで「生物都市デビュー」の、少し前の事である。
余談だが超時空要塞マクロスの早瀬美沙が主役の同人漫画なんかも描いている。
「機動戦艦ナデシコ」では、劇中劇のアニメで大勢のアニメ業界人が声優をやっている。
テレ東のプロデューサー小林教子は、そのままアニメのプロデューサーコバヤシ・ノリコ役
タナカ音響監督役は、そのまま音響監督の田中英行氏
サトウ監督役はそのまま佐藤竜雄監督がやるはずだったのだが、 アフレコ当日発熱でナデシコでは演出の桜井弘明がそれぞれ勤めた。
小林教子は「こどものおもちゃ」にも、原作者の小花美穂役としてクイズ回答者で出演。
キングレコードの大月俊倫は「てやんでえ」シリーズ後半で声優をやったが ビデオが途中までしかリリースされなかった。
ちなみに「殿様キングスレコード」のプロデューサーとかいう役で 脚本のあかほりさとるが酔った勢いで書いたシナリオだったらしい。
岩田圭介は「はれときどきぶた」の岩田さんのモデル。 (よく駄洒落言う設定は本人かららしい・・・ つーか、出演してたわけじゃないんだが)
その岩田氏は、ポケモンの検証番組で顔出し出演している。
浅川美也は∀ガンダムのマヤリト役をしているが、実は同作品の脚本家でもある。
ほかにもキングゲイナーなどの脚本も書いており、富野監督とは結構関わりが深い。
そして、キングゲイナーのPDの妻でもある。
そしてキンゲの五賢人アーリーミイヤのモデルでもある・・・ (そうなのか?)
大河原邦男氏など、メカデザイン時にギミック試作模型を自分で製作する人は多い。
河森正治氏もバルキリーの可変模型を作って機構を確認している。( 模型誌のインタビューより)
荒牧伸志氏は、「機甲創世記モスピーダ」のレギオスや、 「メガゾーン23」のガーランドの変形モデルを作っている。
プレゼン用に友人の船大工の息子に依頼して作ってもらったのだとか。
ガーランドに至ってはマシンのみならず関節が稼動するライダーまで作ってあったらしい。
オオガワラではなく、オオカワラらしい。ちなみにどちらでも変換可能。
ちなみに絵に入ってるサインは“K.Okawara”
しかし、ガッチャマンのギャラクターのメカ開発者は「オガワラー博士」だったりする。
他にもダグラムのDVD-BOXのCMでは、ナレーションの井上和彦が オオ”ガ”ワラと言っている。
メカデザイン時にはギミック試作模型を自分で製作する。
本人の言によると全て廃棄しているそうだが、装甲騎兵ボトムズの原形が現存、 Vガンダムのコアファイター変型模型の写っている写真が現存した。
この大河原版Vガンダムコアファイターは、 コンペでカトキハジメのデザインと競って破れたもの。
腰の装甲を分割して股関節の自由度をあげるのは、 現在のロボットアニメで一般的な処理だが、 装甲機片ボトムズのデザインで大河原氏が初めて商業作品でデザインした。
前作で、ダグラムが腰を下ろした有名な場面を再現するためには腰を切る 必要があった事と、ザクのプラモ改造で腰装甲の分割を見た事が元。
ただ、同時期に模型作家の横山宏も考えていたらしく、僅差の勝利であった。
井上ひさしのジュニア小説「ブンとフン」の挿絵と表紙を描いている。
参考:http://www.ne.jp/asahi/books/inugami/garo/i_inoue02.html
旧ルパンの映像化の企画は最初、この人がが虫プロに持ち込んだモノであった。
「ときめきトゥナイト」のオープニングとエンディングの作画を担当しているが、 一部で有名なこのエンディングは80年代初頭のアニメとは思えないほど 出来の良いエロ・・・ というか萌えな作品である。
ズッコケ3人組シリーズで有名なポプラ社から児童向け小説を出している。
挿し絵も自身で担当。
当時、貞本氏はテレコムの社員だった。
リトルニモのパイロットフィルムでも 当時テレコムのスタッフだった貞本が原画に参加している。
同じくリトルニモには、テレコムの当初のスタッフだった高畑勲も参加している。
劇場版マクロスのミンメイ落下シーンは、美術監督の中村光穀が作画に関わっているらしい。
ダグラムやボトムズ、ガリアン等のロボットアニメの監督で有名な高橋良輔は、 「まんが日本昔話」で「ウンチ」が喋る御話を演出した事がある。
アニマトリックスで競作している川尻義昭と森本晃司は、奇しくもオムニバスアニメ企画 「迷宮物語」と「ロボットカーニバル」で、’87年のほぼ同じ時期に監督をしている。
森本は、ロボットカーニバルが監督デビューで、 川尻の監督デビューは劇場版「レンズマン」。
その川尻義昭は、実は、東映動画「ストップひばりくん」の第二話で 演出家デビューをしている。
その美術監督は、高畑勲監督の「セロ引きのゴーシュ」で有名な椋尾篁である。
川尻義昭は、「まんが世界昔話」は演出やっていた。
元麻薬Gメンだった。
しかし、その麻薬Gメンも都会へ出る口実としてなったんだそうで。
絵描きとしては、風刺漫画家志望であった。
ルパンの漫画で漫画家デビューを2003年中に果たす予定で、 これは今のところおそらく日本漫画家史上、最高齢デビューらしい。(大塚は昭和6年生まれ)
それ以前の記録は、「ナニワ金融道」の青木雄二、45歳、 「アンパンマン」の、やなせたかし. 54歳(2003年現在、86歳くらい?)
撮影を行ったことを自慢する発言をし、自らをマルチな仕事をする特殊脚本家と呼んでいる。 (営業用トークと思われるが)。
しかし、0テスターで安彦良和は 脚本、絵コンテ、作画監督、撮影を担当したことがある。
究極超人あ〜るのイメージアルバム(昭和に出た方)で、西園寺まりいの妹、 西遠寺えりか役としてアイドル声優が裸足で逃げ出すほど可愛らしい声を披露している。
あ〜るのイメージアルバム1.2において、 主要キャラのキャストが豪華すぎたため予算が不足し、 サブキャラには業界素人が多数起用された為。
その後、ドラマレコードがリリースされる際には、 業界素人キャストは本職の声優に取って代わられたが、 西園寺えりか役の高田明美だけはドラマでも残ってた。
これは演出・構成のとまとあきが、彼女に代わるかわいい声を思いつかなかったため。
OVAからは、かないみかが西遠寺えりかを演じるようになっている。
(出典 月刊OUT 1987年10月号 ゆうきまさみ・伊藤和典・とまとあき対談より)
実は宇宙戦艦ヤマトのコンテを切った事がある。
だが、どうにもプロデューサー西崎の意見と全く噛み合わなかったことから、 自ら没にされる事を覚悟の上で、打ち合わせ(脚本)に沿わないコンテを切った。
案の定、西崎Pに散々怒られた挙句、当然没となり、その後声がかかることはなかった。
そりゃ水と油だろう……あの二人じゃ。 という話。
「ママは小学四年生」のオープニング絵コンテを手掛けている。
制作の人手が足りず困っていたところ、当時ヒマだった富野氏が通りがり、 「それならボクがやろうか」と言い出したんだとか。
サンライズで富野氏に逆らえる人間はいなかった為、 そのまま通ってしまったが、みんな内心大弱りだったらしい。
最初のシーンは子宮から出てくる、みらいちゃんをイメージして作られたらしい。 他でもVガンダムの2代目ED、∀ガンダム、ダンバインED等、 (赤ん坊が)裸で出て来るのが多く、富野監督お気に入りの演出のようだ。
『サイバーフォーミュラ』初期OPの絵コンテも手がけている。
これはスケジュールが押していたとかで手伝わされた・・・ らしい。
しかし、出来合いの素材ででっち上げたこちらのバージョンの方が、 後に作られた正式OPより出来がいいと、ファンの間では評価されている。
松本零士アニメの脇役キャラの「トカーガ」は、 名付ける際に横にあった雑誌「ベストカーガイド(現ベストカー)誌」から。
今から二十数年前本人の口から語られた話。
「侍ジャイアンツ」の作画陣に居たのだが、 野球経験に乏しいのでピッチングやバッティングフォームの作画に非常に苦労していた。
東映の1965年(昭和40年)の長編アニメ映画「ガリバーの宇宙旅行」の 原画の一人だったが、世界観をひっくりかえすような結末へと、 独断と独力で変更してしまった。
まだ白髪じゃなく髭もなかった今から二十年前頃の アニメージュのイベントに参加していた時の質疑応答の時間で、 「私はホンダのシティが嫌いです。シティの悪口を言って下さい」の電波な質問(?)に。 「シティ好きですよ。いい車だと思いますけど」. と真顔であっさり答え、会場の爆笑をかっていた。
ちなみにホンダシティの有名なCM曲は、 故・井上大輔(ガンダム哀戦士の歌でおなじみ)の作曲。
「侍ジャイアンツ」の作画陣に居たのだが、 回を重ねる毎に荒唐無稽になっていく魔球とストーリーに 自分と作風が合わず嫌気がさしていた。 (大塚康生・著「作画汗まみれ」より)
バブルの頃、フジTVのスポット番組で「今の政治経済をどう思われますか?」 という質問を街頭インタビューをしたモノを放送で、一般市民に混じって 怒りながらケシカラン等とお答えになっておられた。
かつて麻薬Gメンだった頃に携帯していた拳銃は、 峰不二子と同じブローニング380
デジモンアニメや商品にクレジットされている 「(原作:)本郷あきよし」は、実在する人物ではなく バンダイの玩具一部の次長である本郷氏と、 デジモンの開発元であるウィズの社用横井昭裕(あきひろ)氏、 そして、バンダイのデジモン担当者の名前(失念)の名前をあわせて作った、 よくある造語の類である。
サンライズの矢立肇、東映アニメーションの東堂いずみ、 東映特撮の八手三郎、のような架空の人物。
風の谷のナウシカで巨神兵がどろどろになってでてくるシーン及び 王蟲への攻撃エフェクトシーンは庵野氏が一人で書いた。
一緒にクシャナが映っているが、当時の庵野氏は人物描写が苦手だったため あのクシャナの作画は、実は宮崎駿監督自身の手によるもの。
「自分はナウシカの巨神兵を担当したアニメーター」と言っては、 女性を口説いていた・・・らしい。 (クイックジャパン誌より)
天空の城ラピュタで落ちてきたロボット兵が再起動しての暴走シーンの作画や 超時空要塞マクロス27話のデストロイドモンスターの発進シーンの作画もそう。
火垂るの墓で軍艦の入港シーンの作画もそうだが、せっかく書き込んだのに、 演出上でシルエットになるため、真っ黒に塗り潰されてしまった。
キャラクター原案をしていた機動戦艦ナデシコで 「俺の地元の岩手出身の声優は全員使うぞ」と宣言し、 青森出身の声優・桑島法子がユリカに、一城みゆ希がホウラン(ホウメイの間違い)になったと アニキンフリーダムで言ってた。(真相不明)
アニメ制作中にスタジオで一つの曲を聞き続ける習慣がある。
魔女の宅急便の際はそれが松任谷(荒井)由実の「ルージュの伝言」であり、 勢い余って作中にも使われているのはご存じの通り。
ルパン三世カリオストロの城の際は、 海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」だった。
そしてこの曲の歌詞から題材を取ったと思われる情景描写が カリオストロの城オープニングの1カットにある。
ちなみに、このカリオストロの城は、モダーンな作風を信条としている原作漫画なのに カリオストロの城に多く見られるそういった垢抜けない部分が モンキー・パンチ氏には、いたくお気に召さなかったらしいが、関係がなくもなさそう。
七つの海のティコの主人公ナナミたちの乗船ペペロンチーノ号のデザインは ノンクレジットだが「名犬ラッシー」や「アリーテ姫」を監督した この片淵須直氏の手によるもの。
その他イメージボード・各話コンテなども提供して おり作品の内容そのものへの関与も深い。
そのせいか片淵氏コンテ担当回の同船の使用法は 他の人の回に較べメカニックの魅力を押し出したものが多い。
石立鉄男の往年の人気コメディ「きまぐれ天使」のオープニング・アニメは、 敏腕アニメーター時代の芝山努氏が手がけている。
主題歌の小阪忠&ウルトラのダルな歌唱と相まって この時代(1976年)の空気が感じられる隠れた傑作。
ちなみに「噂の刑事トミーとマツ」など、当時の大映テレビ製作ドラマのOPアニメは サンライズ(当時:日本サンライズ)がほとんど製作してた。
79年に、シンエイ動画がドラえもんのTV化権を手にした際に、 社長の楠部大吉郎氏が藤子不二夫の藤本弘氏(藤子F不二雄・故人)と直に会い、 交渉が成った。
その時、「これは手付け金と言っては何ですが」と、 「数十万円」入りの封筒を手渡そうとしたが、だが藤本氏は、 「ドラえもんは一度よそでTV化され打ち切られた事がある、いわば出戻りです。 そう言った物を頂く訳には参りません。」 そういって丁重に断って来たそう。
(藤本氏死去に際してのアニメージュ特集記事で、楠部氏が明かしてた秘話より)
稲川順二の怪奇現象番組に出て、製作スタジオでの恐怖体験を20分以上語ったことがある。
十二国記の原作だが、高校時代アニメ・漫画研究会の初代会長を勤め、 声優の故塩沢兼人さんのファンでも有る。
旦那は推理作家の綾辻行人。
その綾辻行人はアニメージュ誌で対談した事がある。
テレビ版のエヴァンゲリオン最終回が題材であった。
「おジャ魔女どれみドッカ〜ン!」のエンディングテーマ、「わたしのつばさ」の作詞を ひかわさくらというペンネームで書いている。
自宅が営団有楽町線の氷川台駅と西武池袋線の桜台駅の間にあったことからのペンネーム。 ちなみに作曲の佐藤恭野とは氏の奥さん。
ルパンのアニメは銃器関係には様々なこだわりを見せているが、 原作者モンキーパンチ自身は銃器については全くの無知。
あれはアニメスタッフのこだわりによるものであって、 現にモンキーパンチは漫画でもイラストでもまともな銃を描かない。
うる星やつらの劇場用映画完結篇の撮影監督をしている。
強殖装甲ガイバーの撮影監督やっていた。
実は大変にミステリ好き。
旧ルパンの最終回は言わずと知れた作品のトリックが使われているし、 「カリオストロの城」でも固有名詞の幾つかはルブランから、 シチュエーションの一部は黒岩涙香からとっている。
新ルパン三世の最終回などで使ったペンネームは、「照樹務」は、 テレコムを文字ったものだが、他にも秋津三朗、中野坂男というペンネームを使用していた。
因みにどちらも地名から取ったもの。
「ベルセルク」や「To Heart」では高橋ナオヒト名義の監督だが、 原画やキャラデの際のペンネームは「音無竜之介」
説明するまでもないが、めぞん一刻の「音無響子」と うる星やつらの「藤波竜之介」をもじったもの。
アニメ「シークエンス」の記事(アニメV)で、 高橋ナオヒトと音無竜之介の対談を行っている。
「赤ずきんチャチャ」の監督は、大地でも桜井でもなく、実はこの人。
同じく少女漫画原作の前番組「姫ちゃんのリボン」の監督もこの人。
そして、自身も元少女漫画家である。
キャンディキャンディの漫画家・いがらしゆみこのアシスタントだったのだとか。
アニメージュ誌の大昔の別冊付録で 「名探偵ホームズ」のマンガを描いている。
TV版「ダーティーペア」の各話作画監督や、 「アニメ三銃士」のクリエイター・作画監督もこの人。
「『Dr.スランプ』を見た時、漫画というものがわからなくなって漫画家をやめた」 (徹子の部屋での発言より)
漫画連載当時、Dr.スランプのアメコミスタイルは大変新鮮だったので 無理もないことかと思われる。
「機甲創世記モスピーダ」のオープニングアニメ作画時には 右腕を負傷しており、怪我をした手で描いていた。
「ゲッターロボG」で、”金田伊助”と誤ってクレジットされたことがある。
それをパロって、自分がOPを担当した「とっても!ラッキーマン」の最終回では わざと”金田伊助”とクレジットさせた。
切ったコンテの数は、コンテ1000本切りとして知られる 富野由悠季氏すら上回るほど多く、その数は業界ナンバー1・・・ らしい。
後の「よばれてとびでて!あくびちゃん」のキャラクターデザイナーとなる 娘(吉田すずか)の幼稚園のクリスマス会の時、 「マッハGO!GO!GO!」や「紅三四郎」のセル画を園児達にプレゼントしていた。
「おじゃ魔女どれみ」シリーズの「魔女見習い」という概念は、 かつて駆け出しの頃に名刺の肩書きが「プロデューサー見習い」 となっていたことから思い付いた設定。
ちなみに悔しさのあまりこの名刺を1枚も使わなかったのだとか。
「アイアンリーガー」の脚本に参加する予定だったが、 腕相撲で腕を折ったために書けなくなり、代わりにその場にいた会川昇を参加させた。
平成ガメラシリーズで樋口監督の助手を務め特撮技術助監督に昇進し ゴジラの特撮も務めた神谷誠氏だが、その昔はアニメ畑で働いていた。
押井守監督時代の「うる星やつら」では設定制作をやっており、 LDやDVDのスタッフテロップに名残がある。
ラムネ&40や漫画ガンダムF90で知られるが、 その昔はそのまんま「あむろれい」というPNで タカラの模型情報誌デュアルマガジンで「デロイアななちゃん」を連載していた。
モーションコミックやロリコン漫画雑誌でも活躍していた。
当時氏がおっかけていたレイヤーの女の子が声優の中原茂氏の大ファンで さすがにあむろのままだとヤヴァイと思っていた事もあって「中原れい」に変えたとのこと。
”あむろれい”名義当時、 少年サンデーでブレイク中の漫画家の鈴宮和由のアシスタントをしており、 当時の少年サンデーコミックスにもそこことが描かれている。
板野サーカスと呼ばれる超絶メカアクションで知られる板野作画だが、 実は美少女系の作画もかなりなもの。
映画「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」の ハリアー発進シーンから亀に乗った友引町シーンの作画は有名だが、 メカの動きに目を奪われる前に、ハリアーにチョコンと乗ったラムちゃんが結構可愛いかったりする。
今頃になって何故かドリームキャスト専用で発売されたゲーム、 「タコのマリネ」のグラフィック(参考AA↓)も、板野氏の作画らしい。
{___{==O}}.}⌒ ⌒ー-::,,.}ユ、 ∧∧ r「-‐ヾ、ァ'´,::'´/ハヾ::、、ヽ、ノ < あ ハ _,、_/:::/::::/ ノ }ノ \i} ト、 < げ . /:..l`ト⌒ヾ.、::/⌒` ⌒`// .:ヽ. < ま {:::::|::iヽ、 、 ){ァ'T.ヽ .ハヾ/ハ::::::::l < | ヾ、::l ヽ 'ヾ:l {__ツ {ツ.'{ノ .l:i::ツ. < す ヾ ハ ,__ト, ''.'' (⌒ ツ::} レ'^ < 〉ニ,,_ノヽ` ー‐''´ヾシ' ∨∨ l、 ノl/iニ)、ヾ、 `} '´ 〈 〉^ツ / == `ー' 〉‐っ /、_...._ ヾ〉┘ 〈ー、 ,,..,, .``ヽ、... ,べヽ  ̄ ~`´iー`ヽ、_,,..=-、ハノ l | | l {,、,、,i, l,、,、| [ ェュソ[ ,ェ}_ F=ィ⌒ヽ =ィ'⌒ヽ [、_ノ⌒l_ノ⌒} |
装甲騎兵ボトムズから機動戦士ガンダムシリーズ等のメカ作画監督で その重厚なメカ作画にはファンが多いアニメーターである氏だが、 その彼が監督した作品は全てヴァリアブル・ジオ等、美少女萌系OVAばかり。
元はコメディ系のアニメ作画を手掛けていて、 現在でもそちらの方に興味がある人なのだとか。
ボトムズ等を手掛け始めたのは、上の人から「色々な作画を経験すべし」 と忠告されたため。
だが、幸か不幸かファンからは相変わらず 勇者王ガオガイガーや機動戦士ガンダム第08小隊(OVA)だのの 重厚なメカアクションの作監で評価されし続けている。
タイムボカンシリーズ最終作「イタダキマン」の脚本もする予定だったが、 内容を見て自分から降板した。
「お釈迦様の霊をギャグにするなんて恐ろしい」が理由だそうである。
「Drスランプ」のアニメ化の時、 「アニメの脚本家で名古屋弁がわかるのは俺しか居ない」と脚本を自薦した。
宇宙戦艦ヤマトで遊星爆弾が落下して地表がめくれ上がるシーンを描いたのは、 実はこの人。
空手、拳法、合気道など格闘全般の有段者なのは有名だが どういう経緯か一時期、酒癖の悪いあかほりさとるのの抑え役のようなものを努めていた。
歌舞伎町でヤクザと1対4の大乱闘は業界でもつとに知られている・・・らしい。
試しに書いた脚本が認められ、あかほりさとるの高校時代の同級生がプロデュースした 下級生で脚本家デビューしたのだとか。
ガイナックスで実写版ドラゴンクエストを撮影したのだが、 ラスボスである竜王(その人間形態)を演じていた。
ジャニーズとか、こち亀のラサール石井など、声優以外のキャスティングをするのには、 NAS(広告代理店のASATSU−DKの子会社)のプロデューサーのこの人が ほとんど関わっている。
SMAPの初期に聖闘士星矢ミュージカルとか手伝っていたのが、 親会社のASATSU−DKとNASの関係で、そこから未だに綿々と続いていることによる。
初期のうる星やつらで数本脚本を書いている。
もっと前には、にっかつロマンポルノで 伝説のウォーター&メッシー映画『宇野鴻一郎の濡れて打つ』を撮っていた。
押井守と同じ大学の出身で、しかも映研の先輩・後輩である。
特技監督をしていた「ガメラ2〜レギオンの襲来〜」では 決めワザがドラゴンボールZの「元気玉」に酷似していたため 公開後にちょっと物議をかもした。
だが、撮影中、設定・描写の類似を現場で指摘された氏曰く、 「そんなの、みんな知らないよ。大丈夫、大丈夫」 と、言って変更しなかったという…。
(メイキングオブG2より)
ヴァンドレッドの総集編の監督などもしているが、 少年ジャンプ自体を読んだことないのだとか。
「おもひでぽろぽろ」の原作者だが、元アニメーターで東映動画の下請け会社で 「マジンガーZ」や「バビル2世」の動画を担当していた。
だが、フリーハンドで直線を引くのが大の苦手だったらしく、 そのせいでマジンガーZはすきじゃなかったのだそうだ。
マジンガーZ 25周年記念ムック「鉄の城」の寄稿マンガより
「コント55号のなんでそうなるの」の脚本を書いていた。
また同時期にアナーキーな子供番組として知られる「カリキュラマシーン」の脚本も書いていた。
アニメージュ2001年2月号での本人のインタビューより
ポケモンアドバンスジェネレーションの作画監督の一人だが、 漫画家としてコナミの冊子「コナミマガジン」に漫画を描いていた事がある。
ちなみにファンタジー漫画で、壮大な話になる予定だったらしいが、 1回で終わってしまったとか。
テニスの王子様、遊戯王、ビックリマン2000などの音響監督として知られるが、 元・怪物ランドというお笑い系演劇ユニットを郷田ほずみや赤星昇一郎と組んでいた。
…と、いうのは、郷田が主人公のキリコを演じていた装甲騎兵ボトムズの放送してた時、 怪物ランド主演の深夜お笑い番組のウソップランドが放送されていており、 当時のアニメ誌でもよくネタにされていたので、よく知られた話。
ちなみに、平光氏はセーラームーンのミュージカルの脚本・演出も担当している。
ハンター×ハンターでは、レギュラー声優だった郷田ほづみ氏に加え、 赤星昇一郎と同アニメの音響監督だった平光琢也もゲストキャラの声で参加し、 エンディングテロップで3人並べて(怪物ランド)と、表記するサービスをしている。
後年のインタビューでクラッシャージョウの超巨大宇宙戦艦コルドバのことについて、
「こんな、動かす現場を無視したデザインをした人に解らせる為、 本人(河森正治氏のこと)に原画を描かせた。たまらず数枚で放り出してた。」
といった過激な事を語ってた。
「自分でも書けない様な者を他人に描かせるな」とも。
初代機動戦士ガンダム製作時の事を尋ねられ、
「デザインにスタジオぬえをという声もあったが、 ダメ出しを受け入れにくい人達である上、 ここは出来不出来の落差が激しく、 いい時は良いがダメな時はとことんダメな線しか引けない。」
という過激な事も言ってた。
だから、「ダメ出ししてもさっぱりしてるなら大河原邦男さんだ(笑)。」 だったんだそう。
自分の船に軍用ライフルを多数積み込んでいて逮捕された 西崎義展・元プロデューサだが、警察の事情聴取では その理由として『海賊と戦うため』と供述していた。
マラッカ海峡から東シナ海の近辺までは 現在でも本当に海賊が出て相当に危険であり、 実際に中東から日本へ石油を運ぶタンカーなど、何度も襲われている。
だが、当時そのニュースを伝えた某テレビ局のニュースでは、 キャスターがそんな海賊の存在を知らずに
「今時海賊なんて〜w」
と、笑い跳ばしてしまうという、大失態を犯している。
しかし、「自衛のため」でなく、「戦うため」という弁明が、(´・ω・`)ナントモ…
全盛期は、昼は漫画描いて(連載3〜5本)夜はアニメの制作 (監督、脚本、演出、コンテ、作監、原画)という凄まじい掛け持ちをやっていた。
富野監督は絵描きとして安彦氏を高く評価しており、 1st機動戦士ガンダム制作当時、安彦氏のアイディア出しの豊富な様子を見て 「余計な心配せずに済む」と安心していたのだそう。
機動戦士ガンダム制作当時、オカルト系の話が大嫌いだったそうで、 ニュータイプの設定を当初エスパーそのものだったのを変えさせた。
雑誌のインタビューで「ニュータイプってなんですか?」と聞かれた時に、 富野監督が答えるより早く、
「ニュータイプは、エスパーじゃないですよねッ!!(#゚Д゚)!! 」と
安彦氏に念を押されてしまったため、富野監督は「エスパーじゃないよ」と 言わざる得なかったとか。
だが、最近はニュータイプに関しては 「ある意味ではエスパー」みたいな回りくどく考えているそう。
ブラジルにあった連邦の基地「ジャブロー」の名前は当初※シャングリラの予定だったが、 同じく大嫌いなオカルト系ともいえるそのネーミングに反対して変えさせたそう。
だが、富野監督は捨てるのが惜しかったらしく、 ZZの最初の舞台にそのネーミングを与え、復活させていたりする。
富野監督はジャブローのネーミングについて
「本当はシャングリラという名前にするはずだったんだよね。 でもある人に怒られて、それでジャブローになった。」
と、アニメック誌のインタビューで答えている。
※ シャングリラ=理想郷。 J. Hiltonの小説「失われた地平線」で、 仏教徒のユートピアであるシャンバラをモデルに描かれたもの。 (gooのweb辞書より引用)
1stガンダム制作中、中盤辺りで倒れて入院してしまい、 路線修正などのゴタゴタで作画が荒れてたのに拍車をかけてしまった。
ガンダム0080、オーガス02、パトレイバー3(廃棄物十三号)、ガンパレードマーチ等の監督の 高山文彦家には、いまだに電話がない。
単純に本人が嫌いだから。もちろん携帯電話も持っていない。
電話がないため、彼へガンダム監督を依頼した時、 プロデューサーがアポなしで家まで向かわなければならなかった。
ちなみにガンダムのOVAを監督するまで、自分からガンダムを見た事は一度もなかったとか。
だが最近はさすがに発信専用だが携帯を持ってるらしい。
ロボットアニメには、もともと興味がなかった。
それがなんの因果かガンダムのOVAと手掛けることとなり、 これで名前が売れたことから「ロボットアニメ」を立て続けにやることになってしまった。
そして、全てに共通しているのはロボットの活躍が少なめ。
興味がないだけなので、「観てない」わけではなく、エヴァのDVDももっている。
巨大ロボットが「嫌い」なのはデザインや存在自体に合理性が無いからだそう(本人談)
劇場版ハム太郎を監督してるが、話が来るまでハム太郎を見たことがなかったらしい。
「ネズミのアニメ映画っていったら出崎監督しかいないでしょー」 とかいう理由で決まったらしい。
ちなみにこのネタの真偽は不明
ちなみに、ネズミのアニメ映画=出崎監督の超有名作のガンバの冒険のこと。
自身が原作のアニメ「おざなりダンジョン」に、 魔法使いの「キリマン」という、主人公クラスのキャラの声優としてクレジットされている。
・・・のはいいんだが、その「キリマン」というキャラは、 「一言もしゃべらないキャラ」なので、 実際にはこやま基夫の声は聞けない、
とゆーか声優として機能していない。
アニメ「こどものおもちゃ」にて、番組内で一番最初に聞ける声は、 監督であるこの人の声。
第一話冒頭に出てくるブタ型目覚まし時計の声がそれ。
かつてお笑い深夜番組の草分け「ウソップランド」の番組中、 一度だけ同時期に放送していた氏が主役の声を充てていた 「装甲騎兵ボトムズ」のキリコの声を出したことがある。
演ったあと異様に照れながら、
「これやるとマニアがうるさいからいやなんだけど〜」
みたいな発言をしていた。
ちなみにそのときの郷田氏は、知恵袋おばさんのコスチュームだった。
同じくウソップランドで「『声優の郷田ほづみです』……というと、ファンが喜ぶ郷田ほづみです」
なんて自己紹介もしていた。
ゲッターロボの共著として原作者の一人なのだが、 漫画版を書いていたのは共著者の石川賢ただ一人だったので、 永井豪自身はゲッターロボを絵に描けないのだとか。
鋼鉄ジーグもダイナミックプロとして原作の一人なのだが、 同じく自分で漫画を描いていなかったので、鋼鉄ジーグ自体を描けないのだとか。
その昔宇宙刑事シリーズへのオマージュ(のみ)で制作されたアニメ「学園特捜ヒカルオン」で 原作・脚本・絵コンテ・主題歌作詞・キャラクターデザイン・作画監督・監督を一人でこなしたが、 その当時、そりゃあもう宇宙刑事が大好きで、自車を買うのにも 「ギャバンが赤・シャリバンが白でシャイダーが青なら!俺は黒だ!」 とばかりにわざわざ旧型のスズキジムニーの黒を購入。 黒のジャケットとドライバー手袋でキメて作画スタジオに通っていた。
オリジナルのコンバットスーツ(ギャリバン)を自作して自主制作映画まで作ったりなどしており、 その様子をモーションコミック誌で一緒に漫画を連載していたいのまたむつみに 当時、ゲートボール漫画内(GBボンバー)でからかわれてたたりした。
このオリジナルコンバットスーツ・ギャリバンが登場する漫画 「その気になってマイヒーロー」を、モーションコミックで連載していた。
後に同名のアーケードゲームがつくられたが、両者は関係ない模様。
そんな越智氏も今ではそんな過去を恥ずかしいと思っているとか。