グランドキャニオンは446kmの長さ、最大幅29kmの巨大な地表の割れ目で、この地形の形成にはおよそ300600万年の時間を要し、現在なお侵食によって形が変化しています。 インナーゴージュの岩石形成は15-20億年前のものです。 グランドキャニオンにはヤマネコ、スカンク、リス、鹿、熊など70種の哺乳動物、250種の鳥類、25種の爬虫類および5種の両生類が棲息しています。 世界で認識されている7つの気候帯のうち、6つが含まれます。キャニオン南部のメキシコの砂漠からサンフランシスコのピークスで見られる北極アルペン気候まで。グランドキャニオンは峡谷を西に向かうコロラド川によって形成されています。 川は平均91m幅で(カイバブ サスペンション ブリッジで計測)、 深さは30m、そして毎時6.4kmの速度で流れています。
グランド キャニオン国立公園は、1908年に国定記念物に指定され、1919年に国立公園になりました。 広さは4,921平方km、長さは306km、周辺にはインディアンの5部族(ホピ族、ナバホ族、ハバスパイ族、パイユート族およびファラパイ族)が居住しています。


グランド キャニオンの気候
グランドキャニオンでは
,その高度によって気候の違いが見られます。 対岸のノースリムは2,500mの高度にあり、2,135mのサウスリムや高度730mの内部キャニオンの砂漠地帯より年間の降雨量が多いのです。ノースリムは冬の期間はかなりの降雪量を観測し、11月から5月の中旬までは閉鎖されています。春と秋には全地域でむしろ乾燥気候になります。7月から8月中に起きやすい午後の雷雨はめったに30分以上は続きません。冬季に訪れる場合は常に暖かい服装が必要で、そして夏の間もジャケットかセーターが必要です。



グランド キャニオンの歴史
グランドキャニオンは何千年年もの間、人々に知られてきましたが、アメリカ合衆国にとって未知の領域の最後の1つでした。 巡礼者達がプリモス・ロックに上陸する80年前、1540年にグランドキャニオンを眺めたスペイン人達がここを訪れた最初の白人でした。フランシスコ・コロナドが黄金とチボラの7つの都市を求めてこの地を訪れた時、インディアンが北に向かう大河について彼に話しをしたのです。彼はガルシア ロペス カルデナスと12人の仲間をこの大河探索に派遣しました。カルデナス達はホピ・インディアンに先導され、20日後グランドキャニオンの縁にたどり着きました。峡谷の深さと壮大さはカルデナス達の理解の範囲を超えていました。3日間も困難な時を重ねてやっと河への道を発見しました。上方から見れば、いともたやすく目の前に現れた河ですが、さらに苦難を強いりました。彼らは道のりの3分の1を辿ったにすぎませんでした。 ホピ達が障害の多い道筋を案内しようとすれば、彼らは容易にそうできるのです。 インディアン達は侵入者を信頼できませんでした。コロナドと彼の仲間達はさらに他の伝説を求めて移動して行きました。グランドキャニオンとその魅力はさらに2世紀の間、昔からの住人、インディアンの手に残される事になりました。 グランドキャニオンは1869年までほとんど世間の注意を引きませんでした。 南北戦争の勇士、ジョン ウェスリー パウエル少佐がその年に4隻のボートを用意してコロラド川の探検に出発しました。探検旅行は長い時間と,困難の連続で、パウエルは2隻のボートと3人の部下をその旅で失う事になりました。パウエルはコロラド川を探検するうち、72日後に今ではミード湖と呼ばれる湖を偶然発見しました。パウエル少佐の探検は峡谷の科学的な研究を推進し、観光の奨励に役立つという成果をあげたのです。1870年までには、サンタフェ 鉄道がグランドキャニオンに到達し、輸送を開始しました。議会の条例の下に グランドキャニオンは1919年、国立公園に指定されました。