こればかりは

 橋の上でポーズをとる家族

こんにちは。
ごぶさたしておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

お楽しみ、半減

長かったカーニバルが、終わりました。
もう3年、ヴェネツィアにいるけれども、こんなカーニバルは始めてでした。
ヴェネツィアでは毎年、マルテディ・グラッソ(脂の火曜日)までの、11日間をカーニバル期間と決め、さまざまな行事を催します。今年は開催を一週間早め、全部で18日間の長丁場となりました。マルティ・グラッソが2月24日にあたったので、カーニバルは、2月7日(土)から始めたわけです。
おまけに、今年はテーマをオリエントエクスプレスだったか、シルクロードだったかに設定、マルコ・ポーロにゆかりのアジアの国々からもさまざまな催し物を呼んだ、というのが目玉でもありました。タイミングがあわず、特別そういった催しの見物には行けなかったのが、とても残念なのですが・・・インドからはBollywoodという名のバンドが来ていて、期間中、あちこちでコンサートがあったようですが・・・なにしろ、まず名前が強烈です。しかもイタリア風に発音すると、ボッリヴッドゥ、それだけで興味を惹かれますが、見かけるポスターの数が半端でないのです。どこを振り向いても貼ってある、という感じでした。あるいは、中国からは現代アーチストが来ていたらしいことは、やはりいくつか見かけたポスターでわかったのですが、日本からは、いったい何が、誰がきていたのでしょうか?ポスターなどを見かけることがなく、特別に調べない限りは、何もわかりませんでした。ヴェネツィアには日本語科があって、日本びいきの学生がたくさんいるし、そうでなくても日本ブームなのに・・・もう少し宣伝したらいいのに、なんて思っていました。
一方、お約束の仮装に仮面のカーニバルは、というと、旅行会社、ホテルなどを通じて何らかのキャンペーンがあったのでしょう。今年は例年以上に仮装している人を見かけました。といっても、簡単な仮面にマント、といった一番お手軽なパターンも多かったですが。小さなお子様二人連れ、一家4人で正装を決めこんだ家族も見かけました。橋の上に並んで立ち、カメラに向かってポーズをとるばかりか、いくつものカメラがシャッターをきるあいだ、お父さんは通行人を止めたりして。ここまで手馴れているのは、ヴェネツィアの人でしょうか。
そんなわけで、町としては一週間早くカーニバルを始めたわけですが、実際はその幕開けであるサン・マルコ広場に天使が舞い降りる儀式は、いつも通り10日前の日曜日、つまり2月15日に行われたこと、あるいは、フランスやドイツ、欧州からの観光客にとっては、やはりカーニバルは最終日、マルテディ・グラッソに近づくほど本物、であるからなのか、前半は盛りあがりに欠けたようです。
それでも、今から思うと、始めの一週間にいらした方はラッキーだったといえるでしょう。週末は比較的暖かかったし、平日も霧の深い、寒い日はあったけれども、まだお天気がもっていたので。

全てが狂い始めたのは、まさに佳境に入ってから。ジョヴェディ・グラッソ(脂の木曜日)とよばれる、本来のカーニバルの初日に当たる日(2月19日)、朝起きると前夜からの雨が、雪に変わっていました。それも、さらさらの粉雪なら雰囲気を盛り上げるのに一役買ったのかもしれません。実際、霧はカーニバルにとって、なかなかいい演出ですし。ところがその日、空気中を舞っていたのは、ぼたぼたのぼた雪。触れるとすぐに解けるし、かなり激しく降っていたので、傘は必須。前日の雨で既にそこら中が水浸しだったので、積もることもなく水溜りを増やしていくだけ。いつも一番早く水がつく、サン・マルコ広場は、その朝、半分水に浸かったとか。その困った雪は午後には雨に変わり、その後、毎日毎日、ずっと雨。土日も雨、月曜日も雨。最終日、マルテディ・グラッソには、再び雪混じりの雨となって、降り続けたのでした。その日、ミラノはよいお天気になったというのですから、まさに狙われたかのように、ヴェネツィアではカーニバル期間中、雨に悩まされ続けたのでした。

翌日、灰の水曜日(2月25日)、その朝久しぶりに雨の音を聞かずに目覚めました。午前中は霧が出ましたが、お昼ごろから、ほんとうに1週間ぶりに太陽が顔を出したのです。
お天気ばかりは、どうにもならないものとはいえ、皮肉な2月となりました。

では、また。
Fumie