知られざる世界


こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。ここ数日、薄曇の日が続いています。それでもたいてい、雨は降らず、薄日が差していたのですが、今日はこれから雨になりそうです

フェニーチェ裏事情

ヴェネツィアを歩いていて、以前から不思議に思っていたポスターがありました。フェニーチェ劇場の、オペラの各公演が近づくごとに貼り出される細長い薄水色にフェニーチェの金色のロゴの入ったポスター、それとともに、あるいはその少し前に、大きさは同じだけれども白地に紺色のモノクロで、同じタイトルを掲げたもの。「オペラとの出会い」と題されたそのポスターには、たいていは、公演初日の前日の日付に、時間と場所と、それ以外にフェニーチェ劇場友の会主宰という記載があったかどうか。
フェニーチェ劇場とはいっても、仮設劇場での公演は、2年前に一度行って、がっかりして帰って来て以来足が遠のいていたのですが、今回、興味を惹かれる演目があって、久しぶりにチケットを買いました。そこで、思い出したのが、この「オペラとの出会い」。さすがに、公演も見ずにでは覗いて見るのもためらわれましたが、もともと興味津々です。とりあえず、念のためチケットを握り締め、もしかしたら、友の会会員だけとか、通年指定会員だけとかあるのかもしれない、でも、ポスターにはそうは書いてなかったし・・・いざとなったら、そこは何とか頼み込んでみよう、とか、妙に決意を固めて出向いたのです。
行ってみると、そこはまったく意外な世界でした。会員どころか、チケットのチェックも何もなく、100人は軽く入るかというその立派なホテルの部屋は、満席で立ち見もいるほど。若い人、というか私より若い人は100人のうち5人いるかいないか、まず圧倒的に、60代、いやたぶんその世代は「若い人」と呼ばれているのではないか、というくらい。そしてまあ、7-8割が女性同士、たいていは2-3人で連れ立ってくるようですが、後は男性同士、あるいはやはりその年代のカップルがちらほら。来ると、お互いに「久しぶり、元気」なんて言って挨拶しあっていたり。先に席をとっておいたらしく、大きく手を振って友人を呼んでいたり。オペラ仲間と言っていいのか、ひょっとすると、はるか昔の同級生だったりするのかもしれません。
そんな、ほとんど老人会と言っても過言でない、一見ほんとうに内輪の集いのようなのですが、肝心の内容はというと、それはまたなかなか興味深いものでした。専門家が、作者について、あるいは作品の成り立ち、ついては見所など、1時間強、さらっとではあるけれども、意外にも盛りだくさんで詳細な解説をするのです。
なるほど、と思いました。舞台は、特別に知識を仕入れずに行ってももちろんいいはずけれども、やはり予めわかっていると、また一段と楽しめるもの。公演の当日、暗いところで慌しくプログラムを読んでも、頭に入りきらないことも多いし、後で読むには遅すぎる、ということもあります。蛇足ながら、この年代の方々にとっては言わずもがな、でしょう。ところがこうやって、直前に直接話を聞くというのは、効果絶大です。開幕前や幕間に、残念ながらその会合には来られなかった友人に、説明するくらいのことは簡単でしょう。これが一度だけならどうってこともないけれども、毎回、毎年これを重ねていれば、それは確かに、皆ちょっとしたツウになれるはずです。
これが、ヴェネツィア独特の制度なのか、あるいは他でもわりと普通のことなのかはわかりません。でも、劇場に行くだけではわからない・・・劇場でも、平均年齢が圧倒的に高く、プラス観光客といった具合なのですが、明らかに地元と見られる観客たちが、中で挨拶しあったり、批評しあったりしている、それには裏にこういうからくりがあるのか、と。面白いのは、といってそれが決して秘密の、閉鎖された会合ではないことです。ポスターはそこここに貼られていますし、入場無料、公演のチケットすら、関係ありません。もちろん観光客だってOKです。ただし、すべてイタリア語ですが。つまり、明らかに異質である私がぽっとそこに飛び込んでも、当然のことながら、別に誰に何をとがめられるわけでもないし、拒否されるわけでもありません。けれども、と言って、誰彼に親しげに話し掛けられるわけでもないのです。でもそれは、おそらく私と他の皆さんとの間、これが見るからにかけ離れすぎていることを考えると、当然とも言えるでしょう。
が、何しろ、この日私が一番目立っていたことは確実で、次に行ったときに、私はほとんどの人の区別がつかないけれども、皆さんは私をはっきりと認識するでしょう。そうして通っているうちに、変わった「常連サン」として認められるとでもいうのでしょうか、そのうち、話しかけてくる老婦人などがいたりするんじゃないかと、思っています。
四半世紀くらい経って、そういう場にとけ込めていたらいいな、と思う一方、その頃の老人会は、ディスコやビール・バーに移動しているのかもしれない、とちょっと心配もしています。

ではまた。
Fumie