夏たけなわ

 ジュデッカ島、レデントーレ教会に橋がかかる

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
先週は何度か雷を伴う大雨が降ったり、安定しないお天気の日が続きました。ヴェネツィアでは、誰もが「今まで見たことがない」という、夏のアックア・アルタ(冠水)の被害も。それでも、晴れると暑い。ジェラート(アイスクリーム)の欠かせない毎日です。

夏祭り

7月20-21日とこの週末、ヴェネツィアではレデントーレというお祭りがありました。16世紀に、ペストの終焉に感謝して建てられた、その名もレデントーレ(Redentore=救済者)教会。毎年7月の第3日曜日、本島から少し離れたジュデッカという島に経つこの教会、ふだんは船でしか行けないところに、ザッテレという本島の岸から、橋がかかります。開通は前日の土曜日夕方7時、船を連ねた上に乗せた、2日間限りの橋。34そうの船を並べた上に長さ333.7m、幅3.6mのこの橋、伝統的なスタイルを尊重しつつ、今年は機材をすべて新しく作りなおしたのだそうです。渡ってみると、手すり付きだし、思っていたよりしっかりしていて、峡谷の吊り橋のような怖さはないのですが、足元がやはり揺れて、海の上を歩いているのを実感します。
イタリアの教会は、小さくても大きくても、たいてい正面の前がちょっと広場になっていて、人が立ち止まっておしゃべりをしていたりする空間になっているのが一般的。コーヒーなど、軽く一杯飲んだりするバールがあったり、観光客も来るような大聖堂ならテーブルを外に並べたレストランなどもあったり。ところが、正面に向かう、まっすぐの道、というのは意外となく、こちゃこちゃした道を通りぬけると、突然目の前が開けて・・・ということが多いのです。
それがこの日、ふだんその広場さえもほとんどない、海に浮かぶ教会の、正面に向けてまっすぐ参道ができるのです。それが何よりも海の上なので周りにさえぎるものが何もなく、日が暮れて白く浮かぶ教会に、足元だけ照らされた道をぞろぞろと一歩一歩近づいていく、というのは確かに不思議な高揚感がありました。
本来ならば、参道としての橋を渡るだけでなく、ミサで祈りを捧げる、というのが歴史的趣旨であるのでしょうが、現代のこのお祭りの圧巻は実は夜中の花火。
岸の手前は、めいっぱいテーブルを外に並べたレストランのほか、持参の敷物に座って待つ観光客。向こう岸では、地元の人々がやはり岸沿いにずらっとテーブルを並べ、早い時間から持ち寄りで飲んだり食べたり。こちらから橋を渡る人も、大半はミサではなく花火観賞が目的、橋などの高いところ、座って待てるところなどの場所探し。
さいわい、この日昼間は快晴、夜になりさわやかな風の吹く絶好の花火日和となりました。

待って待って、11時半すぎから1時間弱とあっけないくらい、日本の花火大会にはかなわないけれど、ヴェネツィアの街の風景をバックに、水上に映える色とりどりの花火は格別、見ごたえ十分でした。
花火はもちろんですが、参道といい、ぼんぼりのような照明といい、日本のお祭りの情緒にも通じるものがあり、あの色とりどりの屋台のひしめきあい、浴衣姿のあふれる風景を思い出しノスタルジーにひたりました。
翌日曜日の午後は、ゴンドラ・レース。実は、時間とコースがわからなくて、適当に出かけたら突然目の前で始まってしまったのですが、どうやら青、赤、白・・・と塗り分けられた色のゴンドラが速さを競うというシンプルなもの。優勝はオレンジでした。面白かったのは、島に沿って走るゴンドラの一群とともに、応援団というのか、観衆が皆モーターボートで追っかけていたこと。よく、マラソン大会などで、沿道でちょっと一緒に走っている人、あの感じだと思うのですが、この場合、選手は手漕ぎ、応援はモーター、そして島に張りつくように細く細く走っていくゴンドラに対し、圧倒的に広いスペースを埋めて走る応援団。逆なのです。そして、レースが終わって、また一斉に逆流して戻ってきたモーターボート軍団を見ていたら、ほんとにヴェネツィアは今でも海の上の町なのだと、そして、その顔がみな、なんともヴェネツィア人の誇りで満ち満ちているように感じました。もともと、船頭を高く上げて、船尾で後ろ手に運転するモーターボートの姿は、それ自体独特の顔があるのですが、それに加え、確かに自家用モーターボートでのおっかけは、地元の人ならでは。もちろんレースに対する一体感も全然違うでしょう。
ふだん、どこもかしこも観光客に占領されている、と嘆くヴェネツィア人が、橋や岸から見ている、観光客や在住異邦人ではなく、自分たちのお祭りだという自負を取り戻す瞬間なのかもしれません。
これで、こちらはそろそろ夏休み。あちこちのお店も9月にかけて、たいてい2週間から1カ月休業になります。
長くなりました。みなさんもよい夏休みを。ではまた。
Fumie