こんにちは。ごぶさたしておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
さわやかな秋晴れが続いていたのですが、今日は雨になりました。昨日まではまだタンクトップの学生もいたのに、今日はセーターもいるくらい。確実に、冬に向かっています。
私は今週から、新学年が始まりました。さすがに3年目ともなると、授業開始当初のバタバタやごたごたにも驚かなくなりましたが、久しぶりに友人の顔を見たりするのは、やはり楽しいものです。
話題が少し古くなってしまいましたが、毎年9月に入るとよくニュースで取り上げられるのが「休み開け病」。2週間から1カ月の夏休みを終えて職場に戻ると、その環境の変化について行けず調子を崩す人がイタリア人全体の15%近くもいるのだそうです。休憩をとって、軽い運動をしたりお茶を飲んだりするように、とのことですが、見ている限り、言われなくてもコーヒー休憩は自主的に、かなり頻繁に取られているように思うのですが。
イタリアの日常
ふだん、みなさんはどのようにストレスを発散されていますか。私は、時々こうして日本語でメイルを書いて、解消させていただいていますが・・・(すみません、ストレスの宛先になっていて)。
イタリア人は、そのイメージ通り9割方はしゃべり屋です。彼らにとって「話す」というのは、基本的なコミュニケーションの一つであるばかりか、重要なストレス発散になっているようです。
電車やバスの遅れ、事務手続きの滞りや間違い、急なアポの取り消し・・・イタリアでは、そんな不便や不都合、不条理なことは日常茶飯事、したがって、それらが重なってかなりストレスフルな日になることも、多々あります。そんな時はともかく、「いかに自分が不運だったか」ということを誰彼かまわずしゃべるのです。やれ、卒論の相談のため朝5時におきて3時間かけてきたのに、大学に着いたら教授はいなかった、やれ、いつもは遅れるバスが2分早く行ってしまったのでバイトに遅れた、今日に限って責任者がいて怒られた・・・。つまり「自分はちゃんとやってるのに、不条理な目にあった」ということを、できるだけ詳細に、もうともかく立て板に水で語ります。そして、もちろん語っているときには、確かに憤っていたり落ち込んでいたりするわけですが、それを5回くらい繰り返しているうちに、どうも怒りが収まってくるようなのです。
これが、道端で会った友人や、車内と隣り合わせた他人(!)なら1回ですみますが、同居していたり、泊まりに来ていたりすると、同じ話を何度も聞く羽目になります。まず、本人から一日の全ストーリーを直接語りかけられ、その後、まずは母親、彼氏、たまに父親や、他の友人、次々かかってくる電話で、同じ話を飽きもせず全部しゃべるのですから!!!そして、しゃべり屋イタリア人の、これまた9割方は声が大きいので、どこで話していても全部聞こえます。
そんなしゃべり屋たちの間で、では聞き役に徹するのかというとそうではなく、うまくすきを見つけて、「そういえば私もこの間・・・」とこちらも同じ位苦労したことを、しゃべりだすのがコツです。ただでさえ「いかにストレスだったか」という話を、まともに全部を聞いていたら、こちらもストレスが溜まりますから。同じような不条理は、いくらでも見つかります。いつのまにか相手に構わず、同時にしゃべっていてもいいくらいです。
そういえば、道端や電車の中、時と場所を選ばず、携帯電話に向かって大声で語っている人もたくさんいますが、そういうのが案外メイワク、というか新たなストレスを生んでいるかもしれません。なにしろ、相手は携帯と話しているわけで、つっこめませんから。
でもこうやって、ともかく「誰かに話を聞いてもらう」というのは、一番初歩的なストレス発散法だと、以前仕事でメンタルヘルスの勉強会に参加したときに、確か学んだ気がします。さらに声が大きければ、体ごと、声とともに負のエネルギーを排出している感じで、よりよさそうですよね。
そんなプライベートなミニ悲劇を、どうせ「聞かされる」なら、いかにも面白おかしく語ってくれるほうがいいし、私もそういうふうになりたいと、日々精進中です。
長くなりました、ではまた。
Fumie
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