霧に包まれる仮の橋
霧の中の仮橋(よく見えませんが・・・)
アフガニスタンで、イタリアの主要日刊紙のひとつ、Corriere
della Seraの特派員が射殺されました。この戦争で初めてのイタリア人の犠牲者が、新聞記者、しかも女性(しかも美人!)だったということで、連日大きく報道されています。 サン・マルティーノの日
11月11日、ヴェネツィアではこの聖人を祝います。マルティーノは、父親が軍人にさせたくてマルティーノ(Martino,
Marte=軍神マルスに縮小接尾語-inoをつけたもの)と名づけたにも関わらず、宗教心が強い青年に育ちました。ある寒い冬の夜、着るものも食べるものもない貧しい人に、自分のマントを半分に切って、その人に与えたと言い伝えられる聖人で、馬、旅人などの守護聖人になっています。地域差の大きいイタリアでも、全国的に親しまれている聖人らしいのですが、ヴェネツィア人いわく、もちろん「ヴェネツィアの、古い古い伝統的なお祭り」。まず、一週間以上前から、お菓子屋さんに「サン・マルティーノ」が並びます。マント姿の騎士が馬に乗っている姿をかたどった巨大なクッキーに、チョコレート、クリームまたは色付きメレンゲなどを塗り、その上にチョコレートやキャンディーの包みを飾る、という、おいしそう!というよりは、なんじゃこりゃー???という代物。こういう場合、イタリアではありがちということがわかったのですが、センスがいいものにはなかなか出会えず、むしろ、センスを疑う、と言えるものがほとんど。しかも、形が形だけに壊れやすいのか、ヴェネツィア価格なのか、お値段も結構高め。そうはいっても、お菓子レポーターならぬ、おやつ小僧としては、もちろん試してみないわけにはいきませんでしたが。(というわけで、今回はウインドウに並ぶ、サン・マルティーノの写真を添付します。) あとは、手作り紙マントをはおった小さな子どもたちが、缶などのやはり手作り太鼓を打ち鳴らし、歌い叫びながら、家やお店を回り、小銭やお菓子などを寄付してもらっているところに出会いました。子どもたちのお祭り、という感じなのかもしれません。 ヴェネツィア流、初詣 そして、11月21日はサンタ・マリア・デッレ・サルーテのお祭り。町の中心、サン・マルコ広場側から見て、大運河の対岸に浮かぶ、白い丸いドームを乗せたこの教会は、ヴェネツィアに来たことがある人には、きっと見覚えのある姿だと思います。当日、この教会に向けて、対岸から仮の橋が設けられます。町の人々はぞろぞろと渡って「教会詣で」、17世紀に、ペストの終焉に感謝するために建てられたという教会に、無病息災を願いろうそくを供えます。やっぱり一応行っておこうかな、みたいな感じが、ちょうど日本の初詣みたいなものかな、と思いました。そしてもちろん、教会の周りには屋台が建ち並び、お祭りにはつきもののキャンディやナッツ類、綿あめ、そして、一番の人だかりは、うす〜い生地をふわっと揚げて、お砂糖をまぶした、要するにドーナツなのだけど、その場で揚げているのでなにしろ、においが教会を囲むようにただよっていて、たまらなくおいしそう。これも、ぜひとも食べてみたかったのですが、屋台前のおしくらまんじゅう状態の待ち人に対し、ひとつ揚げるのに何分もかかっていて、寒さの中でとても待ちきれず断念しました。でも、シチリア風、と書いてあったので、屋台のお菓子、ではあってもヴェネツィアのお菓子ではないようです。 ちなみに、お祭りに重要なお天気はといえば、サン・マルティーノの日は、彼が太陽を運んできて暖かくなるといわれているにも関わらず、その善行がいかに難しいことかを思い知らせるかのような冷たい雨、サルーテの日は、昼間は青空が広がっていたのに夕方から濃い霧がかかり、夜はやはり手袋の下で指が凍る寒さでした。 長くなりましたので、ここまでにします。 *聖マルティーノについての記述は、ペルージャ開始時代の教科書、なつかしの”Appuntamento
a…” Chiara e Piero Calmanti著、Guerra出版を参考にしました。 |