第51回 ヴェネツィア・ビエンナーレ

Jジャルディーニ、アルセナーレ会場ほか

Giardini, Arsenale, ecc Venezia

2005年11月6日まで

1895年にはじまった、現代美術の国際展、ビエンナーレの名の通り、2年おきの開催。
総合ディレクターは、初の女性、かつ初の2人、いずれもスペイン人で、マリア・デ・コラルとローザ・マルティネス。

会場:
ジャルディーニ会場;国別パビリオン。日本をはじめ、スペイン、オランダ、英国など欧州各国、米国、カナダ、オーストリア、ブラジルなど。元ユーゴスラビア、イスラエルなども。各国、既存の建物があり、毎回同じ建物を使うのが特徴。
イタリア館が、今回はイタリア・パビリオンでなく、コラルによる企画展「アートの経験」の会場として利用された。主催国イタリアのパビリオンが無い!というのが、事前にかなり物議をかもした。

アルセナーレ会場;マルティネスによる企画展「常に少し遠くへ」。

その他の国別パビリオン;ジャルディーニ内に建物を持たない国のパビリオンは、ヴェネツィア各地に点在。今回は、ジャルディーニ内と併せた全参加国が70、過去最大となった。

同時開催展;Lucian Freud, Hiromi Masuda

http://www.labiennale.org/it/arte/

アートとは何か。

かつて、多くの芸術家と呼ばれる人々が、周囲に評価されず極貧で一生を終え、没後何年もたってから、その作品が天文的な額で取引される・・・。それが芸術というものだとすると、凡人である私に、今、現在の、最先端のアートを理解するのはしょせん不可能なのかもしれない。
それにしても、どうだろう?果たしてここに参加する現代のアーチストたちは、既に多少なりとも名声を手に入れ、材料にしても道具にしても、あるいはおいしい食事や、寝心地のいいベッド、そんな必要なもの、欲しいものはそこそこ手にして、その上にたって、制作活動をしているのではないかと思う。
そう、これはビジネスなのだ。作品は、美の追求ではあり得ず、純粋な自己の表現というよりはむしろ、いかに他人をびっくりさせるか・・・そして、高く売るか。
芸術家は極貧であれ、などと言うのではもちろん無い。が、なんと言うのだろう、月並みな言葉で言うと、そういうハングリー精神みたいなものがあるのかどうか。
これでもか、これでもか、と、奇妙奇天烈、ゲテモノ趣味がたたみかけていた印象のある2年前に比べ、今回は一見きれいさっぱりまとまっている、そういう風に見えるから、余計そう思ってしまうのかもしれない。

奇をてらうのがアートなのだろうか。
暴力的なもの、おどろおどろしいもの、単にエロティックな映像、どれもうんざりだ。どうせ見るなら、美しいものが見たい。心を揺さぶられるというほどの体験は、難しいのかもしれない。せめて、なにか心惹かれるもの。

その中で、日本館は、案外よかったのではないかと思う。
もともとあまり大きくない建物で、1人の写真家、石内都さんによる写真展。多くのパビリオン、アーチストが一瞬芸を狙うごちゃごちゃの国際展の中で、一見それは控えめすぎるほど「静」である。が、中で、その写真が語りかけてくるストーリー。全く印象に残らないか、あるいはかえって強い印象を残すか、人によって評価が大きく分かれるのではないかと思う。
逆に、よくも悪くも、絶対に100%、印象に残るのが、アルセナーレ会場のUFO、森万里子さんの作品だろう。参加型の作品自体が既に独特の世界を演出しているが、この21世紀っぽい宇宙船が、ヴェネツィアの、元・アルセナーレ=造船場の中に、すっぽりとおさまっているのが、また面白い。こういうのは、ヴェネツィアでの展覧会ならでは、と思う。

2つのメイン会場に加え、ヴェネツィア中に分散する、各国パビリオンや、同時開催展。まだ半分もまわっていない。そろそろまた、残りを回ってみようかという気分になってきた。今度はどこかで、ぐっと惹かれるものに出会うかもしれない。考えてみたら、アートなんて、きっとそういうものなのだろう。

Fumie

12 agosto2005