展覧会とは、何だろう?
そう考えさせられる展覧会と言える。元々は、同じ部屋を飾るものとして、シリーズとして創作された作品、現在は世界各地の美術館にバラバラになっている作品を、一同に会して、オリジナルに少しでも近い状態を再現する。企画としては、もっとも考えやすいものつで、それでいて実現は案外難しい。まして、それが、大芸術家で、それぞれが1つでもそれぞれの美術館を代表する作品となっていたりすれば、なおさらだ。カルパッチョ。ひょっとしたら、イタリアン・レストランでみかける、牛肉のたたきを思い浮かべる方もあるかもしれない。あながち間違いではないのは、その前菜は、この画家を記念して、ヴェネツィアで考案された料理だからだ。
おおもとのカルパッチョは、15-16世紀のヴェネツィアを代表する画家の一人。時代にたがわず、聖母子の祭壇画、肖像などもあるにはあるが、その名を特に知らしめているのは、連作による物語画。物語、といっても当時のことで、聖書の物語か、あるいは、聖人の物語だが、そういった物語を風俗画を思わせるほど精密な詳細の中に描き込み、また特定の意味を忍び込ませるのにかけて、当時右に出るものはいなかった。
カルパッチョは、特に、ヴェネツィアでスクオラと呼ばれる同信会、同業組合に呼ばれ、各守護聖人の物語を次々と描いた。今回の展覧会は、そのうちの2つの同信会のために描かれたシリーズを、ひとところに集めたもので、1つは、聖母マリア、もう1つは聖ステファノの物語である。
映画を全編通して見るのと、その1こまを見るのとは全然違う。一堂に会して見る意味は、確かにあると思う。ただし、である。聖母マリアのシリーズは、どれもきれいな絵だけれども、もともとカルパッチョ本人というよりは、かなり工房の手が入っているといわれている作品。もう一方の聖ステファノの物語の方は、質は明らかに上回るものの、なんと、4枚のうちの2枚が、写真による原寸大の複製。先日見にいったら、さすがに本物と写真は分けて掛けられていてほっとしたが、初日には、なんと写真と本物が、断りもなく一緒に並べられていて、神経を疑った。
意味はないとは言わないけれど、展覧会としては「これだけ?」というのが正直のところである。これならば、元々、このアッカデミア美術館常設の、「聖オルソラの物語」の方が、より大作かつ何より傑作なのだ。カルパッチョを見るなら「聖オルソラ」と、スキアヴォーニ同心会へ出向いて当時の建物にそのまま残る「聖ジョルジョの物語」を見た方がよっぽどいい。
展覧会の難しさを思った。苦労して企画して、交渉して、準備して、大々的に宣伝して開く展覧会よりも、皮肉なことに、もともとそこにあるものの方がずっといいのだから。いや、もしかしたら、それによって、つい忘れてしまいがちな、今あるものに目を向け、再評価するきっかけになるのなら、それはそれで十分ある目的を果たしていると言えるのかもしれない。
Fumie
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