「日本、変化の芸術」 展
ジェノヴァ、パラッツォ・ドゥカーレ、キヨッソーネ東洋美術館
Palazzo Ducale e museo d'arte orientale EDOARDO CHIOSSONE, Genova
2005年8月21日まで

http://www.palazzoducale.genova.it/naviga.asp?pagina=2073
"Capolavori dal Museo
Chiossone. Stampe e dipinti Ukiyoe"
「浮世絵・版画と絵画、キヨッソーネ美術館所蔵名作品集」
"Avvolti nel mito.Tessuti
e costumi fra Settecento e Novecento dalla collezione Montgomery"
「神話の中の包み モンゴメリ・コレクションより、18世紀から20世紀の衣装」
"Manifesti d'artista.
1955-2005"
「アーチストのポスター、1955年〜2005年」
"Hiroshima-Nagasaki.
Fotografia della memoria"
「広島・長崎、記憶の写真」
Museo Chiossone: "Acqua
Fuoco Luce Fiori: bronzi dall'antichità al XIX secolo"
キヨッソーネ美術館「水 火 光 花、古代から19世紀のブロンズ」
| 2005年から2007年まで、春から夏にかけて3年連続で企画された日本美術展。3年間通してのテーマは「日本・芸術と変容(Giappone.
Arte e trasformaizoni)」。第1回にあたる今年は、パラッツォ・ドゥカーレでの4つの特別展と、キヨッソーネ東洋美術館での展示、という構成。 浮世絵に工芸品。広島・長崎。現代グラフィック・アート。どれもが日本であり、どれも、それだけでは日本の姿を語り得ない。この複合展はしたがって、大変面白い試みだと思う。だからこそ、欲を言えば、あと一歩、突っ込んでほしかった、というのが正直なところ。 残念だったのは、その展示法。特にモンゴメリ・コレクション。着物など布類を、目の高さに上から吊るして、しかも思い切ってガラスに閉じ込めることなく直接目にすることができるのは、すばらしい。が、仕切り代わりに、アルミだかなんだか、金属の薄い板をぐねぐねと曲げたもので、展示品を包み込むように巻いてあるのは、どうにもいただけない。もともと、美術館や展覧会の展示や順路の方法・設備が、独立した専門職として成り立っているイタリアでは、しばしば、本来は引き立て役であるはずの背景がうるさすぎる傾向にあるが、これはもう今まで見た中でも最低といってもいい。浮世絵を見ながら、隙間から別の部屋に何やらうねる金属が見えた時には、同時開催で何か現代アーチストの展覧会をやっているのかと思ったほど。バロック宮殿の中で、日本の工芸品を見せるのは、簡単ではないと思う。が、ほとんどが藍染めの、木綿の布。障子風のついたてか、白い和紙で仕切りがあれば、十分だったのではないか。この設営は、完全に逆効果だった。 もう1つは、繰り返しになるが、せっかくなら単なる同時開催ではなく、贅沢を言えばもう少し踏み込んで、クロスオーバーな試みが欲しかった。例えば、浮世絵の中で実際に登場人物が身に付けている衣装や、柄が、実際にはコレ、とか、この衣装は、こういう行事の時に着るもので、その様子は、この絵、その時に使う道具はこちら、とか。 幸い、あと2年この企画が続くという。次は何が出てくるのだろう?日本を語るのに、マンガ・アニメ・ゲーム文化はもはや外せないだろう。が、テーマがいわんとしている、「外国の文化を取り入れ、吸収し、独自文化を育てあげる日本」を見るなら、欲を言えば、南蛮文化到来、あるいはもっとさかのぼって、仏教伝来などを取り上げて欲しいが、どうだろうか? Fumie 10 agosto 2005 |