(2)仮名本『曽我物語』の本文の研究―章段の有無による分類を中心に― 文学研究科 博士一年 芳賀理知
仮名本『曽我物語』の諸本論は村上学氏の論が現在の通説であり、仮名本は甲類・乙類の2系統に大別され、乙類系本文に真名本系本文を取り入れ甲類系本文が成立したと考えられている。太山寺本以外の現存仮名本諸本は乙類巻・甲類巻の取り合わせ本であり、巻毎に本文を分類する他無い。本発表ではまとまった記事の有無により仮名本諸本の本文を分類し、従来の諸本分類の再検討を試みた。
全巻を通して大きな記事の有無から、実際に校合した仮名本4本を比較し、太山寺本を除く諸本間の記事の有無における異同は少ないことを確認した。また太山寺本が欠く記事のほとんどは本筋に関係無い挿入説話である。
次に、唯一諸本間で記事の出入りが激しい巻八の本文を分類し系統樹を作成した。巻八における乙類系本文の中には、甲類原型が祖本とした乙類系本文よりも前の段階の本文を祖本にする本文と、甲類原型が祖本とした乙類系本文よりも後の段階の本文が存在する。乙類系本文から甲類系本文が成立したとするのは否定できないが、現存する乙類系本文が甲類系本文に比べて古い本文を残しているとは限らないことから、乙類系諸本間の整理を再検討する必要が有ると考える。
◆芳賀理知氏の発表は、サンプルは少ないながら、古典研究において不可欠である諸本校合を行なった上での研究発表であり、乙類系統に分類される諸本間における異同の激しさを明示し、従来の諸本分類を再検討する必要があると示した。また、異同の激しい乙類系統の諸本間の関係を研究することで、『曽我物語』の需要の様子の一側面を見出すことを今後の研究の課題とする。質疑では、混態の多い作品の本文研究のためには、『源氏物語』の本文研究のように新しい系統学の方法について学ぶべきとの意見が出された。
(司会・ツァラヌ ラモーナ氏)
(3)『建礼門院右京大夫集』七夕歌群をめぐって 文学研究科博士課程五年 小林賢太氏
『建礼門院右京大夫集』は、高倉天皇の中宮徳子に仕えた女房・建礼門院右京大夫の家集である。他の一般的な家集と異なるのは詞書で、分量・内容ともに日記的でもある。しかし、いわゆる題詠歌群と七夕歌群は和歌のみが並び、集の中では特異な存在となっている。本発表では七夕歌群に焦点を当て、七夕歌群の発生背景や家集内部における役割を考察した。七夕歌群は、資盛没直後の叙述から再出仕歌群までの時間的空白を埋める役割があると考えられる。そこに七夕という素材が選ばれたのは、単に資盛との別れが秋であったからだけではなく、『長恨歌』や『源氏物語』等、七夕の別れを描いた先行作品の影響もあったと推測した。また、七夕歌群は数年間にわたり七夕に捧げてきた歌の中から、いくつかを選び出したという形式である。七夕は元来、女子の技芸上達を祈る意味合いもあった。七夕に歌を捧げるというポーズは数年間の時の経過を示すだけでなく、右京大夫が諸芸に秀でた女房であったことも関係しているのではあるまいか。さらに七夕歌群は後半になるにつれて、右京大夫自身の心情を反映した歌が多くなっていき、家集前半部の内容を反映した配列が施されている可能性もある。
◆建礼門院右京大夫集における七夕歌群について、右京大夫集における実情歌群と題詠歌群をつなげる意図を読み、右京大夫が様々な趣向で星を詠むことを論じた上で、その特異性を論じた。たしかに右京大夫ほど七夕に執着して読む歌人は少なく、以前より様々な角度から論じられてきた。本発表では述懐性をキーワードにただの題詠歌ではなく述懐性を読み取り、題詠歌ながら実情が籠められていると読み取るアプローチは慧眼と思われたが、フロアからの質疑では和歌の解釈が問題とされた。
(司会・梅田径氏)