2007年度4月例会(平成19年4月7日)
(1)中学の教科書で取り上げられる人物、平敦盛・忠度・那須与一について(修士課程3年・大津研・勝木 宏)
2007年度11月例会(平成19年11月10日) (1)宮内庁書陵部蔵『保元記』について(修士課程2年・日下研・藤田 哲子)
現在における平家物語の享受のされ方の一つとして、教育は大きな存在感を示している。そこで戦後の中学国語の教科書を中心として教育における平家物語の歴史を示した。まず教科書の典拠は何であるかをその変化が現れる時代ごとに四つの区分に分けて示した。次に、具体的に教科書における平家物語の歴史をやはりその変化が現れる時代ごとに墨塗り教科書から四つの区分に分けて述べた。その内容はやはり国語の学習指導要領に沿ったものであるが、区分の初めには平家物語を教科書に入れるべきかの可否が考えられており、中でも1952年頃から歴史社会学派によって「叙事詩文学」として平家物語は捉えられることで教科書に入れる必要があると考えられて入れられるようになったこと等を取り上げた。そして区分の中盤以降では入ることが当然となり内容の推敲が考えられていったことを述べて、特に1962年以降大きな変化が起こり、「忠度都落ち」が激減し、代わりに「扇の的」が中心になっていく歴史が存在することを示した。また他にも多くの平家物語の場面が教科書で取り上げられるようになり、戦後すぐには教科書からは失われていた「敦盛最期」が中学校の教科書でも復活することになったこと等を示した。
また平家物語の別の受容の形態として漫画や映画の話も加えた。特に漫画においては悪書追放運動に関連して55年代に作られた良書漫画と、1980年代以降に多く作られるようになった歴史副読本としての学習漫画の二種類が中心となって、平家物語を題材とした作品は作り出されていったことを示した。そして現在の漫画作品増加の背景には、社会における漫画の評価の上昇による影響の増大があるのであろう。
最後に平家物語は歴史の一場面を描き出した作品であり、そのため多くの解釈を生みやすい性質を持っている。従ってこれからも様々な関連作品を生み出していき、教科書においても新しい特徴が見つけ出されて載せられていくであろうと考察した。
◆平家物語の戦後享受史ということで主に教科書の問題を取り上げた。そのため、中学教科書に限定した意味や、研究の方向性について問う声があがった。また、戦後発達したテレビ・映画・紙芝居などの子供を取り巻くメディアについても目配りが必要との指摘があった。広く戦後の社会状況とその変化を押さえ、歴史社会学派の影響や当時の学会の動向なども視野に入れた上で論じるべき問題だろう。教育の問題を扱う以上、戦前までの教材のあり方や、教育論の変遷についても調べておく必要がある。(渡瀬 淳子)
◆『源氏物語』の古注釈書『弄花抄』成立に関して、肖柏の『源氏聞書』を入手した実隆がこれを数次にわたり増補して成ったとする通説(伊井春樹氏ほか)が否定され、肖柏自身によって増補された『源氏聞書』を実隆が基本的に忠実に書写していることが論証された。伊井説は島原松平文庫本『源注』の構成等を根拠としていたが、今回、詳細な調査によって『源注』には後人の手がかなり加わっていることが確認された。質疑では、実隆が『源氏聞書』を『弄花抄』と名付けた顕彰の意義、室町時代のさまざまな問答注のありよう、現存する國學院大學蔵『源氏聞書』の原型的性格等々についての指摘があった。(陣野 英則)
宮内庁書陵部蔵『保元記』は、昭和三十六年に日本古典文学大系『保元物語 平治物語』解説において「第九類 その他の諸本」として初めて世に紹介されて以来、注目されずにきた本である。本発表では主に該本の依拠本文を検証した。また、阿波国文庫本『保元記』との関係にも言及した。
該本が宝徳本系統本文を大幅に省略した本文に根津本系統の為朝説話を増補した本であることは、永積安明、犬井善壽両氏によって既に指摘されている。本発表では、宝徳本系統の中でも特に異文を有する陽明本系列本文が該本の依拠本文として想定されることを、本文の比較によって示した。また、同系列本文に根津本系統の為朝説話を増補した本が四本現存するが、該本とは為朝説話本文に相違があるため、該本はこれらの如き一本に依って作られたのではなく、その成立には陽明本系列と根津本系統、二系統(列)の本が関わっていると推測した。
最後に、該本と阿波国文庫本『保元記』の関係に触れた。阿波国文庫本『保元記』は戦災焼失しているが、同本に関する高橋貞一氏の報告から、書陵部蔵『保元記』に共通する特徴を有していたことが窺われる。今後、書陵部蔵『保元記』という作品の存在を考えていく上で何らかの手がかりとなるであろうことを述べた。※両本の関係について、原水民樹氏「『保元物語』書写・購求・考証・利用の諸相―江戸時代における古典学・古典籍愛好の一齣―」(二〇〇七年十二月「言語文化研究 徳島大学総合科学部」)の中に言及があったことを付言しておく。
◆標題の作品を正面から扱った初の研究であった。質疑では、現存本の書写年代や伝来が問われ、阿波国文庫本との関係から屋代弘賢周辺で成立した可能性もあるのではとする意見や、「為朝説話」を持たない系統の本に別系統の本から当該説話が補入された同様態の他伝本と、説話の補入位置を比べることによって、先行形態の踏襲という面から成立年代を推しはかれるのではとする意見があった。応答で言及された叙述傾向や乱認識の問題も含め、今後さらなる進展が期待される。(田口 寛)
◆「初学」という語に焦点を当て、源実朝の初学期における詠作活動を探った研究発表である。「初学」の意味を知るには、より多くの漢籍等に用例を求める必要はあろうが、一方で、定家周辺においてのみ「初学」の語が使用されていることには注目されよう。質疑でもこの点に注意を喚起する意見が多く、『吾妻鏡』での用例は、建永元年の歌会における詠作を以て定家が実朝を歌人として認定したこと示唆するものではないか、とする指摘等があった。和歌に傾倒していく「初学」期の実朝の姿を通して、幕府周辺における当時の複雑な内情が浮かび上がってくる。今後、さらなる研究の進展が待たれる。(錺 武彦)
日本文学史の時代区分についてどのような概説がなされてきたか──レジュメはそうした文学史テキスト上の言説を広範囲に渉猟しており充実していた。ぜひ入手されたい。発表そのものは現行の文学史区分に対する異議申し立てであり、いわゆる「資料」学の立場からする幾分アイロニーを含んだ内容であったが、理解できるものであったし、示唆に富んでいたといえるであろう。質疑においては発表者自身の寺院資料研究の立場・「宗教言説史」そのものが問われていた。いずれにしても「文化資源」研究よりする学問領域の変革・再編が藤巻氏によってなされる日は遠くない!?(横溝 博)