発表要旨

2012年度春の例会(平成25年3月23日)

(1)『弁内侍日記』の和歌表現 教育学研究科 博士一年 芹田渚氏
 『弁内侍日記』は、弁内侍が後深草天皇に出仕した宮廷生活の中で詠んだ和歌を中心とした日記である。本発表では『弁内侍日記』の和歌と、近い時期の後嵯峨院歌壇で詠んだ同じ題材、歌題の和歌とを比較し『弁内侍日記』の和歌表現の特徴を考察した。『弁内侍日記』の和歌は『古今集』や『源氏物語』、『貫之集』などのよく知られた和歌の言葉や発想をそのまま取り入れて詠まれている。一方で『宝治歌合』『宝治百首』といった題詠歌では、同じように『古今集』や『和泉式部集』を本歌としているが、本歌の言葉を元にしつつ今までにない新しい発想から歌を詠もうとしている。『弁内侍日記』の和歌は、殿上人との贈答や、儀式の賛美、宮廷の日常で話題になっている事柄をとっさに掛詞や縁語に取り込んで後深草宮廷を言祝ぐ非題詠歌であり、それは例えば『四条宮下野集』のような王朝時代の女房たちが得意とした詠み方である。また『弁内侍日記』には後嵯峨院歌壇や『続後撰集』編纂についてほとんど言及がない。題詠を主とする中世の和歌も詠みながら、非題詠歌を『弁内侍日記』に残しているのは、『弁内侍日記』が王朝女房日記に倣って書かれているからだと考えられる。

◆弁内侍の和歌詠作の特徴について、『弁内侍日記』と勅撰集所収の題詠歌の比較から詠み方に大きな差異があることを論じた。日記詠と題詠歌との違い、女房日記における和歌とは何かといった広い問題にも繋がる問題を提起し、様々な角度から弁内侍の和歌表現の特性を解明する発表であった。            
(司会・梅田径氏)

(2)『和漢名所詩歌合』をめぐって 文学研究科 修士二年 杜旖旎氏
 『和漢名所詩歌合』は、後京極摂政良経の三男、藤原基家(一二〇三―一二八〇)の自詩歌合である。本詩歌合の諸本を調査したうえで、名所の撰定方法、結番方法、漢詩の表現などを検討し、性格と意義について考察する。
 まず伝本については、底本とする宮内庁書陵部蔵本ほか三本を調査した。諸本に大きな差異はなくすべて同一系統である。次に、名所の撰定方法について考察する、題としての中国の名所が、中国漢詩、日本漢詩において詠まれる頻度を調査し、そのデータをもとに分析した結果、日本においてよく詠まれる中国の名所を先に選択し、残余は『白氏文集』で詠まれた地名、特に題に見える地名を採用したことが推測できた。続いて漢詩表現の特色について検討する。先行研究が指摘するように『白氏文集』の影響が大きいが、そのほか『和漢朗詠集』『新撰朗詠集』『本朝無題詩』、九条家周辺の人々からの影響も数多く見出せる。和歌から漢詩、漢詩から和歌へとすり寄せる表現が見られる。名所の組み合わせには、共通のイメージや故事、表現の近似などが看取され、有機的な結合を認めることができる。
 

◆杜さんは、まず伝本調査・本文検討という研究に必須ながら大変手間のかかる作業を丁寧に行われた。題の検討では膨大なデータを取り集め、基家が中国の名所を先に選択し結番した可能性と、残余における『白氏文集』の影響を指摘された。漢詩表現については、従来否定されていた漢詩と和歌のつながりを明らかにされ、先行研究を一歩進められた。今回の発表を通じ、杜さんの研究に対する真摯な姿勢を拝見した。今後は和歌の分析も進められ、詩歌合研究をさらに深められることを願うしだいである。
(司会・金子英和氏)

(3)流布本『保元物語』『平治物語』の成立と構想 文学研究科 修士二年 滝澤みか氏
 本発表では、『保元物語』『平治物語』の研究史の中でも、従来顧みられることが少なかった流布本(永積分類保元八類本・平治十一類本)に焦点を当て、成立期や内容の特質を中心に分析した。
 まず、これまで明確な決め手に欠けていた流布本の成立期の下限について、室町時代成立の『榻鴫暁筆』の記事に、流布本『保元物語』『平治物語』からの引用が見られることを報告した。その上で『榻鴫暁筆』の成立年代から、流布本の成立期の下限を、新たに十六世紀前半と提示した。
 次に、両作品の内容の特質について、敗者の扱いに着目し、二つの物語が異なる書き方をしていることを指摘した。それは物語が別の価値基準を持っているからこそ起こる違いであり、両作品の価値観を、流布本段階で独自増補されている批評記事や序文、繰り返される言葉の分析を通して検証した結果、流布本『保元物語』は〈秩序〉を、流布本『平治物語』は〈武士の振舞い〉や源氏一族を重視することで話を作り上げていると考えられる。先行研究では流布本は一貫性がなく、文学的価値がないとされてきたが、流布本は流布本なりの編集意図を持って物語を改作しているのである。
  

◆他の軍記物語と同様、『保元物語』にも様々な諸本がある。従来の軍記物語研究は古態本を重視する傾向が強かったために流布本等の後出形態の伝本の研究は手薄なところがあった。そういった中で滝澤氏は『保元物語』の流布本に注目された。氏の発表の中で特に注目すべき点は、『榻鴫暁筆』に流布本本文が引用されていることを明らかにした点である。これにより、漠然と近世の成立かと思われがちであった流布本本文の成立下限を、室町時代中期にまで遡らせることができたのである。原本を確認すべきなどの指摘も寄せられたので、それらの指摘を踏まえた、すばらしい論文の発表が待たれる。
(司会・和田琢磨氏)
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