Switzerland  (2005.8)

(その1)

8月2日(火)

夏季休暇を利用してスイスへ。スイスにはこれまで二度訪れたことがある。一回は大学の卒業旅行の途中、二日間のみ滞在した。スイスは観光地として代表的であるが、この卒業旅行は都市巡りが中心であったこともあり、ドイツからフランスへ抜ける途中での「中継ぎ」程度にしか予定していなかった。それでも、ドイツの「黒い森」地方から列車で国境を越えた途端に、車窓の風景が一変し、インターラーケンやグリンデルワルトで目の覚めるような山村風景が広がるのを見るにつけ、やはりこの国の自然は超一級であると感じたことが強く印象に残っている。二度目は留学中に、ツェルマットよりやや東のサーズ・フェーに行ったときであるが、この回はスキー旅行だったため、通常の観光はあまりしていない。何度も訪れているドイツ、フランス、イタリアなどの国に比べ、スイスについてはやや手薄と感じたこともあって、この夏の機会に本格的に回ることとしたのである。

今回は5泊6日の日程であるが、日本人のツアーさながらにスイス全土をほぼ横断する野心的なスケジュールを組んでしまった。

1日目 ジュネーブ着、泊。
2日目 ツェルマットへ移動。
3日目 ツェルマットからトゥーン湖を経てインターラーケンへ移動。
4日目 ユングフラウヨッホ観光、インターラーケンに連泊。
5日目 インターラーケンからブリエンツ湖を経て、ルッツェルン観光の後、チューリヒ着。
6日目 チューリヒ発、帰国。

個人旅行なので日中の行動は自由であるが、往復のフライトとホテルは全て予約してしまっているため、滞在場所に関してはほとんどフレキシビリティが無い。今回の旅行で鍵となるのは天気である。旅行の際にはほぼ常に晴れの方が望ましいのは当然だが、美術館や史跡中心の旅に比べ、今回のように自然中心の旅は特に天気によって大きく左右される。しかも、マッターホルンやユングフラウヨッホの観光は、単に晴れというだけでなく、雲がほとんど無いほどの好条件でなければ十全にその魅力を味わうことができない。本来は、一箇所に最低でも数日間滞在すべきであり、そうすれば良い天候の日に巡りあう確率も高くなるわけだが、そのような余裕はなく、ほぼ一点勝負である。これまで、旅行の際の天気運?には自信があり、ここ一番ではほぼ必ず晴れていたような気がするが、果たしてその運が今回も通用するだろうか。

まずはスイス航空でジュネーブヘ。ジュネーブ着、チューリヒ発という、いわゆるマルチプル・トリップであるにも関わらず、航空券は税込みで115ポンド(約2万3000円)と、中々のお買い得。往路はLondon City Airportから。ロンドンには5つの空港があり、その代表的なものはHeathrowで、日本便の発着はほぼ常にここである。Stanstedは5つの中では最も市内から離れているが、RyanairEasyjetという超格安航空会社の拠点となっているため、非常に利用頻度が高い。その他、GatwickLutonも数回利用したことがあるが、このCity Airportを使うのは今回が初めてである。非常に小さい空港だが、City Airportというだけあって、最も都心に近く、利便性が高い。新金融センターであるCanary Wharfから、シャトルバスが10分毎に出ており、15分程度で着いてしまう。今年の12月からは、Dockland Light Railway(モノレール)が乗り入れるようなので、さらに手軽になるだろう。もっとこの空港を利用できる機会が増えて欲しいものである。

ジュネーブへは1時間40分程度で到着する。飛行機が降下していく際に、レマン湖と、ジュネーブのシンボルである大噴水も見える。

ジュネーブは国際機関の集中する都市である。以前、大学の卒業旅行で訪れた際には、国連ヨーロッパ本部を見学した。仕事の関係で最も縁が深いのは、その隣にあるWTO(世界貿易機関)であるが、残念ながらこれを訪れたことはない。

今回の旅程においてこの街はとりあえず足がかりであり、あまり見学の時間は無い。とりあえず、遊覧船でレマン湖を一周する。間近で見る大噴水は格別の迫力だ。この噴水は1891年から稼動しており、毎秒500リットル、時速200kmの速度で吹き上げられた水流は140メートルの高さに達するという。

この夜は、ジュネーブ代表部に勤務する先輩と会い、夕食をご馳走していただいた。伝統的なスイス料理で定評のあるLes Armuleという店に連れて行ってもらう。店内に入った瞬間、チーズとワインの香りが漂ってくる。隣のテーブルの人々はチーズフォンデュを食べていたが、我々はやはり代表的なチーズ料理であるラクレット(Raclette)を注文。これは、チーズフォンデュほど液状化はしていないものの、熱で溶かしたチーズがじゃがいもと共に皿の上に載って出てくる。そのチーズをじゃがいもや付け合わせのパンにからめて食べるわけである。チーズフォンデュほどくせがなく、また飽きもこない。そしてメインとしては、ペルシュ(Perche)のムニエルをいただいた。ペルシュとは、レマン湖で獲れるヒメマスのような小魚で、これが数匹、ワインとバターで蒸したものが出てくる。やや淡白だが、あっさりとしていて美味しい。

食事の後、近くの居酒屋でビールを一杯飲む。我々は普通にジョッキで飲んだが、多人数のテーブルでは、1メートル以上もあるような長い円筒に何リットル分かのビールを入れたものが運ばれてきており、各人が筒の下部にある蛇口からめいめいにビールをジョッキに注いでいるのが面白い。

8月3日(水)

ジュネーブを出て、列車でツェルマットへ向かう。「チザルピーノ」と呼ばれる、ミラノ・ヴェネツィアまで達する長距離特急で、国境を越える旅については予約が必要だが、スイス国内では予約なしで乗ることができる。列車はニヨン、ローザンヌ、モントルーといった都市を過ぎていくが、進行方向右側の窓際に陣取ると、ほぼ常にレマン湖の眺めを楽しむことができる。ジュネーブではあまり天気はぱっとしなかったが、良い具合に東に進むに従って太陽が出てくる。これはうまくツェルマットで晴れるだろうか。

ブリークという駅でツェルマット行きの登山電車に乗り換える。登山電車は車両が少なく、団体貸切の車両などもあり、座席はほぼ満杯である。この路線は、有名な氷河急行(Glacier Express)も通っている。

ツェルマットの村に着く。ツェルマットは電気自動車以外の車を一切周囲から閉めだしているのが特徴で、観光客にとっては天国のような場所だ。

幸いなことに山岳地帯はほぼ晴れているが、ツェルマットでは雲が多く、マッターホルンの姿は確認できない。インフォメーションセンターには、数日分の天気予報が張り出されており、また、ロートホルン、ゴルナーグラートといった主な展望台の光景がリアルタイムで放映されている。麓から見ると晴れているにも関わらず、展望台は一面灰色に包まれているようだ。これでは登っても意味が無い。

とりあえず比較的簡単に登れる(とはいっても2000メートル以上だが)スネガの展望台に行くが、やはり展望台付近は完全に雲がかかってしまっている。しかし、ここから降りていくハイキングコースは気持ちがよく、山中のフィンデルンの村には、「ねずみ返し」と呼ばれるねずみを防ぐ構造を残した古風な小屋が立ち並んでいる。ハイキングコースは山林の中に入り、かなり急な下り道が続くため膝に負担がかかったが、途中、木々の合間から、マッターホルンの一部がついに姿を現した。しかし、頂上付近は雲で隠されており、その独特の形を識別できない。

ツェルマットに降りても、未だに天気は好転しない。街中にいても仕方がないので、登山電車で隣の駅のタッシュ(Tasch)まで行き、そこからハイキングコースを通ってツェルマットまで戻ってくることとした。コースはほぼ線路と並行であるが、途中に程よく山があり、手軽に楽しむことができる。

ツェルマットに戻り、夕刻を過ぎると、徐々に雲が晴れてきた。村の中央を通るマッターフィスパ川の向こうに、かすかにマッターホルンの姿が見えている。川に面したOld Zermattというレストランのテラスに陣取って、食事をしながらマッターホルンを観察することとした。Geschnetzeltes(ゲシュネッツェルテス)という、スライスした牛肉をマッシュルームソースで煮込んだ伝統料理を食べる。味は悪くないが、マッターホルンの方が気になってあまり料理の方には集中できない。山を覆う雲は常に動いており、ようやく山頂が見えたかと思うと、それ以外の大部分が雲に覆われていたり、逆に中腹部が晴れているときは山頂が隠れていたりと、なかなか全容を見ることができない。しかしやがて、ちょうど雲の切れ間が重なり、マッターホルンのほぼ全体が姿を現した。その瞬間、周囲から拍手が起こり、レストランのテラスにいた客たちも一斉に席から立ち上がって身を乗り出して見物に赴く。夕日にオレンジ色に輝く山肌が美しい。

ツェルマットから見上げるマッターホルン

8月の最中でも、高地であるツェルマットの夜は冷える。寒さの中でしばしマッターホルンを鑑賞した後、ホテルに戻ると、ホテルの部屋のテラスからもマッターホルンが見えている。チェックインしたときには曇っていたため気付かなかったのだ。ちなみにこのホテルは、スイスとしてはかなり手頃な値段であるにも関わらず、駅の真正面という好立地で、全室広い浴槽にジャグジーまで付いている。また、朝食はわりときちんとしたビュッフェだが、希望すれば6時台の早朝から用意してくれるなど、良心的だ。

8月4日(木)

この日は満を持してゴルナーグラートに登ることとする。7時10分の始発の登山電車に乗るために早起きする。テラスに出てみると、雲のかけらもない快晴だ。これは素晴らしい。

朝早いが、かなりの人が登山電車に乗り込んでいる。電車が登っていくにつれ、マッターホルンが間近に見えてくる。昨日、あんなに苦労したのが嘘のように、一点の曇りもない姿を惜しげもなくさらしている。

電車は約40分かけて、標高3089メートルのゴルナーグラートに到着する。展望台からは、まさに満開のマッターホルンが正面に見え、眼下にはゴルナー氷河が広がり、その上には4634メートルのモンテ・ローザが朝日に輝いている。これは絶景というほかない。


標高3000メートルを超すゴルナーグラート展望台からのマッターホルン





勇壮なゴルナー氷河






しばし眺望を楽しんだ後、山道を下り始める。登山電車で二つ下の駅であるリッフェルベルグまで歩く予定だ。付近は氷と岩に囲まれ荒涼としているが、それほど急ではなく、案外歩くのは楽だ。他にも同様のルートを辿る人々がいるかと思いきや、誰も後ろから付いてこない。皆、そのまま登山電車で下りるのか、あるいはさらに上を目指すのか。斜面を下っていく間、正面には常にマッターホルンが視界に広がっている。自分とこの山との間を遮るものは何も無い。広大な空間の中で、後にも先にも自分一人であるかのような大いなる開放感に浸る。


マッターホルンを満喫するハイキングコースもよく整備されている


ローテンボーデンを過ぎ、リッフェルゼーへ。湖面に映る「逆さマッターホルン」で有名な湖だ。湖のほとりには一人のスイス人らしき若者が三脚付きのカメラを脇にぽつねんと座っている。

It’s great, isn’t it?」「Yes, I like here very much.」彼と一言二言交わす。この風景を前にして、多くの言葉はいらない。澄んで静かな水面には、絵葉書で見た写真のように、きれいに山の稜線が映っている。


リッフェルゼーに姿を映すマッターホルン


リッフェルベルグへ向けてさらに下っていく。徐々に緑が出てくる。高山植物らしい紫色の花も美しい。相変わらず、空には雲ひとつなく、常に完璧なマッターホルンの姿が見えている。まさに満喫である。

そしてリッフェルベルグから下りの登山電車に乗る。まだ昼前であり、下る人はほんのわずかだ。こんな最高の条件の中でツェルマットを離れるのが実に惜しいが、今後の旅程がある。麓に着いてみると、ゴルナーグラート行きの電車のホームは、早朝とは比べ物にならないぐらい賑わっていた。自分は既に一足早く、最上の部分を楽しんできたという満足感がある。


快晴のツェルマット。氷河の溶けた川はミルク色をしている。

続く(その2へ)

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