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Date:21/November/2006 Media:週間サッカーダイジェスト 2006.12.5 No.871 Title:【日本代表特集】オシムジャパン2006総決算 共有され始めた輪郭 厚みのある攻撃を見せた日本が堂々の1位通過 【本文よりー】 ……そんな停滞ムードを振り切ったのが、中村憲だった。10分を過ぎたあたりからパスの受け手として頻繁に顔を出し始めると、11分にはワンフェイクから素早く前線へ展開、14分には鮮やかなサイドチェンジで攻撃の起点となり、2分後にはワンタッチパスでチャンスを広げた。 中村憲が奏で始めたリズムに乗って、チーム全体にも連動性が生まれていく。…… 出場メンバーの採点および寸評ーMF 53 中村憲剛“6”、“左右チェンジやスルーパスで攻撃を活性化。スタミナに難あり”。だそうだ…。この記事で一番大きく扱われているのが、憲剛選手のショット!!なかなかカッコイイショットです♪この記事の扉にも、憲剛選手が登場!!嬉しいですね♪ Title:06オシムジャパン総括対談 7戦で見えた課題と光/相馬直樹×金田喜稔 「憲剛がボールを持つことで全体が前を向けた」(相馬) ☆サウジアラビア戦についての感想 相馬/…そのきっかけとなったのが11分の(中村)憲剛のプレー。ボールを受けた瞬間にターンして前を向いたことで、中盤でタメが生まれ、両サイドの選手も安心して前へ出ることができた。… 金田/…我那覇、中村憲という川崎で培ったホットラインがあり、それを生かそうとした巻の頭の良さもあった。… 「走るサッカーで大切になる“止まる”プレー」(金田) 金田/…コンパクトに保った中盤で、中村憲のように「止まる」プレーをすることが大切だ。「止まる」ことによって相手守備陣も一瞬止まり、後方からの飛び出しや3人目の動きによって、より済む^ズに最終ラインを突破することができる。 相馬/憲剛は相手の最終ラインの裏へ抜ける動きはしなかった。もし彼がそういう動きをしていたら、ダイレもトップ下の位置でボールを受けようとしないから、タテへ蹴るだけのサッカーになってしまう。 金田/中村憲があそこで受けて、チームとしていい距離感を保てた。 相馬/…その役を代表では憲剛が務められるのではないかと思っています。… さすが、川崎Fのチームメイトとして憲剛選手のプレーや考え方を間近で感じて来た相馬氏だからこその対談…。やっぱり憲剛選手なくしては語れない、2006、そして2007オシムジャパンなのであります♪ Title:2006 J LEAGUE CLIMAX / チームレポート・川崎フロンターレ インタビュー伊藤宏樹Hiroki ITO (川崎フロンターレ/DF) 【本文よりー】 憲剛の代表入りで自信 ……「(中村)憲剛が代表に選ばれたのも大きかった。今季のウチの象徴的な選手である憲剛が認められたことで、ウチがやってきたことは間違っていなかったんだなって自信がもてましたから」 川崎フロンターレ/3位 手に入れた「逞しさ」 レギュラー4人を欠く苦しい一戦を総力戦でモノにし、望みを繋ぐ 【本文よりー】 ……浦和との緊迫した一戦で、本来持っていた攻守のバランスと連動性、全員攻撃・全員守備のスタイルを呼び起こす。この試合は惜しくも引き分けたが、「勝点3に勝るとも劣らないモノを手に入れた」(中村)試合になった。…… ……残りはあと3試合。「このチームはまだまだ伸びる」といったのは中村だ。箕輪は「このチームは未完成だから、面白い」と言う。首位との勝点差は関係ない。今より少しでもチームを完成形へと近づけるーそうすれば結果は自ずと付いてくる。 Title:2006 J1 LEAGUE 31節 シュート2本で2ゴール 出場停止で4人を欠く川崎が、土壇場に谷口のゴールで勝利 “ホベルトの厳しいマークに苦しみ、ボールを奪われる場面も。ミスもあった。”、採点は“6”というのが、この誌における憲剛選手への評価。あんな執拗なマークに遭っては、憲剛選手もさぞかし大変だったことと思います。何度も倒されつつも、何とか大事に至らなかったようで、ひと安心でありました♪ Title:スーパーサブッ!!劇場 『優勝戦線異状あり』と題する、4コマ漫画に、関塚監督を筆頭に、憲剛選手、我那覇選手が登場!!あの後味の悪いFC東京戦を題材にしたもので、落ちに“コンノヤロー”というもの…。。。う〜ん。。。 |
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Date:21/November/2006 Media:週間サッカーマガジン 2006.12.5 No.1111 Title:SPECIAL Climax! Jリーグ、再び混沌 〜三強「優勝」への条件は? 川崎F、望みを繋ぐ勝利 まだ、何かある 苦しみながらも結果を出した川崎Fが望みをつなぐ 【本文よりー】 ……前節・FC東京戦では、二人の退場者が出てよもやの逆転負け。この福岡戦もブラジル人トリオに箕輪義信の主力4人が出場停止だった。加えて、我那覇和樹と中村憲剛が11月15日のサウジアラビア戦に、谷口博之が14日のU−21韓国戦に参加していたため、16日の紅白戦では先発組に入るはずの我那覇、中村がりがバリーのため参加できず、コンビネーション練習もままならなかった。…… ……中村も「底上げができている。次に繋がった」と満足げな表情だった。 “疲れからか、ボールを失ったピンチを招く。攻撃の起点にはなった”というコメントで、採点は“5.5”。それだけのコメントでは説明し切れない、憲剛選手にとって、試練と困難とを乗り越えた一戦だったと思う。8番ホベルトの執拗なまでのマークというのか何というのか…。陰に回って、チームを良く支えてくれたと思います♪ Title:Football-Journal 2006 File.1 日本代表リポート 〜2006年度・オシムジャパン総括 見えてきた課題と期待〜 アウトサイド予備軍は多士済々。 最大のテーマは、リーダーの発掘だ。 【本文よりー】 積極的なアタックと試合運びのまずさ ……サウジアラビアは、左右のMFが中に入って開けたスペースにサイドバックの選手が絡んで、サイドからの攻めを仕掛けて来た。それに対して、日本も右の中村憲剛と加治亮、左のアレックスと駒野友一の2人を使い、サイドから仕掛けて対抗。この対策がうまくいき、サイドで優位に立つことができた。…… ……こうして主導権を握った右サイドで、中村が角度やスピードに変化を付けながら、アイディアにあふれる攻撃を組み立てた。 19分、日本の波状攻撃がCKにつながり、中村のCKから最後は闘莉王が決めて先制。…… 複数のポジションで人剤の発掘が必要だ ……最大の例外は、ガーナ戦から招集され、インド戦で初先発し、今や日本代表の攻撃の中心となった感のある中村くらいか。…… 下の世代と意思疎通は十分 若い才能をどう加えるか ……サウジアラビア戦の後「スコットランドにいる中村が、日本に新しい中村が表れたことにショックを受けるといい」と発言し、中村俊輔に対してメッセージを発したように、最近はオシム監督が海外組に言及することが多くなっている。…… Title:2006>>>2007 オシムジャパン総チェック&展望 ベース作りから融合へ 飛躍の1年が始まる 《オシムジャパン出場記録》 MF/中村憲剛 1980年10月31日/175cm、66kg/川崎F/出場記録:3試合1得点/平均採点:6.5/寸評:初選出は遅かったが、そのガーナ戦から一気に定位置取りをアピール。ぶれない技術が光る なんと、つい1ヶ月ほど前、代表に初選出、初出場という、遅ればせながらの、まだまだ初心者マーク付きの代表戦歴の憲剛選手であるけれど、いやいやどうして、オシムジャパンのMF部門では、堂々の1位を飾っている。2006、そして2007へ…。中盤はやはり、憲剛選手なしには語れないでしょう!? |
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Date:20/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/20・21日号 No.323 Title:J1 第31節 マッチレポート 川崎Fは死なず。勝ち点3以上の成果 こちらエルゴラ紙では、“消される時間多し。課題の出た試合だった”として、憲剛選手の採点は“5.5”。というのも、やはり憲剛選手に期待が寄せられている、何よりもの証拠であると思います♪それでもやはり、素晴らしい結果の出せた一戦でありました♪おまけに、憲剛選手の母校、久留米高校が、全国高校サッカー選手権大会への切符をてにしたというNEWSも…。本当に素晴らしいです♪おめでとうございます♪ |
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Date:16/November/2006 Media:SPORTS Yeah! No.153 Title:連載第2回/日本代表インタビュー 中村憲剛川崎フロンターレ/MF 「サッカーのない人生なんてありえない」 次世代の日本サッカーのかくとなるべき原石を探る連載企画。第2回は、25歳で代表デビューを果たした遅咲きのボランチの実像に迫った。 【本文よりー】 ……今季、浦和、G大阪と共に優勝争いを演じる川崎フロンターレにおいて、中村憲剛の活躍は目覚ましい。広角にパスを散らし、鋭いくさびのボールを入れる。ぐさりとえぐるスルーパスは異彩を放っているし、機を見てドリブルで上がって撃つミドルシュートは豪快そのもの。すでに挙げた8得点は下がり目のMFとしては傑出した記録とも言える。ゲームを作り、パスを打ち込み、得点も狙えるJ屈指のボランチとして、名声は高まる一方である。…… ……今年10月、中村はガーナ戦で日本代表にもデビュー。続くインド戦では中距離から威力あふれるシュートで初先発初得点を記録した。 「オシムジャパンと言われてもオレはまだ2試合しか出ていないからピンとこなくて。でも川崎でのプレーが評価されて呼ばれたわけだから、それを出していきたい」と謙虚だが、新生日本代表においても急速にその地位を固めつつある。 しかし、ドイツW杯が終わるまで彼の名前を知る人間は限られていた。 「オレは無名っすから」 彼は悪びれずに言った。 「小学校の卒業文集には、将来の夢はプロサッカー選手になりたいと書いたと思います。けど、なりたいけど、なれるわけがないと思っていました」 中村は肩の力を抜いた様子で説明する。 「Jリーグが始まったくらいの頃で、漠然とTVで試合を見たりして、凄いな、とは思っていたんですけど、自分がなるのは無理だろうと。ただひたすら試合をして、点を取ったりする、というのが楽しいなと思っていましたね。誰に言われるというのではなく、自然とトップ下みたいなポジションをやっていました。パス出しよりは、受けてドリブルしてゴールをするのが嬉しかった。とにかくサッカーできるだけで楽しかったんです」…… 「自分は小さかったので、工夫してプレーしなければ大きな相手に簡単に潰されちゃう。だから練習からどうすればボールを相手に触られないでボールを受けるか、を考えていましたね。例えばボールを受ける前に、一度相手の視野から消えたり、どこにいたら相手がいやがるか、とにかく裏をかくような動きをいつも意識していました」…… 中央大サッカー部に入ったのも「小さい頃からこれだけサッカーにどっぷり浸かったんだから、離れたくない」という野心なき理由だった。 「入部してすぐはドベ。オレはスピードも、パワーもなかったし、周りを見回すと高校時代はサッカーで有名だったんだな、という人ばかりで。みんなに取っては普通の連取が僕にとっては中身が濃くて。だからプロなんて考えるだけでもおこがましかったんです。」 大学3年の時だった。彼は地道な努力を重ねて背番号10を付けてプレーするようになるも、関東大学リーグ1部に在籍していた名門を2部に降格させている。50年以上守ってきた1部の伝統を汚した…中村は、「自分が戦犯だ、という気持ちは強勝ったです。周りもそう思っていたはずだし」と自責の念に駆られた。降格が決まった晩は、浴びるほどに酒を飲んだ。 「当時は、大学サッカーがオレにとって世界のすべてだったんで」…… 「大学4年の時は、1部に上がることだけを考えていました。就職活動も合ったんですけど、チームを抜けたくなかったんで、リクルートスーツも一度も着なかった。その頃初めて、プロ選手になろう、と考えるようになりました。主将としてプレーするようになって、結構アシストも決めて。2部ではあったんですが、結構やれているな、と自信もついていました。1、2年の時はJのサテライトと練習試合をしても歯が立たなかったんですけど、4年になるとJのクラブとやってもできなくはない、という感覚を掴んでいて。大学のコーチにJの練習に参加させてもらうように頼んで、それが川崎だったんです」…… 「オレは先を見てやるよりも、地道に一日一日を行きていくタイプだから、そのスタンスはプロ担ってからも変わっていないし、これからも変わらない。だから2010年W杯というのも実感はないというか。まずは普段の練習からやらなければ、先なんて何もないから。オレは昔からそういうスタンスなんです」 「バルサにいたグアルディオラは、チョー好きでしたね。見事なまでにボールを収めることができて、しっかり繋ぐことができるから味方も信頼するし、もうビデオで何度も見ましたよ。中盤にいる彼からすべてのプレーが始まるんで、当然相手もケアして来るんですけど、マークは関係なし。ボールがたくさん彼を経由して回って、うわー、楽しいだろうな、こんな風にできたらなーって。オレもボール触るの好きだし」…… 「ドイツW杯のときは存在感がありすぎてチームにとけ込めず…なんて報道は聞きましたけれど…。ホントのところは分からないんですけど…プレーヤーとしては好きなんですよ、オレ。中田選手が3-5-2のボランチを代表でやるときとかは食い入るように見ましたね。やっぱり存在感があるし、縦に凄いくさびを打ち込むのが印象的だった。強すぎるな、と思うこともあったけど、やっぱりあそこで強く打ち込まないとゲームが動かないんじゃないかな、と思っていました。 実は自分もFWにああいうくさびを入れるべきと思っていたんです。中田選手の姿を見て、間違っていなかったんだって思いました。ボランチが横パスを出すのは簡単なんですけど、縦にくさびを打てばやっぱり何かが起きるんですよね。川崎も前を向くと怖いFWがいるので、まずは前に預けてというのは考えていますよ。そうすれば今度はサイドも空いてきたりするんで」 箕輪義信は「昔は前に出るところと、後ろに引くところのバランスがまだ不安定だった。でもいつからかどっしりと構えるようになれて、もらってさばいて前に出ていく、というプレーが本当に良くなった。後ろから見ていても本当に上手くなったな、と思うし安心できるようになりました。もともと上手い選手でしたけど、悪い意味でのがむしゃらさがなくなって、いい意味での計算高さが出てきたんじゃないですか」 「プロになっていなくても、どこかでボールは蹴っていたと思いますよ。草サッカーでもいいからやりたいと思っていましたから。サッカーのない人生なんて自分にはないというのがあったんで」 遅咲きの26歳は、野に咲く花のようにひっそりと逞しく、いつか艶やかに。 内容も読み応えがありましたし、掲載されている写真がGOODで、嬉しかった、記念すべき一冊です♪是非とも、大切にしたいです♪Thank You♪♪♪ |
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Date:15/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/15・16日号 No.321 Title:J1 第30節 マッチレポート これぞ脅威の“東京劇場” 何とも後味の悪い一戦ー。この試合においては、“数的不利となってからは守備に奔走”とあり、採点は“6.0”というのが憲剛選手に対する評価である。どうぞ、気持ちを上手く切り替えて、代表戦へ♪ Title:日本代表 JAPAN NATIONAL TEAM 日本サッカー未だ再建中 オシムジャパン2006“最終形”の実力 《Condition CHECK!》 11.15 サウジアラビア戦日本代表メンバー MF 53 中村憲剛 川崎F/25 175cm/66kg ●J1第30節採点6.0 ●J平均採点6.37 「気負わず淡々と」新司令塔を狙う。遠藤不在のチャンスに「フリーマン」を独占状態に このコンディションチェックで面白かったのが、憲剛選手よりも、佐藤寿人選手についての紹介文…。「ウイイレでは憲剛に惨敗したらしい」とある…。さすが!!憲剛選手は、強い!!オンでも、オフでもサッカー浸りの憲剛選手においては、ウイイレもさぞかし!!と思っていたら、ほら、この通り!!なんだか、チームメイトと上手く交流を図ろうとしている憲剛選手らしい一面が感じられてきた一文でありました♪ |
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Date:15/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/15・16日号 No.321 Title:J1 第30節 マッチレポート これぞ脅威の“東京劇場” 何とも後味の悪い一戦ー。この試合においては、“数的不利となってからは守備に奔走”とあり、採点は“6.0”というのが憲剛選手に対する評価である。どうぞ、気持ちを上手く切り替えて、代表戦へ♪ Title:日本代表 JAPAN NATIONAL TEAM 日本サッカー未だ再建中 オシムジャパン2006“最終形”の実力 《Condition CHECK!》 11.15 サウジアラビア戦日本代表メンバー MF 53 中村憲剛 川崎F/25 175cm/66kg ●J1第30節採点6.0 ●J平均採点6.37 「気負わず淡々と」新司令塔を狙う。遠藤不在のチャンスに「フリーマン」を独占状態に このコンディションチェックで面白かったのが、憲剛選手よりも、佐藤寿人選手についての紹介文…。「ウイイレでは憲剛に惨敗したらしい」とある…。さすが!!憲剛選手は、強い!!オンでも、オフでもサッカー浸りの憲剛選手においては、ウイイレもさぞかし!!と思っていたら、ほら、この通り!!なんだか、チームメイトと上手く交流を図ろうとしている憲剛選手らしい一面が感じられてきた一文でありました♪ |
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Date:10/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/10・11日号 No.320 Title:J1 第30節 マッチプレビュー KAWASAKI F. PREVOEW COLUMN 残り5試合。勝ち続けるしかない 【本文よりー】 ……まさにリーグ戦の醍醐味が出ていると言える終盤戦だが、ただ厳然たる事実として、川崎Fに自力優勝の可能性はない。そうした現実を理解した上で、たとえば中村の「先は見えないし自力はない。とにかく勝つ士官合い。そういう意味ではいい精神情愛ですし、開き直りの心境です」という言葉に代表される境地に川崎Fの選手は達している。とにかく残り試合を一つずつ勝っていくしかないのである。…… ……川崎Fは中村を司令塔に、高い娯楽性を現実しつつ勝ち点を積み重ねて来た。もちろん、戦術的な見直しは常に欠けており、意図的にディフェンシブに勝った事はあったが、残り5試合は積極的な攻撃的サッカーを展開してくれるものと期待している。ちなみに中村は「(FC東京とは)去年から戦ってきて3分けなので決着を付けたいですね」と意気込んでいた。いずれにしても、優勝のために負けられない戦いが続く。 負けられない!負けられない!!そう、一戦たりとも、負けられない!!!優勝までの道のりは決して甘くはないだろうし、そう簡単なものではないと思うけれど、今持てる力の限りを尽くして、一戦一戦を丁寧に、大事に戦い抜く事こそ、今後に繋がっていく事と思う。残り5戦ー憲剛選手と共に、しっかり戦い抜いてまいりましょう♪ |
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Date:8/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/8・9日号 No.319 Title:エル・ゴラッソ アウォーズ 10月・月間 EL GOLAZO AWARDS 浦和勢ベストイレブンに6名。 闘莉王が月間MVPに MF/浦和と川崎Fが独占 トップは中村で文句なし 【本文よりー】 得点を挙げた浦和戦では「7.0」。その他の試合ではすべて「6.5」が付けられていた中村。代表にも選出され、心身ともに充実している証拠だろう。…… MF 中村憲剛 川崎F/26歳、1980.10.31、175cm/66kg、10月の戦績:1得点2アシスト、10月の平均採点:6.60 代表に選出され、充実の一途! 常に高いレベルでプレーし、攻守に貢献。谷口とのコンビも冴えた。浦和戦では値千金のヘディングシュートを決めた。チームも10月はリーグ戦で3勝2分と負けなし。 憲剛選手の誕生月である10ー。憲剛選手の活躍ぶりは本当にお見事でありました。本当に一言で言えば素晴らしいという言葉に付きてしまうのであるけれど、何というか、何かこう、壁を乗り越えていく力というのか、目の前の課題を冷静に見極め、それをクリアーしていく力とでも言いましょうか、本当に逞しくなってきたなあと思います♪じっくりと足元を固めつつ、次なるステップへと貪欲に突き進む憲剛選手。本当に誇りに思います♪ Title:J's サッカー FOR J.LEAGUE LOVERS. おまけー。今月10日(金)に、プレ号[Vol.0]が発売されるこのサッカー雑誌の1ページ全面を使った広告に注目!!Jリーガー3名が大きく掲載されており、真ん中に浦和・田中選手、左にG大阪・播戸選手、そしてそして右には川崎Fが誇る憲剛選手が飾っているのである!!!何だか雑誌の創刊号の広告にまで大々的に進出するようになって、ようやく全国レベルで認識され、知名度がアップ、人気もアップしてきたことを嬉しく思います♪ |
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Date:7/November/2006 Media:週間サッカーマガジン 2006.11.21 No.1109 Title:オシムジャパン 発足3ヶ月検診 カルテ1/スペシャル対談 日本代表&川崎フロンターレ 我那覇和樹×中村憲剛 川崎と同じように。 残り5試合となったJリーグで、優勝争いに加わる川崎F。チームを牽引する二人の日本代表選手のスペシャル対談が実現した。日本代表でも貴重なゴールを挙げている二人だが、川崎Fでの好調なプレーをそのまま表現できれば、より活躍の場が広がっていくに違いない。 【本文よりー】 チームメイトの心強さ インド遠征でより親密に ☆ここまでの手応えについて 憲剛選手「ガーナとの試合は負けている状態での出場でしたから、とにかく積極的にいこうと思っていた。インド戦は先発で使ってもらえて、点は取りましたけど、まだまだ個人的にはコントロールしきれないところもあった。もっとやらないといけないだろうと感じましたね。」 ☆インド戦では我那覇選手のポストプレーから生まれたゴールについて 憲剛選手「来るなという感じはあったと思う。我那覇選手がいる中で代表入りしたので、心強さはすごくあった。一人だったらどうなっていたか。ガナがいたから助かった。何よりもまず、持ち物。インド遠征に呼ばれたとき、すぐガナに電話して、『何を持っていけばいい?スパイクとしたぎっくらい?』って聞きましたから。」 我那覇選手「憲剛は自然体でプレーしていたと思う。憲剛が入るまで、川崎から自分だけだったので凄くキツかったけど、憲剛が来てからは一緒にいられた分、気持ち的には楽になった。」 ☆川崎で出せているプレーで、代表で出していきたいプレー 憲剛選手「フロンターレでやっていることを評価されて代表に入ったと思う。代表ではオシムさんの考え方がありますが、(攻撃の)テンポを変えたりだとか、良いリズムを作るために落ち着かせたりだとか、チームでやっているプレーを出したい。基本的に練習ではワンタッチやツータッチが多い。90分間の試合の中でコントロールする時間も必要だと思う。だからといって、勝負のパスとかそういうものをしないというのではなく、うまくコントロールしていきたい。ある程度できたこともあったけど、もっと質を高めなくてはいけないと代表に入ってから思った。」 応援していた代表 国歌を聴いて胸に来た ☆オシム監督に言われて印象に残っていること 憲剛選手「エリア内に入った場合に、もっとシュートを打てと言われた。日本人の悪い癖で、ラストパスを出すタイプの選手は、最後にまたパスコースを探しているから。それは最初の合宿(ガーナ戦前)からずっと言われている。あとは、フリーランニングを自分のためだけにするのではなく、味方のためにもすることが必要だと言われたことがあった。」 ☆一緒に代表に行って 憲剛選手「(10/14の甲府戦のスルーパスなんて、初めて見たという我那覇選手に対して)初めてってことはないよ(笑)。やっぱり違う世界を見てると自分も伸びると思う。まだ2試合だけだが、だいぶ新鮮だった。通ると思ったパスが寸前でカットされたりした感覚はJリーグと違っていて、本当に良い経験になったと思う。こういう経験をどんどん吸収して、勉強して、もっと別のところで生かして、それがスタンダードなのだと思えれば、もっと良くなると思う。」 憲剛選手「僕はインドで先発。国家が流れた時はハッとした。異国の地で日本の国家を聞いて、自分は日本人なんだなあって。」 憲剛選手「代表での経験をチームに還元していきたい。自分が良いプレーを見せることで、周りも盛り上がってくれると思う。そうすれば、チームとしてももっと強くなる。クラブで頑張る。代表でも頑張る。どこでも全力投球です。」 というわけで、選手の週間サッカーダイジェスト誌に続いて、2週連続の憲剛選手の特集記事ー。今回は、年齢は一緒だけれど、川崎でも、代表でも、チームのキャリア的には心強い先輩の我那覇選手との代表デュオ。何だか本当にこの二人、代表に行ってから、ホント、仲良くなった感じでGOODです♪掲載されているお二人の写真もなかなかのもの。是非ともGETしたい一冊であります♪憲剛選手の結びの言葉ー『クラブで頑張る。代表で頑張る。どこでも全力投球です。』。いやいや、どこまでもカッコ良すぎる憲剛選手でありました♪ カルテ2/ポジション別サバイバル MF/アンカーは傑作ぞろい 攻撃陣は質の向上を チームの心臓となるセンターハーフは最も充実したセクションだろう。……また、中央バック(3バック)と右サイド(4バック)で攻撃を組み立てるポジションにも遠藤、中村憲と人材がおり、今後に期待が持てる。…… Title:CLUB INFORMATION / 川崎フロンターレ CLUB HOUSE / あなたの恩師は? 現在に至る基礎は高校時代に築いた 久留米高校の山口先生ですね。高校時代にやったことが今の基盤になっていますからね。入学した頃はまだ145cmしかなかったので、ボールを持ったらすぐに弾き飛ばされてしまいました。だから、どうしたらフリーになるのか、相手が嫌がるのはどんなプレーなのかなど、「頭を使え」と言われましたね。ワンタッチプレーやボディシェイプのような基本的な動きはそれで覚えました。1年の終わり、一つ上の学年の新人戦から試合に出られるようになった。よくこらえて使ってくれたと思います。ちなみに、高校を卒業する時には、172cmまで伸びていました。 News Release / 誕生日の祝い 10月31日は中村憲剛の誕生日。チームでは恒例の「生卵祝い」を行った。FKの練習をしている中村の背後には、生卵を忍ばせた4、5人の選手たち。中村が寝転んでもなお、攻撃は続いていた。「卵が凶器でしたよ」と中村。ファンからも誕生日プレゼントを受け取り、満面の笑みを見せていた。 |
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Date:6/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/6・7日号 No.318 Title:天皇杯4回戦 マッチレポート J1対J2/川崎F 3-0 鳥栖 守備的鳥栖を砕いた中村のミドル リーグ戦にも成果を残した一戦 【本文よりー】 ……一方の川崎Fは61分に「一人ひとりは頑張っているが、前の3人のポジションが離れ過ぎていた」という状態を修正すべくマギヌンから原田へと交代。中村を1列前に上げて攻撃的な姿勢を打ち出した。これである程度打ち合う環境が整う。結果的にこの試合は中村のスーパーなミドルシュートで均衡が崩れ、気落ちしたのが3分後のCKで川崎Fに追加点が決まり試合の流れは決した。 《Key Player's Voice》 「空気をよくするためのラストパス」 MF 14 中村憲剛(川崎F) ー得点の場面は? 「打つことだけに集中していました。GKがどこに立っていてもあそこにいけば取れない。まあ、触られましたが、マルコンがうまく引き付けてくれてました」 ー今後残留圏のチームとの対戦の参考になったのでは? 「J1であそこまで守るのはなかったのでそれはあまり考えていませんが、8人、9人で守られていたらキツくなりますね。ただ後ろがし怒りとリスク管理ができていたのでそれは良かったです。点を取れば後ろが守れる。そういう前と後ろとの信頼関係が出てきました」 《MAN OF THE MATCH》 MF 14 中村憲剛(川崎F) 監督采配の意図をピッチで実現。鳥栖が守りを固めた前半は頭を使ったプレーを実行。ワールドクラスの先制点も見事。 J1だから、J2だからといっていられない天皇杯ー。苦戦を強いられていた前半を払拭すべく、後半の快進撃。憲剛選手の鮮やかなミドルシュートが決まって、先制点を奪ってからは、本当に川崎Fペース…。試合後、川崎Fの監督を務めたことのある松本監督から絶賛された川崎Fイレブン。真に強いチームになってきたという証と受け止めていいですよね!?とにかく嬉しかった、憲剛選手のビューティフルミドル!!!オシム監督もまた“Beautiful!!!”と思ってくれたことでしょうね。本当に著しい成長と共に大活躍の憲剛選手さまさまでありました♪掲載された憲剛選手のゴ−ル直後の写真も素敵でありました♪ |
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Date:4/November/2006 Media:Kawasaki Frontale Official Match Day PROGRAM 2006 VOL.63 Title:川崎フロンターレ VS 京都パープルサンガ 苦しみながらも京都を下して 首位・浦和との勝点差を縮める 相手の長所を消し合う重い展開を制して勝点3を奪い取る 【本文よりー】 ……しかし迎えた38分、ジュニーニョのドリブル突破から得た中央フリーキックのチャンス。中村のボールに競り合った寺田が頭で背後にすらし、このボールに我那覇が合わせてヘッドでGKの頭上を抜いて先制。…… ……85分、京都の速攻をしのいだ直後、中村が勝負を仕掛けてスルーパス。ここに絶妙のタイミングでGKの前に入ったマギヌンが、ゴール前正面から左足でシュートを決めて待望の追加点。…… Title:Jリーガーズ・ウィーク2006 等々力クリーン作戦は大成功!! 第29節、vs.京都戦の翌日開催された、「Jリーガーズ・ウィーク2006」。昨年に引き続き、前日試合を行った等々力陸上競技場の周辺一帯のゴミを、選手と共に拾い集めるというもの。正味、小一時間あまり…。集められたゴミは、タバコの吸い殻、空き缶、空き瓶、ペットボトル、傘、ラジカセ、トンカチセット、シャンプーセット、電池etc。さすが等々力!?と思わせる種類豊富なゴミたちも、すっかりきれいに片付けられ増した♪連日、連日、選手も、参加された皆様も、本当にお疲れさまでありました♪小さいけれど、“「残り5試合一緒に戦いましょう」と気合いを入れるケンゴ”とコメントが付された憲剛選手の貴重な一枚あり!! |
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Date:3/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/3・4日号 No.317 Title:神奈川版/THIS WEEK TOPICS 川崎フロンターレ プレッシャー感じさせない光景 天皇杯もベストメンバー濃厚 【本文よりー】 最近よく川崎Fの練習場でタマゴによる祝福を目撃する。代表に初招集された我那覇に先月26日に誕生日を迎えた関塚監督。先月31日が誕生日だった中村憲剛もやられた選手の一人である。 「練習していたFKを蹴り終えて振り返ったらいきなり襲われました」と中村は苦笑するが、上半身を中心にタマゴでドロドロの姿は見るも無惨だった。 誕生日にタマゴと小麦粉でお祝いする風習はブラジルのもの。要するに頭でケーキを作ってね、という意味があるらしい。せっかくならケーキが欲しいという被害者のぼやきも聞こえてくるが、ああいうコミュニケーションが実際に行われている場面を目の当たりにすると、このチームがうまくプレッシャーとつきあえていることを実感する。…… 本当に、何ともあり得なくない状況下で繰り広げられた、憲剛選手のお誕生日恒例のお祝い風景…。何人もの選手たちがタマゴを隠し持ち、憲剛選手めがけて突進!!倒れた憲剛選手に、容赦なく、次々にタマゴを持つ選手が襲いかかる&襲いかかる!!最後、タマゴをしたたらせてクラブハウスに戻っていく憲剛選手を待ち受ける、たくさんのファン、ファン、ファン……。きっと、シャワー室に辿り着いた頃には、タマゴが固まり懸けていたことと思います。何にせよ、麻生における憲剛選手のお誕生日は、無事に終了!!!本当におめでとうございます♪ |
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Date:1/November/2006 Media:ELGOLAZO 11/1・2日号 No.316 Title:Takeo Goto Football Chronicle 第42回 〜世界を巡る「サッカー観戦ノート」 10/28(SAT) 生涯観戦3587試合目 J1 第29節 川崎F 2-0 京都 《試合MEMO》 浦和との激闘の翌週に下位相手の試合。関塚はイヤな予感がしただろう。15分から押し込みながら京都にうまく守られ、FKで制したが、後半中村のFKはバーに嫌われ、ジュニーニョはPK失敗と危ないしあいだった。 掲載されている写真の一コマが、憲剛選手を捉えたもの。試合終了後、観客席のサポーターに手を振る憲剛選手である。いつもこうやって、応援してくれる者への感謝の気持ちを忘れないーそんな一つひとつも、憲剛選手の魅力であります♪ |